Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新しい時代の脳神経内科診療を垣間見たMDS Video Challenge

2021年09月24日 | 脳血管障害
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の動画を持ち寄り,症候や診断・治療を議論するVideo Challengeです.最も興味深く,チャレンジングなプレゼンには金・銀・銅メダルが与えられます.選考対象となった9症例と,聴衆がチャットで診断を議論する”Chatlenge”の6症例の計15症例,4時間の重厚なカンファレンスでした.恥ずかしながら15症例中,私が診断を即答できたものは2症例だけでした!つまり従来の知識・アプローチでは歯がたたないのです.おそらく下図の診断名を見ると無理からぬことと仰っていただけると思いますが,衝撃的であることは半分近い症例が何らかの治療ができることです.言い換えると新しいアプローチを身につけなければ治療ができる疾患を見落とすということです.新しいアプローチとは『症候からkey word searchで疾患を絞りつつ,孤発例であっても遺伝性疾患の可能性,変性疾患様であっても自己免疫疾患の可能性を残しつつ,whole genome sequencing(WGS)とcell-based assayを用いて,治療可能な常染色体劣性遺伝性疾患と自己免疫疾患を見逃さずに診断する』ということだと思います.とくに後者はさらに続々と自己抗体が見いだされると思いますし,その抗体に関連する多彩な臨床像の理解が不可欠になると思います.膨大な知識が求められますので,診断にAIも必要になると思います.薄々感じていましたが,脳神経内科の先端診療はそういう時代に入ったのだと思います.



◆Case 1 – Australia
【症例】13歳男性.7歳から歩行障害,徐々に悪化.軽度の認知機能低下,言語障害.視神経萎縮による視力低下,眼球運動障害.姿勢保持障害,運動緩慢,小脳性運動失調,ジストニアを認める.日内変動あり.家族内類症あり.髄液ビオプテリン↓HVA↓頭部MRI正常.
【解答】AFG3L2(AFG3 Like Matrix AAA Peptidase Subunit 2)遺伝子変異(WGSで同定).ミトコンドリア膜に存在する遺伝子.mitochondriocytopathyとneurotransmitter disorderの両者の特徴を持つ.多彩な表現型を示す.SCA28,SPAX5,SPG7の原因遺伝子でもある.

◆Case 2 –Italia
【症例】34歳男性.家族に感音性難聴,てんかん.本人は発育遅滞,薬剤抵抗性てんかん(重積発作),巨頭症.9歳で歩行不可.ADHD.発作性の運動異常症を認め,全身性進行性ジストニア,ミオクローヌス,舞踏運動を呈する.低トーヌス.大きな耳,下顎発育不良,下口唇突出.
【解答】GNB1遺伝子変異.2016年に新規に発見された疾患.常染色体優性遺伝形式だがde novo変異が多い.姿勢保持障害,運動緩慢.G-protein subunit disorder,つまり3量体Gタンパク質のβサブユニットをコードする遺伝子であり,Gタンパク質共役受容体の直下で機能する.

◆Case 3 - UK
【症例】46歳女性.父,多発性硬化症.母,がん.30歳代から手と声の振戦(間欠的に出現). 13歳から片頭痛.17歳左手脱力.23歳半盲を伴う高度頭痛→ステロイド点滴で改善.27歳強直間代発作.姿勢時ミオクローヌス,ジストニア,上肢失調,認知機能低下.腱反射亢進.極長鎖脂肪酸解析でプリスタン酸↑.頭部MRI,中脳,橋,視床に異常信号.
【解答】WGSにてAMACR遺伝子変異(2-Methylacyl-CoA racemase:AMACR欠損症).ペルオキシソーム病のひとつで食事制限により治療可能.乳児期に肝障害,脂溶性ビタミンの欠乏を来すタイプと,成人発症の感覚運動ニューロパチーに網膜色素変性,性腺機能低下,てんかん,発達遅滞,再発性の脳症などを伴うタイプがある.

