泡 盛 日 記

演劇人(役者・演出家)丹下一の日記です。

役者全員揃う

2017-02-28 23:34:04 | 丹下一の泡盛日記
今日は仙台から茅根利安さんが到着♪
昼間はお仕事の時間。
無事終了して稽古の時間に突入する歓び。
「お仕事」とのコントラストがあるからこその「時間」かもしれない。
お仕事終了間際に地震があった。
誘導を受けて建物の外に出た。
もちろん思い出すのは3月11日のこと。
稽古へのトスを受けたような気持ちで稽古突入。
今日は役者5人がはじめて揃った。
ミュージックトレーニングをしたのだけど、腰が痛いとか風邪をひいているとか。。。。
それでもつわものな時間は徐々に濃くなっている。
すげえなあ♪
帰宅して今日の地震は2011年3月の地震の余震と知った。
地球の時間の流れはやっぱり大きいなあ。
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稽古の後は我が家が一番

2017-02-27 23:52:10 | 丹下一の泡盛日記
昨夜は本番終了の余波を受けて、末席を汚している自分でさえも充実した終了感で。
花粉症対策の薬のせいもあって爆睡。
そして、今日から「Hamlets/ハムレッツ」の稽古に戻る。
週末、たくさんエネルギーを頂いていたので、もうこの時間を待ちかねていた♪
原内真理さんに橋本識帆の二人に太田成美さんも加わって。
例によって緩やかに深く、を試みる。
最初から「演出」を目指していたわけではないのだけど、俳優だけ、を目指していたわけでもない。
かといって事務仕事を押し付けられるのには、もううんざりで。
おかげで自分のための助成金申請すらしてこなかった。
それでも幸せなことに好きなことに向き合える。
今日も3人が時間を割いて下さっている。
人生は「中断されるもの」と知った。
幸せに旅立つ人なんて本当にわずかだ。
稽古を終えて3人を連れて帰宅。
晩ご飯をご一緒する。
居酒屋よりも何よりも我が家が一番になってしまうのは何故なんだろう。。。。
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タイの演出家が提示したかった「仮面の身体」

2017-02-27 15:42:08 | 丹下一の泡盛日記
日曜日は、自宅でPCの前にかじりついていた後、ストアハウスコレクションの1週目の最終日に立ち会うために上野へ。
タイチームの最終公演だったのだけど、大入り満員で自分も含め劇場スタッフはモニターで見守ったのだった。
ポストパフォーマンストークは場内に入ることが出来たのだけど、このトークが興味深かった。
実を言えば、タイチームの仮面劇が目指す方向がもう一つ理解できていなかった。
それが2人いる演出のうちタイ側のニコンさんの「仮面族」という発言で氷解した。
能役者の方が舞台をご覧になって「伝統とルコックの2種類の仮面が」とフィードバックされたそうだが、その2種類しか見えてこなかったのが残念だ。
熊野の天女座で天女神楽を10年間演出していた。
八岐大蛇はかぶり物を含めた巨大な大蛇の「着ぐるみ」、そしてアマテラスは能面に近い、神楽面を使っていた。
アマテラスを担当したぽんちゃんこと水木菜花の立ち姿が素敵で、それは(伊勢淳寓)外宮水上舞台での公演でも生かされていた。
そして、ある時冗談で役者がオロチのかぶり物(頭だけ)をつけてスーパーマーケットで買い物をした。
大笑いしながら写真を撮り、そして、ちょっと違う変化も感じていた。
ニコンさんが面をかけた役者を市場に連れて行って買い物させた、というくだりでその「空気感」を共有できたように思う。
「伝統」というそれぞれの文化に根ざす、でもなく(もちろん伝統は「変化」するものだ)、ルコックの西洋人用の仮面の身体でもない。
グローバル化の波を受け入れざるを得ない「現代人の孤独」につながる仮面の身体、をニコンさんは提示したかったのだ。
能には面をつける/かける役者もいるが直面の場合もある。
そんな話をニコンさんと話してみたかったなあ。
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イーウーマン講演者養成講座・修了スピーチに感動

2017-02-25 21:55:48 | 丹下一の泡盛日記
今日は予定を変更してイーウーマン講演者養成講座の終了スピーチに参加する。
受講生の変化がとても素敵だと報告があり、それはなにか予感のようなものもあったのだけど。
呼ばれるように表参道へ。
ちょっと遅刻してしまい、すでに最初の受講生がスピーチを始めたばかりのところに入っていった。
そこに立っている人に見覚えはあったのだけど、全く別のエネルギー、オーラをもった人になっていた。
全員がこの感じで。
そして、深いキャリアを持つ彼女たちの話に感動した。
大上段から振りかぶる話は本で読めば良い。
彼女たちの個人的なストーリーの中に深い学びがある。
これはプレイバックシアターにもつながることだ。
自分も個人的に非常に興味深く聞いた。
講師陣も全員が本当に満足、幸せな興奮に包まれていた。
終了後のパーティーが楽しかったことは言うまでもない♪
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ストアハウスコレクション初日

