兵庫県尼崎市でマンションに電車が突っ込んだ事故から今日で10年。死者が107名もいた事に今更ながら驚いた。距離のある関西の事故だったし、知り合いが巻き込まれたとの話もなかったのでどこか遠くに感じていたのだ。遺族や怪我をした人、後遺症に苦しむ人々にとっては忘れられない嫌な出来事。その気持ちはそれなりに(本当には分からないと思う)理解出来る。けれど、10年経っても忘れないよ”と呼びかけるような風潮はどうなのか。そもそも誰に呼びかけているのか? 亡くなった人々へ? 加害者であるJRには忘れられては困るが、悲しみを忘れてこその生きる道というのも有りではないか。そう考えるのは冷たい考え? 自分が遺族だったら、と仮定の話をするべきではないかも知れないが我が事に置き換えてみれば私なら、放っておいてと思いそう。仮で考えるのは不謹慎かな。107名の遺族の中にもいろいろな考え方を持つ人がいる筈。阪神淡路大震災や東日本大震災、御巣鷹の日航機事故など大きな災害や事故の被害者も様々。一概に”忘れないよ”はどうなのか、疑問に思う。
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