浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

ローマ人列伝:ハンニバル伝 6

2009-03-28 13:17:56 | ローマ人列伝
ここまでのハンニバル軍の行動についてひとつの疑問が残ります。それは「ハンニバル軍はどう補給していたのか?」ということ。

ハンニバルはカルタゴ軍ではありましたが、本国カルタゴにとって見れば彼は単に独立国の将軍であり、カルタゴ本国が補給をしていたわけではありません。

もちろん補給を手伝おうと思ってもカルタゴから物資を運ぶにはローマ本国を経由しなければならないわけで現実的に不可能だったのですが。

ハンニバルの地盤であるスペインから物資を運ぼうにもそのためにはハンニバルが成し遂げたアルプス越えをもう一度しなければならないのです。

本来であればハンニバルは完全に補給路を絶たれた遊軍でしかありません。

それが5万の兵を抱えイタリア半島を荒らしまわっている。

5万の兵、と簡単に言いますが5万と言えば日本の市町村で言えば兵庫県南あわじ市、茨城県鉾田市、三重県亀山市、、、うーんどうも伝わりませんね。

北海道で言えば富良野市の人口の倍、檜山支庁全人口より多いくらいです。つーかどこだよ、檜山って!?えーっとね、調べたら江差町とかだって。この5万が毎日食べていくだけでもたいへんなものです。

ハンニバルは軍総司令官であると共に5万人を食わせていく政治家でもあったのです。

補給路の無い5万の軍の維持。それが出来たのはハンニバルの一貫した政策にあります。その政策とは「戦勝を材料にローマ同盟都市を自分の味方につける」というもの。

ローマ同盟都市の中でもハンニバルの強さを恐れ続々とハンニバル側につく都市が増え、貢物が続々と集まってきました。それらの貢物は時に多すぎて持ちきれないほどだったと言います。

このハンニバルの圧倒的な強さに対してローマ元老院は非常時にしか任命しない「独裁官」という役職にファビウス・マクシムスを任命し対ハンニバル戦略を一任します。


(ファビウス・マクシムス)

貴族の中でも名門ファビウス家出身の彼、第一次ポエニ戦争で名を上げ、その後、政治家として執政官を二度、ローマ帝国時代の警察庁長官とも言える監察官を一度勤めた名政治家です。

彼の対ハンニバル戦略はシンプルでした。それは「ハンニバルとは戦わない」というもの。今までの執政官がなんとしてもハンニバルを倒す、という公約と共にローマから出兵したのと比べあまりにも弱気に見える彼を人々は「ぐず、のろま」という意味の「コンクタトル」のあだ名をつけて「ファビウス・コンクタトル」と呼びます。

しかし「コンクタトル」が「思慮深い」と言う意味になるのに時間はかかりませんでした。

彼の戦略は、圧倒的な強さを誇るハンニバルに正面から当たることは絶対に避け、更にはハンニバルの予想進路に当たる都市は逆に、なんとローマ側がその都市を攻撃し物資をすべて引き上げ街ごと焼き尽くす、という極端なものでした。

自らの国を守るため自らの国を焼く、この戦略にはさすがのハンニバルも為す術がありません。
先の戦場、トレビアからローマは目と鼻の先でしたが、兵糧を求めてローマから離れる進行路を取ることを余儀なくされます。


これがアルプス以降のハンニバルの侵攻ルートです。①がティチーノ、②がトレビア、③がトラジメーノです。トラジメーノまでは一路ローマのルートでしたがトラジメーノ以降迂回をしていきます。

第二次ポエニ戦争始まって以来、初めてローマがハンニバルを困らせたのです。

あとはもう本気の持久戦。ローマがハンニバルの補給路を絶つために自らを焼き尽くすか、ハンニバル軍が根負けするか。

ハンニバルにとって幸運だったのはハンニバル軍はハンニバル軍だけで完結していたことです。いくら兵糧がなくなってもハンニバル軍が我慢すればいいだけ。

一方、ファビウスのうしろにはローマという国がありました。この戦略は効果的であったものも「ハンニバルのために自らローマを焼くのか」という元老院、また同盟都市からの世論を抑えることが出来ませんでした。

そして残念ながら「やはりファビウスはぐずだった」とローマ市民が肩を落とす、「牛の角事件」が起こります。

自軍の進路に2つの丘があり、その片方にファビウス率いるローマ軍が駐屯しているのを見つけたハンニバル。「ローマ軍がいるのでこの道を通るのはやめましょう」という兵に向かって「何があろうとハンニバルは通る」と言い放ちます。

そしてハンニバルは夜になるのを待ちます。夜になった頃、ハンニバルは貢物としてもらった牛を集め、牛の角に枯れ草を結び付け、火をつけます。角に火をつけられた牛たちはいっせいにもう片方の丘に登ります。それを見つけたファビウス軍、てっきりハンニバル軍全軍がたいまつと共に丘を占領したのだと思い込みます。
名高いハンニバルと夜の闇の中での戦いになると勝ち目はないと考え、とにかくこの丘だけは奪われまいと防戦の陣形を取ります。

