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lens, align.

Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

rubbish talk_18. - 社会言論における科学の扱いについて

2011-09-08 08:44:21 | 国際・政治
□ 科学と社会間の摩擦や問題を語るときに、社会学的に扱われる言論対象としての科学に特有の事情はあっても、科学言論だからこそ生じる問題の定性があると考えてならない。科学が自己の無謬性を無批判に担保する概念であるかといえば、自明であるが実は全くそうなってはいない。二元論的な定義こそが問題。


ここでいう科学には、自然科学や工学だけでなく、社会学を含んだ、あらゆる定量的分類を伴う専門知識と、そのマイニング・アーカイブまでの学術行為を含める。学術領域間の利害や相互不信、権力偏向は予めビルドされ、ロジックの運用が、この不均質な集合に与えるストレスが議論の衝突と分離を生じる。



基礎研究分野も一般社会における就職事情と同じで、従事者が自身の専門分野における役割と責任について、誰しもが一貫した姿勢と連帯の下に運用されているわけではない。また従事者自身が自己の言論を淀みなく発信できる土壌も限られ、ここに広汎な社会学的アプローチやコミュニケーターが介在する。



これらが社会言論の扱う「科学特有の問題か」と問えば、そうでないと言えるだろうし、科学特有の問題は寧ろ社会と二項対立するレベルのものではなく、あらゆる業界が抱える社会的な問題そのものの特異な扱われ方、という言い方も出来るかもしれない。



上で「科学が自己の無謬性を無批判に担保するわけではない」と言ったけれど、対応して、少なくとも学術出版と、その引用や示威に伴う社会的な軋轢は依然としてあると認識している。ただし、それこそが科学利用の社会的政治的課題であって、科学の公益性が不信によって損なわれないよう取り組むしかない。




□ ネットで誰もが安易に評論家を気取ることが出来る今、政治批判における議論の「稚拙さ」と、弁者の「幼稚さ」は厳しく区別して認識する必要がある。

っていうか普段、政治における表面上の稚拙なやり取りの毒気にあてられて、自身もそのレベルで食掛っている自覚が欠如してしまうこともありがちなのでは。。というのは自戒も込めて言ってみる。




(quote from my twitter log)


South Ossetia conflict.

2008-08-10 04:49:45 | 国際・政治
Sod
(Photo: BBC)


>> 南オセチア紛争年表 (telegraph.co.uk)

グルジアのサーカシビリ大統領は同日から15日間の「戦争状態」を宣言する大統領令を出し、徹底抗戦する構えだ。旧ソ連構成国を舞台とした戦闘は、グルジアのNATO(北大西洋条約機構)加盟問題を軸に影響圏を争う構図ともなっている。(中略)ロシアは8日にグルジアの首都トビリシ近郊の軍基地を空爆したのに続き、黒海に面するポチ港や旧ソ連の独裁者スターリンの出身地、ゴリ近郊を軍用機で爆撃。ゴリではアパートが空爆を受けて民間人に死者が出ている。ロシアが支援するグルジア北西部の独立派地域「アブハジア自治共和国」のグルジア支配地域も空爆を受けた。ロシアが、アゼルバイジャンからグルジアを経由、トルコへ原油を輸出するBTCパイプライン周辺を攻撃したとの情報もある。

(引用元:msn産経ニュース 2時間前)

Sod2


世界中の国々が集う平和の祭典の一方で勃発した悲劇。アパート空爆などによる一般市民も含めた犠牲者は既に2000人を超え、ロシアが激戦地ツヒンワリの解放宣言を出す一方、アブハジア自治州での民族紛争にも飛び火、戦渦は拡大の様相を見せています。

アメリカとグルジアの利害関係に起因するダブルスタンダードによって機能不全に陥った国連の停戦勧告には、今のところ実効性を期待できません。アメリカの主張する「領土権」は表向きの理由としては説明不足もいい所。


直接的な火種はロシア革命から1920年代のグルジアによるオセット人迫害に辿ることが出来ます。その後、スターリンの政策によって、旧ソ連時代からロシアの楔として存在していたオセチアは、チェチェン、イングーシといった周辺民族の怨恨を受けることに。一方で、ロシアへの復帰を求める南オセチア自治州へのグルジアの圧力が、独立/分離派の勢力にしびれを切らして侵攻に至った形。


と、簡単に説明しましたが、当然ながら現在までの経緯には、もっと複雑、重層的な絡み合った事情が存在します。そもそも昨今の国際倫理に照らして、ナショナリズム無視の緊張を強いていたグルジアの主張が、アメリカによる軍事介入の確約を得られるほど説得力を持つとは考え難い。ロシアも承知の上だから思い切った衝突に踏み切ったと思えるのですが、パイプラインを攻撃している以上、アメリカへの牽制も充分に意識したものなのでしょう。

しかし事実上、南オセチア自体はグルジア政府から独立した後、ロシアと周辺国との密輸拠点として憂慮すべき問題を抱えており、また同様にアバシゼ自治州もグルジアの支配を逃れようとしていることで、ここでどうしても踏みとどまりたいという思惑も理解できます。

また、事の顛末次第では、同じアメリカを牽制する利害によってロシアが後ろ盾になっているイランと、対立国イスラエルとのバランスに波及する可能性もあり、事態は表層的に捉えられるよりも深刻と言えるでしょう。


