スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

第四部定理六三系&徳の現実性

2017-02-03 19:22:01 | 哲学
 第四部定理六五は,もしも僕たちが理性ratioの導きに従うなら,小さな善bonumよりは大きな善を選択するであろうし,大きな悪malumよりは小さな悪を選択するであろうと述べています。これは善悪を比較されるものとしてみた場合には,小さな善というのは実は大きな善に対しては悪であり,逆に小さな悪は大きな悪に対しては善であるということを意味します。つまり第四部定理八により,AもBも喜びlaetitiaを齎すものであるとしても,Aの方がより大きな喜びを齎すならBはAに対して悪です。また,AもBも悲しみtristitiaを齎すのだとしても,Aの方がより大きな悲しみを齎すのであれば,BはAに対しては善であるのです。
                                    
 では,なぜ理性に従うなら,僕たちはより大なる善を選択し,より小なる悪を選択するといえるのでしょうか。それを証明するときに鍵になるのが第四部定理六三系です。
 「理性から生ずる欲望によって我々は直接に善に就き,間接に悪を逃れる」。
 ここでいわれている善と悪もまた,第四部定理六五が示唆するように,比較の上での善と悪です。
 理性から欲望cupiditasという感情affectusが生じ得ることは,第三部定理五九から明白です。そして同じ定理Propositioから理解できるように,その欲望は喜びとは関連し得ますが,悲しみとは関連し得ません。したがって理性から何らかの欲望が生じるなら,第四部定理八によってそれは善の認識から生じているのであって,悪の認識から生じるということはあり得ないことになります。いい換えれば理性から生じる欲望は,善だけを希求する欲望であって,悪を希求するような欲望ではあり得ません。このゆえに理性から生じる欲望によって,僕たちは直接的に善を希求することになります。一方,善と悪は比較の上でいわれるという点に注意するなら,僕たちは直接的に善を希求することによって間接的に悪から逃れていることになります。なので理性に従うなら,小さな善より大きな善を希求し,小さな悪より大きな悪を忌避するということもまた帰結するのです。

 現実的に存在する人間の精神mens humanaが何らかの観念ideaの十全な原因causa adaequataになることが可能であることを論証するのは難しくありません。ここでは一例を示しましょう。
 第二部定理三八系により,すべての人間の精神のうちには何らかの共通概念notiones communesがあります。そして共通概念というのは第二部定理三八または第二部定理三九の様式でのみ人間の精神のうちに生じます。このとき,人間の身体corpusが外部の物体corpusから刺激されるのは,その人間の身体とそれを刺激する外部の物体が現実的に存在するからです。いい換えれば共通概念というのは,現実的に存在する人間の精神のうちにのみ存在する概念notioなのです。確かに第二部定理三八の方は,人間の身体と外部の物体について言及しているわけではありません。ですが第二部定理三八系は岩波文庫版111ページの第二部自然学①補助定理二に言及しているのですから,現実的に存在する人間の身体と外部の物体のことを前提していると考えていいでしょう。
 次に第一部定理三六から,もしある現実的に存在する人間の精神のうちに共通概念が生じたら,その共通概念を原因として何らかの結果が発生します。このとき,共通概念は十全なので,第三部定理三によりその思惟作用は現実的に存在する人間の精神の能動Mentis actionesであることになります。したがって第三部定義二により,これはその精神が十全な原因となっているという意味です。つまり現実的に存在する人間の精神は共通概念を必然的に有し,その共通概念を原因として何らかの思惟の様態cogitandi modiをやはり必然的に発生させるのですから,必然的に十全な原因であり得ることになります。というか,否応なしに十全な原因とならざるを得ないといった方が正確かもしれません。
 したがって,第四部定義八で示されている人間の徳virtusというのは,単に人間の身体の観念であるその人間の精神が,思惟の属性Cogitationis attributumに包容されているとみられる場合にのみ徳であるというわけでなく,現実的に存在するといわれる場合にも同じように徳であるとみなされなければなりません。上述の論証は現実的に存在するすべての人間に妥当しますから,それは人間にとっての徳です。男にとって徳であるし女にとっても徳です。
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