たかはしけいのにっき

理系研究者の日記。

He who believes and is baptized will not be saved…?

2012-08-24 01:25:43 | Weblog
 世の中はいつだって不条理だし、表面的なことが大好きだ。
 だから、正直者はバカをみる。

 その系の中、その集団の中で、必死にコツコツ頑張っているだけではダメ、とかそういう言われ方をする。非常に誠実で真面目な者が、言われたことを生真面目にやってきた者が、損をしてしまうような社会ではいけないんじゃないかな。。

 その集団そのもの、その分野そのものがダメで、そこに所属していてはいけなくって、所属しているだけではいけなくって、そんな危惧の仕方をしなきゃいけないのは当たり前のことだし、必要なことだとも思う。だけど、本当の本心からすれば、甘いまんま、幼いまま、傷つきやすいままでも、イイじゃないか、って自分に対しても他人に対しても思っている。
 戦いたくないし、変わりたくないし、移りたくないから。

 ただ、能力として、俺はその危険察知が敏感だし、場所を変える能力も高いだけ。偶然、ラッキーで、縁があって、どうにかなってきている。この能力やラッキーさを誰かに強要してはいけないし、押し付けてもいけないから、だから、その系の中で、正直者がバカをみないようにすることを一番に考えながら、行動しなきゃいけないのだ。

 それは、これまで切り捨てて来たすべての集団に対しての罪滅ぼしのつもりなのかも。

 ほんのちょっとでも、あと一歩だけでも、って、系を、真面目で優しい人に有利になるよう変えたいと思ってきたし、実質的にいくつかは役に立ててきたとも思う。だけど、いつだって劇的に変えることはできないし、その能力が無いなら、余計なことしないでよ、って力の抜き方が上手い人間に思われる。

 そして何よりも辛いのは、時間さえ経ってしまえば、俺の年齢さえ上がってしまえば、あの頃と、こないだと、大してカワラナイ能力のまま、とても簡単に集団を大きく変えることが出来てしまうことも、切ない。
 だからこそ、その部分を、直視しない、直視してはいけない。今できることだけを考えなきゃいけない。

 正直者が、真面目な人間が、バカをみないような集団へ、損しないような集団へ。
 ズルすれば良かったじゃん!、自分の理想を捨てて上の人の言うことを聞けばよかったじゃん、そしてその先の未来には逆に、言うこと聞かなきゃよかった、自分の理想を捨てなきゃ良かったじゃん!、って思わないような集団へ。

 そうしていけば、多くの人が、Cグループのイイ部分である真面目さと、Aグループのイイ部分であるコミュニケーション能力の高さを、本当の意味で、同時に持ち合わせることが可能となって、様々な問題解決に繋がる。
 今のAグループとCグループのキメラを創っていくことが、集団全体を劇的に変えるひとつの指針なのかもしれない。
コメント
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