2017-02-25 11:21:09 | 丹下一の泡盛日記
昨日は、ストアハウスコレクションの初日。
久しぶりのストアハウスカンパニーのパフォーマンスを見る。
新人も入っているのだけど、一人一人がそれぞれに「限界」に立ち向かう基本理念は変わっていないので、チームとして見ることが出来る。
6週間の稽古でここまでもってくるとは素晴らしい。
「Hamlets/ハムレッツ」チームの太田成美も来場、終演後お茶しつつ感想を聞く。
こういうパフォーマンスはこのところ日本ではあまり上演されない。
たいていがダンスになる。
彼女にとっても新鮮な体験になったようだ。
夜はタイ+インドネシア+日本のチームの公演。
観客からアンコールの拍手もきてまずはよかった。
初日の乾杯を終えて熱い話も。
そのすべては自分に返ってくるのだった:)

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人間の意識のスピードはまだまだすてたもんじゃない。

2017-02-24 11:02:13 | 丹下一の泡盛日記
23日はストアハウスへ再び。
タイとインドネシア、日本のチームの舞台のお手伝い。
昨年タイで初演している舞台なのだけど、結局日本で稽古し直して完成させている。
通し稽古とゲネプロを見たのだけど、全体がすっきりとまとまってきた。
そして30年前に東京とインドのケララ州トリバンドラムで見たパニッカルさんの劇団の舞台を思い出した。
パニッカルさんはケララの民俗芸能の身体性をベースに神話を現代演劇として捉え返す試みをされていた。
伝統芸能かと思うような衣装の役者たちの背後から響き渡るトランペットの音を思い出す。
最初は芝居がなんかユルいなあ、と思っていたのだけど、それも全体を貫く彼の演劇のトーンのようなもので。
その中での緩急、ツメ開きはしっかりと錬られているのであった。
最近のエンターテイメントでは機械のスピードに翻弄され、それに驚き、珍しさも感じるのだけど。
人間の身体がかなわないほどのスピードを機械はもちろんITも持つようになった。
それでも人間の意識のスピードもまだまだすてたもんじゃないのだよね。
今日は初日に立ち会います。
ストアハウスカンパニーの新作も楽しみだ。
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へろへろなのは髪を洗わなかったからか

2017-02-22 21:31:52 | 丹下一の泡盛日記
朝目覚めると頭が重い。
前夜飲み過ぎたのは、まあ相違ないのだけど、そればかりではない。
髪を洗わずに寝たからだ。
「Hamlets/ハムレッツ」は「死」を扱うので、稽古終了後は髪を洗って眠らないと厳しい。
そして、大抵の演劇作業は「生と死」を扱うので、毎回髪を洗って寝るに限る。
酔っぱらってさぼるとひどい目にあうもんだ。
「プロ」の修行者は、これに耐えられるのだろう。
すごいなあ。
よたよたしながら午後は稽古場へ。
実は午前中に台本を改訂していた。
前日の稽古で見えたものが多かったからで。
へろへろで稽古を始めたのだけど。
原内真理さんも橋本識帆もぐいっとエネルギーをだしてくれる。
二人のおかげでちゃんと前進できた。
夕方、稽古は無事終了。
ふらふらしながらも歩いて帰宅。
歩くことでクールダウンできる。
構成台本に、もう一つ足りない何かがある。
へたれた演出に付き合い、稽古を前進させてくれた二人の女優のためにも次回までになんとしても見つけ出すべし。
そんなわけで井村昂さんの朗読の本番をパスしてしまった。。。
申し訳ない。。。。
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STORE HOUSE Collection、搬入・仕込み、始まりました

2017-02-21 11:40:17 | 丹下一の泡盛日記

右はいのちゃん(猪瀬隆次)がくれた実家のお母さんが作っている切り干し大根をつかったもの。
本当にこれは身体に沁みる美味しさで。
お母さんの人柄がにじみ出るような煮物が出来る♪
毎年頂くのだけどメンバー全員に大好評。

