Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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たかが英語,されど英語

2012年08月06日 | 医学と医療
昔,指導医として指導した後輩の先生から,海外学会に初めて採択されたという嬉しいメールを頂いた.でもそのメールには「嬉しかったのですが,次の瞬間,初めて行くアメリカで楽しみ半分,英語という語学の厚くそして高く聳え立っている壁を目の前に呆然としている感じです」と書かれていた.私も学会発表や英語論文の執筆でとても苦労したので,海外学会デビュー前の気持ちが良く分かる.ちょうど先週読んだ本が参考になるかもしれないと思ったので紹介したい.

タイトルは「たかが英語!」,楽天の三木谷 浩史氏が書いた本の名前である.2010年4月,楽天は「社内公用語英語化宣言」をして社会を驚かせた.その理由は,「今後,人口が大幅に減少する日本において企業は世界企業にならない限り生き残れない,そして世界企業になるためには英語を話すことは不可欠である」と考えたためだ.実際,本年7月に楽天の社内公用語は英語に移行したが,それまでの準備期間の2年間で7000人以上の日本人が英語のマスターに取り組んだ.その過程と結果,日本での英語教育における問題点を綴ったものが本書である.この壮大な実験は,会社による充実した支援策,英語力を科学的に向上させるアプローチの追求などにより,約1年半で全社員のTOEIC平均点が161点アップするという成果を収める.社内公用語の英語化についてはさまざまな議論はあるが,英語で苦労してきた日本人の1人として,いろいろ納得し,頷きながら読めた.以下,三木谷氏の言葉を紹介しつつ,自分の意見も述べたい.

1. 「多くの日本人は,発音は完璧,文法も完璧な英語でなければ通じないと思っている.日本人の英語力がなかなか上達しない一因は,この思い込みにある.通じれば十分なのだ.大事なのは,細かい文法ミスは気にせず,とにかく英語で伝えようとする姿勢だ.そもそもネイティブスピーカー並に話せるはずがないし,話せる必要もない」

私もこれに気がつくまでかなり時間がかかった.この最悪の「思い込み」に日本の英語教育が影響していることは間違いない.でも気がついた後はとても楽になり,会話ができるようになった.開き直れるかどうかがまず大切.

2.「中学,高校,大学の10年間で3500時間ということになる.これだけ時間を費やせば,本来なら誰でも英語を喋れるようになっているはずだが,そうはなっていない.僕は,日本の英語教育はほとんど犯罪的と言っていいくらいひどいと思っている.英語教育の現状を見ると,むしろ英語を使えなくなるような教育をしている.「言語鎖国」政策をとってきたのではないか」

私は医学部学生やレジデントには,機会があるごとに時間を作って英語の勉強をするように話している(年をとってからでは時間が作りにくいと).しかし2つ問題点に気づく.①受験英語は優秀だったはずなのに,英語に対する苦手意識がとにかく強いこと(英語圏で通用する英語を身につける必要があるはずなのに,受験英語は決してそうではないということだろう).②英語を習得する意義を理解できない(これはその大切さを周囲が教えていないからだろう).

3. 「アジア圏のTOEICスコアは,中国,韓国,台湾は大幅に増加しているにも関わらず,日本のスコアは殆ど変わっていない」

残念ながら海外学会の口演でしどろもどろになるのは日本人が多い.留学中に各国の医学教育について聞いてみたが,アジア諸国の医学生は,教科書は英語,HarrisonとかCecilで勉強していると言っていた.韓国の医学部は授業も英語だと言っていた.どうして日本は違うのだろう.影響はないのだろうか?
本書によれば,かつて日本経済が急成長していた頃,多くの海外企業が日本にアジアの拠点を築いたが,昨今,アジアの拠点は,日本から上海やシンガポールに移りつつある,つまり「日本外し」現象が起きているそうだ.新薬の効果を検証する国際的なRCT論文で,近年,日本でなく中国や韓国が入っているものが少なくないことにお気づきだろうか.日本人の留学は年々減少していると言われるが,これに対し,例えば中国の1980年代生まれの若者「バーリンホウ(80后)」がどんどん海外に進出している.中国人に最も人気の留学先は米国で,昨年は約12万8000人が留学したそうだ.そこで人脈ができ,帰国後も協力関係は続くだろう.それに対し,日本は多くの領域で「言語鎖国」の影響がでて学問の領域でもガラパゴス化しつつある恐れがある.

4.「専門用語と特殊な言い回しさえ覚えてしまえば,ビジネス上のコミュニケーションには困らない.ジャンルごとに頻出する言葉を覚えること.これが仕事で使える英語を身につける第一歩である」

ではどのように英語を学ぶべきか.専門用語と特殊な言い回し,ルールを覚えることの大切さは医学もまったく同じで,これができれば英語論文を深く理解できるようになる.海外学会発表も,言い回し,ルールさえ覚えておけば立ち往生することなく,十分対応できるようになる.本書にも書かれているが,どんな話題が飛び出すかわからない日常会話のほうが難しい.
そして英語の上達で大切なのは,ネイティブの英語が少しでも聞き取れる,こちらの話すことも通じるという経験をなるべくたくさん積むこと.自信につながるし,会話が楽しいと思ったら上達は速い.

5. 「英語で発信しなければ世界には流通しない・日本の良さを世界に広める手段として英語力が活用できる・外国語を使うことで,自分の頭にある概念を疑い,別の角度から検討しやすくなる・直接,外国人とコミュニケーションすることで得られる恩恵は計り知れない・」

英語を学ぶメリットは計り知れない.多くの人々に自分たちの経験や発見を伝えようとすれば英語は不可欠.また英語を使うこと,とくに論文を書くことは理路整然とした思考ができるようになり臨床力のアップに繋がる.さらに自分たちの経験や発見が世界の人々の役に立つと考えればこれほど嬉しいことはない(最近はなくなったが,昔は別刷り請求がはがきで来た.殆ど知らない国の人からはがきが来ることも時々あって,その時には本当に嬉しかった.それがその後,論文を書く原動力になったように思う).

6. 「英語化プロジェクトを進めるうちにわかってきたこと.それは英語力が特殊な能力ではなくなるということだ.本当に重要なのは,その人の専門知識であり,ノウハウであることが際立つようになる.英語が多少拙くても,伝える内容をしっかり持っている社員のほうが有用」

伝える内容こそ大事.英語が下手でも,伝える内容がしっかりしていれば一目置かれるようになる.留学して思ったことは「英語を流暢に使えることが国際化ではない.日本人であれば日本や日本人のことをよく理解して,周囲に伝えられることが大切」ということ.


以下,海外学会に自身を持って参加するためにおすすめの英語の本.さぁ,海外に出かけよう.


国際学会Englishスピーキング・エクササイズ口演・発表・応答
・・・CDつき.一番おすすめの本.これをマスターしておけば,ポスターも口演もほぼ乗りきれる.

国際学会English―挨拶・口演・発表・質問・座長進行
・・・国際シンポジウムの座長のときほんとうに助かった本.上記の本のあとに読むと良い.

英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻―忙しい若手ドクターのために
・・・初級編.でも外国でのプレゼンテーションの心構えやコツが満載.

ハーバードでも通用した研究者の英語術―ひとりで学べる英文ライティング・スキル
・・・論文やメールの書き方など,研究者にはとても役に立つ本.


たかが英語!
・・・ぜひ楽天のEnglishnizationの過程と結果を読んでみてください.
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