スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

名古屋グランプリ&共通概念の一般性

2007-12-24 20:41:46 | 地方競馬
 年末の東京大賞典は,JRAからは5頭のみが出走できることになっています。本来はそちらに出走したかったものの,選出されなかったためにこちらに回ってきた馬が有力になったのが今日の名古屋グランプリ(動画)でした。
 笠松のクインオブクインが逃げて,JRAのクーリンガー,船橋のマズルブラスト,笠松のオグリホットが2番手集団を形成。有力どころは中団以降に,フィールドルージュ,ボンネビルレコード,ロングプライドの順に並びました。小回りの2500メートルですから激しい争いにはならず,淡々としたペースで進行。
 2周目の向正面に入ってロングプライドがまずスパート,一気に先頭に立ちました。フィールドルージュ,ボンネビルレコード,チャンストウライがこれを追い,有力馬による争いに。ロングプライドが先頭のまま直線に入ってきましたが,外からフィールドルージュがこれを交わして優勝。ロングプライドが2着で,一番外からボンネビルレコードを交わしたチャンストウライが3着という結果でした。
 優勝したフィールドルージュは7月のマリーンステークス以来の勝利でこれが8勝目。重賞は初勝利となりますが,ジャパンカップダートでは昨年が3着,今年が2着と力量は上位ですので,順当な勝利といえるでしょう。地方コースは今回が初めてで,これを問題なくこなしましたので,今後の展望も広がるのではないかと思います。

 第三部定理三証明されて,今回のテーマに関連するような理性の特徴はこれで問題がないのですが,共通概念に関してはなおひとつだけ,注意しておくべき点があるように思われます。
 共通概念というのは,一般性のきわめて高いものからきわめて低いものまで,様ざまあるわけです。このうち,たとえば第二部定理三八で示されているのは,一般性の最も高い共通概念であるといえます。そこでこの共通概念に依拠して人間が事物を認識する限り,確かに憐憫という感情はこの人間にとって無用ではあります。しかし,現実的に考えれば,たとえば人間が三角形に対して憐憫の感情を抱くなどということは,まずあり得ないことと考えていいでしょう。よって現実的に考えれば,この種の共通概念は,第四部定理五〇の理性にとってはほとんど意味がないといえます。
 逆に一般性が最も低い,たとえばAという人間とBという人間にのみ成立する共通概念があるとします。Aがこの共通概念に依拠して認識する限り,憐憫はやはり無用といえますが,この場合はBに対する憐憫が無用なだけであって,ほかの人間に対する憐憫が無用であるとはいえません。これはまったく意味がないとまではいえませんが,スピノザ自身はもう少し一般的にこのことを示そうとしていると思います。
 よってここでは,人間の間では成立する共通概念というのを前提します。感情論というのはあくまでも人間の感情論です。よって憐憫という感情が無用であるということの意味は,人間にとって,人間に対する憐憫という感情は無用であるということが示されるべきであると考えるからです。
コメント
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