一昨日と昨日,万松寺で指された第33期竜王戦七番勝負第二局。
豊島将之竜王の先手で角換り。後手の羽生善治九段が序盤で工夫をして,先手の早繰り銀に後手の腰掛銀という戦型に。この将棋は終盤戦に入ったところですぐに差がついてしまったように思います。
後手が飛車の横利きを消すために歩を打った局面。ここから先手は☗5三歩成☖同金☗3四桂☖同銀直☗同歩という手順で攻めていきました。後手はこの間は変化の手段がありません。
第1図で☖3六歩と打っておいたのですからここも☖7六歩と取って攻め合いにいくのは必然でしょう。先手は☗3三銀と打ち込んだので☖同桂☗同歩成☖同玉とまた必然の手順が続きました。
先手はここから☗3六飛と王手で歩を払い☖3四歩に☗7六飛と回ったのですが,そこで☖8九銀と打つ手が厳しく,劣勢になってしまいました。先手は第1図以降の攻め方には変化の余地があります。たとえば第1図ですぐに☗3四桂と打つとか,☗3三銀と打ち込むのではなく☗2四歩と突くといった手です。そうした手順を選択しなければいけなかったということになるでしょう。
羽生九段が勝って1勝1敗。第三局は来月7日と8日に指される予定です。
12月27日,金曜日。妹をグループホームへ迎えに行きました。
グループホームに迎えに行ったのは,25日に電話があり,グループホームの利用者の中からインフルエンザの罹患者が出たために,年内は作業所には行かず,グループホームに待機することになったという連絡を受けたからでした。罹患者というのは妹のことではありません。ただ,僕が迎えに行ったときには,妹も具合が悪そうでした。同じ施設の中で暮らしている人がインフルエンザになったわけですから,その感染力というものを考えれば,妹にうつったとしてもそれは不思議なことではありません。インフルエンザであるか否かということは,厳密には医学的な検査をしなければ確定させられず,妹は医師には診せていないので,はっきりとしたことはいえませんが,普通に考えればこのときの妹はインフルエンザだったのだと思います。発熱があり,鼻水も多く出ていました。無事に帰宅することはできましたが,夕食は摂ることができず,そのまま眠りました。以前に医師から処方されていた解熱剤のカロナールが残っていましたので,それを飲ませました。
医師に診せることがなかったというのは,病院には連れて行かなかったということです。そもそもこのときの妹の状況からすれば,病院に連れて行くということ自体が大変だった上に,すでに年末年始のために休業している病院も多く,余計に妹に負担を強いることは間違いなかったからです。
12月28日,土曜日。妹が午前11時ごろに起きてきました。何か食べたいとのことでしたから,スパゲッティを出すと,それは食べました。しかしそれ以降はこの日はベッドから起きることができず,前日と同様に夕食を摂るということはできませんでした。この日は熱は下がっていましたが,これは前夜にカロナールを飲ませておいたからだという可能性がありましたので,この日もカロナールは飲ませました。インフルエンザの可能性がありましたから,基本的に妹は自宅の2階の一室に隔離してありました。
午後4時10分に,予定通りに叔父が来訪しました。ただしこの日は友人と食事をするとのことでしたので,荷物を置いてすぐに出掛けました。
豊島将之竜王の先手で角換り。後手の羽生善治九段が序盤で工夫をして,先手の早繰り銀に後手の腰掛銀という戦型に。この将棋は終盤戦に入ったところですぐに差がついてしまったように思います。
後手が飛車の横利きを消すために歩を打った局面。ここから先手は☗5三歩成☖同金☗3四桂☖同銀直☗同歩という手順で攻めていきました。後手はこの間は変化の手段がありません。
第1図で☖3六歩と打っておいたのですからここも☖7六歩と取って攻め合いにいくのは必然でしょう。先手は☗3三銀と打ち込んだので☖同桂☗同歩成☖同玉とまた必然の手順が続きました。
先手はここから☗3六飛と王手で歩を払い☖3四歩に☗7六飛と回ったのですが,そこで☖8九銀と打つ手が厳しく,劣勢になってしまいました。先手は第1図以降の攻め方には変化の余地があります。たとえば第1図ですぐに☗3四桂と打つとか,☗3三銀と打ち込むのではなく☗2四歩と突くといった手です。そうした手順を選択しなければいけなかったということになるでしょう。
羽生九段が勝って1勝1敗。第三局は来月7日と8日に指される予定です。
12月27日,金曜日。妹をグループホームへ迎えに行きました。
グループホームに迎えに行ったのは,25日に電話があり,グループホームの利用者の中からインフルエンザの罹患者が出たために,年内は作業所には行かず,グループホームに待機することになったという連絡を受けたからでした。罹患者というのは妹のことではありません。ただ,僕が迎えに行ったときには,妹も具合が悪そうでした。同じ施設の中で暮らしている人がインフルエンザになったわけですから,その感染力というものを考えれば,妹にうつったとしてもそれは不思議なことではありません。インフルエンザであるか否かということは,厳密には医学的な検査をしなければ確定させられず,妹は医師には診せていないので,はっきりとしたことはいえませんが,普通に考えればこのときの妹はインフルエンザだったのだと思います。発熱があり,鼻水も多く出ていました。無事に帰宅することはできましたが,夕食は摂ることができず,そのまま眠りました。以前に医師から処方されていた解熱剤のカロナールが残っていましたので,それを飲ませました。
医師に診せることがなかったというのは,病院には連れて行かなかったということです。そもそもこのときの妹の状況からすれば,病院に連れて行くということ自体が大変だった上に,すでに年末年始のために休業している病院も多く,余計に妹に負担を強いることは間違いなかったからです。
12月28日,土曜日。妹が午前11時ごろに起きてきました。何か食べたいとのことでしたから,スパゲッティを出すと,それは食べました。しかしそれ以降はこの日はベッドから起きることができず,前日と同様に夕食を摂るということはできませんでした。この日は熱は下がっていましたが,これは前夜にカロナールを飲ませておいたからだという可能性がありましたので,この日もカロナールは飲ませました。インフルエンザの可能性がありましたから,基本的に妹は自宅の2階の一室に隔離してありました。
午後4時10分に,予定通りに叔父が来訪しました。ただしこの日は友人と食事をするとのことでしたので,荷物を置いてすぐに出掛けました。