そしてハンニバルは丘の間の道をゆうゆうと通り抜けましたとさ。

以後、イタリア語ではどんな妨害があってもやり遂げることを「何であろうとハンニバルは通る」と言うようになったとな。どっとわらい。

この事件直後、ファビウスには独裁官の任期途中にも関わらずローマに帰還の命令が下されます。

もちろんローマ軍の面目丸つぶれのこの「牛の角事件」もさることながら引き続く焦土作戦で同盟都市の世論を抑えきれなくなったから、という理由が最たるものでした。

ローマ元老院はファビウスに代わる新たな司令官、つまりは執政官を2名を選出することとなります。

このときの世論は大きく分けて2つ。ひとつは持久戦法派。ファビウスの唱えた持久戦法は確かに様々問題があるにせよ、第二次ポエニ戦争開戦以来、ハンニバル軍を追い込んだ戦法である。更には第一次ポエニ戦争の時、ハンニバルの父ハミルカルをシチリアから退却させたのも彼の補給路を絶ったことが大きい、だからこの戦法を取り続けるべきだ、という一派。

対する積極戦法派の主張は、持久戦法ではハンニバルを殺す前にローマ全土が焦土と化してしまう、ローマ全軍の力を持ってハンニバルを倒すべきである、というもの。

結果、元老院は間を取って、という形で双方かの代表を1名ずつ、執政官に任命します。持久戦法派は前独裁官ファビウスの考えを全面的に支持するエミリウス・パウルス、貴族出身。もう一名の執政官は平民出身で積極戦法派の代表格、テレンティウス・ヴァッロ。

元老院では意見は半々でしたが、もうひとつのローマ主権者である市民集会では圧倒的に積極戦法派が多数を占めていました。それは当然。元老院にとっては持久戦で焼かれるのはローマ以外の都市に過ぎませんが、焼かれる土地は市民たちのものだからです。積極戦法派多数である、ということはつまり兵に志願する市民も多いということです。

元老院はこの執政官2名を総司令官とするローマ軍を編成します。このとき編成されたローマ兵士数は志願兵も含めて膨れ上がり、史上最大兵数ともいえる総計8万7千。

一方、待ち受けるハンニバル軍は総計5万。


兵数ではローマ圧倒的有利。しかし残念ながらローマは先の3つの戦いから何も学んでいませんでした。3つの戦いとも「突然の戦いだったから」「川の水が冷たかったから」「湖のほとりで騙まし討ちにあったから」と本当の敗因を見ていませんでした。

塩野七生はこう書きます。

「天才とはその人だけに見える新事実を、見ることのできる人ではない。誰もが見ていながらも重要性に気づかなかった旧事実に、気づく人のことである。」

天才ハンニバルによって、ローマ人たちが、自分たちが見ていながら重要性に気づいていなかった旧事実に否が応にも気づかされる、その地の名はカンネー。


…to be continued...

最新の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Romiy)
2009-03-28 16:16:39
1から一気読みしました

ケータイには辛いです

10くらいになったらまた一気読みします
返信する
Unknown (バラマツ)
2009-03-28 17:16:32
以後、イタリア語では道案内することを
「ガーと行ってガーと行ってギューとなる」と
言うようになったとな。
どっとわらい。

このローマ人伝が始った頃だっけ?
TVで古代ローマの特集やって、ハンニバルも
取上げてたよね?
カンネーの戦いは印象強かったわ。
次回も楽しみです。
どっとわらい。

返信する
Unknown (よね3)
2009-03-28 19:26:25
バーレーンの13番バラマツじゃない?w
返信する
Unknown (Romiy)
2009-03-28 20:43:54
7番も
返信する
Unknown (show)
2009-03-28 22:21:52
>Romiyさん

僕も携帯で書いてます。うそです。このローマ人列伝の楽しみは毎日読みながら「次どうなんの!?」って思うことなので毎日読んで欲しいですね。

>バラマツ

あのドキュメンタリー見てたらこのローマ人列伝はあんま意味ないんだけどさ。次がカンネーです。

>よね3、Romiyさん

えーっとこれはローマ人列伝なんで、僕よくわがんねっす。
返信する
Unknown (Romiy)
2009-03-28 22:31:28
お申さげなござんす
返信する
Unknown (よね3)
2009-03-29 01:05:27
もう6話目なんだね

まだ3話位しか読んでない感じするわ

20~30話まで引張って下さいな
返信する
Unknown (show)
2009-03-29 10:41:39
>Romiyさん

お申さげなござんすか?

>よね3

そんなに書いてたら仕事しなくなります。

カエサル伝はそれくらいになるかもしれません。プロローグはできてるんですけどねー。
返信する

コメントを投稿