月曜日は昨年2月に続き、上野のストアハウス「STORE HOUSE Collection」にスタッフで参加。
今回はタイからタイ+インドネシア+日本のチームと台湾からワイルド・シェイクスピア・シスターズ(あのユエンロンが参加していた劇団だ!)、そしてストアハウスカンパニーの出演。
毎回質の高いアジアの劇団が参集するこの企画にスタッフとして末席にいる幸せ。
来日した若い演劇人からエネルギーをもらっている。
今回、タイの劇団には日本人の友人の女優・今井美佐穂さんも出演。
昨日は搬入から稽古まで立ち会う。
その間に、TPAMで来日している昨年「不動の」パフォーマンスが素敵だったタイの演出家タン君が遊びにくる。
またマレーシアの演出家も。
TPAMってすごいなあ。
劇場主の木村慎吾さんとの話に混じる。
タン君とはその後二人で様々話し、いい時間になった。
アジアをめぐる様々な状況の中で作品を生み出し続ける彼とマネージャーのAちゃん、すごいなあ。
夜便で帰国する彼、飲みに行きたそうだったけど、稽古に立ち会うので「ごめんね」。
彼らを見ていると以前、海外に出たくて孤軍奮闘していたころを思い出す。
写真はタイチームと照明用の電球を買いに出かけたときのもの。
スタッフ一人くればいいのに暇な役者たちがぞろぞろとついてきた。
ま、当たり前か♪
ストアハウスの照明スタッフ、さすがというべきか。
タイから機材リストが送られてきた段階で、電球など消耗する可能性のある機材のバックアップを調べてあった。
おかげで即座に買いに出かけられた。
チームが生き生きと動いているって本当に素晴らしい。
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「Japanese Girl」

2017-02-19 00:38:24 | 丹下一の泡盛日記
土曜日はホールのお仕事。
早めのソワレが終了した後、実家に。
弟夫妻のお誕生日のお祝い。
朝から矢野顕子の「Japanese Girl」を聴いている。
レコードは廃盤なんだそうで。
今でも好きだし強い影響を受けたと語ったらCDをプレゼントしてくれた。
実は当時(も)お金がなくてレコードは買えずFMでエアチェックしたカセットテープを繰り返し聞いていた。
後に大学の友人宅でレコードを聴き、後奏のセッションなどにますます「好き」がつのっていた。
実家に向かう電車の中でプレイバッカーズ自主公演で自分が弾いたピアノの音を聞いたのだけど、あきらかに影響が見られる♪
もちろん月とスッポン、アーティストとただの素人、なんだけど。
公演のテーマが「さくら」だったこともあり、いわゆるプレイバックシアターの音よりも演劇的な世界の音に近い舞台で。
「Japanese Girl」に触れた高校生の頃の衝撃を懐かしく思い出したのだった。
それにしても今日の仕事は「待機」が多くなりそうだと鞄に放り込んだ20年前の雑誌でシェイクスピア作品の上演の変遷の記事や郡司正勝先生
の文章に触れるなど、何かが迫ってくるよな日になった。
実家では肉弾戦で遊ぼうと待ち構えていたかわいい甥っ子が迫ってきたのだけど「ごめん。今は寿司とビールに直面したいの」と逃げてしまった。
ごめんね〜〜:)
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身体としての「ことば」を持ちたいなあ

2017-02-18 08:39:37 | 丹下一の泡盛日記
一昨日の香港チームとの飲み会で、実は全員がシルクドソレイユの「O」の信奉者だということが判明。
話がぐいっと盛り上がったのだった。
日本では自分の周囲で「O」の話が出来る人は原大樹君しかいない。
居場所間違えてるのかなあ。。。
昨夜は「Hamlets/ハムレッツ」の稽古。
女優二人が「台詞」と格闘している。
最近は自分の稽古で余裕が無くあまり人様の舞台を見ていないのだけど、若い人の台詞がこちらに届くことはめったにない。
かつての状況劇場が大好きで、エネルギーぶつけてくる芝居も好きだ。
そしてこの頃の若い人のエネルギーぶつけてくる芝居。
叫んでいる身体が「軽く」見えてしまうのはどういうわけなんだろう。
「朗唱」の感覚はシェイクスピアに向き合うときには基本になるような気がしている。
そして、短歌と向き合うときにも。
「うたう」のではなく「語り」。
その身体感覚が劇的な場を生み出していく。
そんな場面にたくさん立ち会ってきた。
カーペンターズのヒット曲の歌詞がまったく別次元の世界を生み出した場面が好きだった。
あぐらをかいて座っているだけの俳優が語るシェイクスピアの台詞。
意味はわからなくても一つ一つの単語の「おと」が明確に伝わってくる美しさ。
ことばが身体にしみ込んできて、英語がわかる人になったような錯覚さえもったこともある。
そんなこんなにたくさん触れて、説明する「ことば」ではなく、深いところからの「何か」を伝えていく身体としての「ことば」を持ちたいなあ、と思いつつこんなに時間が経ってしまった。
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