何より国家主導の下、戦争を支持しようと拒否しようと無関係に、民衆が殺されていくという事実。私たちが最も重き尊厳として掲げるはずの「人命」は、生存するというだけで権利と執行力を担っており、それは自ずと攻撃対象となる。依て人間の存在と暴力は不可分で背離できないものなのです。そして利害関係が絡んだ上で、倫理に先行した国家/民族衝突は、世界の至る所で起こりうるということ。

奇しくもオリンピックの最中、世界の「民衆」はこの有事にもっと関心を注いで、これが遍在しうる問題であることを自覚し、自らの帰属する国家に取るべきスタンスを支持していかなければならない。ここで踏み止まれるか否か、それはグルジアだけではなく、人類にとって大きな指針を示す恒久的な命題となる。とにかく停戦に至る解決の過程として、更なる軍事衝突と犠牲の拡大を見るのか、それは本当に平和に至る均衡なのか、私たち一人一人には、刮目して行方を見守る義務があります。


Mandatum novum do vobis.

2005-04-05 09:37:53 | 国際・政治
───あなたがたに新しい掟を与える。
(ヨハネによる福音書第13章34節)
papa1
ローマ法王ヨハネ・パウロII世の訃報から一日が明けた。スラブ人初の法王として選出された後、世界各地を巡り、東西冷戦の終結の他、世界の至るところで平和に貢献してきた一方で、その宗教的な保守性からカトリックの布教としては今一つ民衆に訴求できない部分が大きかったと思われる。戦前の青年時代は大学で文学・演劇を学んでおり、宗教観と芸術を観念的に結びつけて、簡便かつ軽やかな語り口で説く様には、今更言うまでも無く一種のカリスマ性すら感じていた。政治・宗教、価値観の垣根を超えて、平和の使者としてあらゆる国の人々に受け入れられたのも、法王という立場以上に、何か人々の心の根本に触れるものを持っていたからこそだろう。次期法王にはその部分は受け継いで欲しいものの、現在候補に挙がってるヨゼフ・ラツィンガー枢機卿などはやはり強固な保守派。ロシア正教会との不仲など外部でも問題を積んでいるのに、内部の進歩派とも対立している氏がここにきて浮上するのは些か疑問だが、アメリカの新保守派とは色んな意味で気が合いそうではある。

さて、今この時も世界のどこかでは非業かつ悲惨な出来事が絶えず起こっている。例えばマスコミはほとんど扱っていないが、スーダンの大虐殺は現在進行形であって、国連の要請で自衛隊のルワンダ入りが実現するとなれば、この先否が応にも憂慮しなければならない事態となるかもしれない。(そういえば昨日の産経新聞に石原都知事がまた怪しげな社説を寄せていましたが、あの人なんかは武力の拮抗によるバランスと人道主義を混同して自己矛盾に陥っている張本人ですね。フランスが高性能の武器を中国に売りつけるのが気に入らないだけでしょう。私も反対ですが。ただ、現に武力を持たない弱者から虐げを受ける現実もあるのです。)異教の問題については外部の宗教を持ち出すべきでないだろうが、ヨハネ・パウロII世が『カトリックを代表する法王を演じる一個人として』唱え続けた平和への姿勢と真意だけはおそらく人の心を持つ者すべてに理解出来るはず。

「憎しみのあるところに愛を。」(1996年 アッシジ、世界平和祈祷集会)

問題のあるところに問題のある行動は起こる。私達は様々な因果を経て、それらの問題と互いに関わっているのだから、どんな形であれ相互作用することが出来ることを忘れてはならない。そして彼の死が与えてくれた世界中の悼みが、尚も隣人への慈愛と祈りとして受け継がれることを。。。

注:都知事の論調については、一国の武力の立ち遅れを問題視しようとせずに、
隣国の脅威に対して日本は幾らでも軍備を強化するべきだという所が致命的なのです。


□ "Truth is born of the Arguments"

あるブログ管理者の方も仰っていたのですが、ブログの革新的なところは
単位議論の爆発的な発展性と汎化現象にあると思う。
それにはある程度の話題性というフックが必要なわけだけど、
例えば昔なら、特殊分野の博士や教授がちまちまと学術書の隅の方で数年がかり
の論戦を交えるしかないようなことが、現在ならたった一夜にして世界中の
論議の的となって、一定の見識を定めるまでの時間も収束している。
この振舞いそのものを数学的にモデル化してみたいのですが、残念ながら私は
それだけのリテラシーを持ち合わせてはいない(笑)


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□ Abba Pater

Abba Pater
Un Comandamento Nuovo

2000年の『大聖年』を記念して発表された法王ヨハネ・パウロII世の音楽作品。
"Abba Pater"では法王自身の歌声が聴けます。今となっては感慨深いですね。。
"Un Comandamento Nuovo"(新しい掟)は赦しと和解をテーマにした、
法王の掲げていた最も強いメッセージを叙情的に語る作品。
エスノ・サンプリングを取り入れたニューエイジ色の強い楽曲もあります。


□ Bomb the Bass

Winter in July (7” Mix) (1991)
The Air You Breathe

ティム・シムノン、ガイ・サイグスワーク、そしてヴォーカルのロリータ・ヘイウッドが
作り上げた、エスノ・アンビエント、ブリストルを取り入れた所謂デレリアム系
トリップホップの租といえる名曲。90年代以前のアンダーグラウンドシーンと、
現在のチルアウトヴォーカルの溝にあたるミッシング・リンクを埋めるのが
ズバリこの二曲だと言っても過言ではないでしょう。
因みにDeep Forestと同じサンプルが使われていますが、
これは1991年の作品なので、こっちの方が先なのです。