世論の期待を裏切って(?)岸田さんが自民党総裁選に勝利。結局は自民党の人たちって保守的なのだな、を実感。新しい自民党を作る、と口では言うが中身は全く変わって行かない。行こうという気持ちもない。嘘つき。それが自民党の本質。安倍、麻生の言いなり。所要ポストに高市や甘利を充てる? 安倍、麻生もそれに続くのか。それにしても彼らはいつまでその地位にしがみ付くのか。死ぬまで? いい加減にして欲しい。総理大臣経験者がそのまま議員を続けている事に違和感あり。終わった人なのだから、地味に去れよ。特に安倍なんて自分の身が危うくなりかけた時点で病を理由に辞めたのではなかったか。しかも二度。なのにいつの間にか戻り、平気な顔をしている。おまけに自分にとって不都合な事は無かった事にしてしまう。岸田さんなら過去の問題を掘り返す事もしない。ま、河野さんだったとしても出来なかっただろうけれど。岸田さんにはせめて国民の声に耳を傾けて。コロナもだいぶ落ち着いた今、新総裁になるなんてある意味運のが良い人だ。
渋谷に遅ればせながら設置された酸素ステーション。今後は築地や味スタにも設置予定。そんな中。渋谷の施設で働く看護師の話がニュースで流れた。「3階と4階に受け入れる場所があるが現在はひとつの階しか使われていない。なのに使用していない階の電気が全て点いていて無駄使いをしている。ベッドは空きが多く、仕事もする事がない状態。それなのに一日で手当てを含めて5万円程の支給になる。こんなに貰っていいのかと後ろめたい気持ち。新しい施設も始める前に本当に必要なのかを見極めるべき。そうでないと宝の持ち腐れ~」が彼女が話した内容。コレって有り? 患者数が急激に増えた時期には必要だったが、激減した今となっては無駄な施設となったようだ。良い傾向ではあるが、だからと言って無駄に稼働させるべきではない。この看護師の訴えは政府に届くのか? 届かないからダメなのだよな。総裁選、総裁選と自民党及び政府はそればかり。誰がなったって同じなのだから、この際4名が順番にやればいいんじゃないの。3か月交代で1年とかさ。アホらしく、困った国❕
選挙が行われる時期になると毎度感じる事だが、野党は選挙の戦い方が下手。今回に限ってはいろんな人が言っているが、菅総理がこのまま総理大臣の地位に就いていてくれさえすれば野党の勝利もあったったかも。しかし、菅総理は案外あっさりと地位を明け渡した。その為、野党の甘い目論見は消えた。そして最近は自民党の宣伝ですか、と言えるほどメディアは総裁選一色。誰がなっても一緒じゃないか、と醒めた目で見る人は多分、衆議院選挙にも行かない人たち。それ以外の人たちにも自民党は頑張っている風で(そもそもコロナ禍でとんでもない世の中を作り出したのも同じ自民党なのだが、そんな事は忘れられつつある)イメージアップを図る。コロナ感染者数が膨大に増え、とんでもない事態を招いた時期なら自民党なんてー! と思う人が多かった筈。だが、このままだと衆議院選挙は11月になるとか。そんな頃には8月の事なんて忘れた国民がまたしても自民党に票を入れ、あれ? と言う間に彼らの勝利。そして何事もなかったかのようにまたしても似たり寄ったりの右傾化した安倍化した政治色に染まる。どうしてこうなるのか。理由は明確。自民党ごときに立ち向かえるまともな野党がないから。情けない事だ。枝野さんも志位さんもいろいろと話すが内容がイマイチ。本気で与党に打ち勝つ気があるのか。その先、何をしようとしているのか。指針を示し国民を正しい道へ案内して欲しいものだ。
何度読み返しても上手いなぁ、と思う。本棚に置いてあった背表紙が目に入り、ちょこっと立ち読みのつもりがやめられなくなり、一気に読んだ。内容は頭に入っているし、新鮮味はない筈なのに面白い! と思わずにはいられない。独特の文章には毎度魅かれる。今夏で彼女が突然亡くなって40年が経った。書店では40年フェアを開催している所もあった。若い女性ファンも多いと聞いた。その事に何となく明るい未来を予測したりして、嬉しかった。良さを分かる人(解釈は様々だと思われるが)がいるってだけなのに嬉しい。オールドファンも持っている古い本を読み返し、その世界に浸る。彼女があの後生きたとしたらどんな作品を生み出したのだろう。多くのファンがそれぞれに想像し、その世界で遊ぶ。空しいけれど、少し楽しい。向田邦子さんって不思議な存在ー。
”リスナーの心を掴んだ ある深夜番組と パーソナリティのその後” のタイトルが目を引き紹介された、その文庫本を買おうと書店へ行った。パーソナリティ・林美雄さんは1970年代にTBSラジオ”パックインミュージック”で活躍。地味な局アナ、とあるが当時のアナなんて皆、そんなものではなかったか。今でこそ花形商売のような存在? だけど。もっとも当時から目立っていた、みのもんたさんのような人もいるから比較されて総称されるのかも。だけど、リスナーにとっては地味がどうかなんて問題ではない。リスナーの心を掴んでいたのは彼なのだから。さて、話を戻す。本を購入しようと意気込んで出かけたが、結局買わなかった。何故なら、つまらなそうだったから。手に取ってパラパラと読んだ。著者は当時のリスナー。ノンフィクションには違いないが、そこに本人の言葉がないから? なのか興味が薄れた。何故彼がリスナーに支持されたのかが伝わりそうになかったし、著者と私の彼への視点が違っていたから。それが呼応入試なかった理由。林さんが早くに亡くなられた事が今更ながら悔やまれる。