◆Case 4 – Portugal
【症例】59歳男性.家族歴;母と子供に振戦.発作性・周期性の1-5秒間の上肢筋攣縮(periodic dystonic spasm→slow periodic myoclonusというもの).徐々に増悪.歩行障害(高度の小歩症)と転倒(L-dopa抵抗性パーキンソニズム).球麻痺.喉頭喘鳴.皮質下性認知症.寝たきり.頭部MRIで白質変化と多発microbleeds.アミロイドPET陽性.ステロイドパルス有効.
【解答】CAA-related inflammation(病理学的裏付けはなし).slow periodic myoclonusはSSPEや重症Wilson病で報告がある.

◆Case 5 - Portugal
【症例】50歳女性.発育遅滞.巨頭症.歩行障害,認知障害.15歳で杖つき歩行.30歳痙性を伴う片麻痺.40歳寝たきり.安静時振戦.Dopa-responsive parkinsonism.頭部MRI T2WI;皮質下白質高信号.尾状核・被殻低信号,淡蒼球点状高信号.血清リシン↑.弟;発育遅滞.てんかん.歩行障害,認知障害,パーキンソニズム.
【解答】L2HGDH遺伝子変異(L-2-ヒドロキシグルタル酸尿症).尿中・髄液L-2-ヒドロキシグルタル酸↑血清リシン軽度↑.本邦でも報告例あり(山田ら.臨床神経 2013;53:191-195).「3例はいずれも小児期から知的障害を指摘されていたが,30~40代ごろから進行性のジストニアをみとめたことを契機に代謝検査を受け,尿中への2-ヒドロキシグルタル酸の異常排泄をみとめ診断された.このうち一人は診断にいたるまでに知的障害の増悪があり,他の二人もジストニアが増悪し歩行困難となった」

◆Case 6 – Chile
【症例】10歳女子.18ヶ月で姿勢異常(ジストニア).3歳嚥下障害→胃ろう.てんかんなし.家族歴なし.全身性・進行性の強い捻転ジストニア.髄液正常.頭部MRI;テント上大脳白質のびまん性多発石灰化.
【解答】WGSでADAR遺伝子変異(Aicardi-Goutieresエカルディ・グティエール症候群6型).AGS関連遺伝子のいずれかの異常による単一遺伝子性の自己免疫疾患.この遺伝子にはADARを含む7遺伝子が報告されている.常染色体劣性遺伝形式が主.ジストニアに対しDBSが有効だった.

◆Case 7 – Thailand(銀メダル)
【症例】87歳男性.糖尿病.3ヶ月前から眠らなくなる(概日リズム障害),高度の睡眠時随伴症(REM/NREMパラソムニア).2ヶ月前から幻視,認知機能低下.1週前から進行性小脳性運動失調.
【解答】LGI1抗体関連脳炎.IVIGとステロイドパルス療法で改善.典型的には認知症+FBDSを呈するが,非典型例で小脳性運動失調やstatus dissociatus(きわめて高度のREM/NREMパラソムニアと覚醒状態を認める睡眠障害)を呈する.本症ではstatus dissociatusを23.8%に認めるという報告もある.中国からもほぼ同じビデオ症例の応募があった.ちなみにstatus dissociatusは視床のGABAergic circuitの病変で生じ,疾患としてはFFI,振戦せん妄,Morvan症候群,NMDAR脳炎で報告されている.

◆Case 8 – Spain(銅メダル)
【症例】29歳女性.Skew deviation,小脳性運動失調にて発症.髄液細胞数18,蛋白78.頭部MRI上部脳幹異常信号.DATスキャン高度↓ステロイドパルスにて一度改善したものの,亜急性の進行性パーキンソニズムを呈した.L-dopaは有効であった.しかし短い治療期間中にwearing offとジスキネジアを呈した.
【解答】CASPR2抗体関連パーキンソニズム.典型的には高齢発症辺縁系脳炎やMorvan症候群(Isaacs症候群+大脳辺縁系障害(不眠,記銘力障害など),自律神経障害)であるが,非典型例ではL-dopa responsive parkinsonismを呈する.しかもごく短期間のうちに,パーキンソン病治療の全期間の経過を真似る.Autoimmune parkinsonismとしてCASPR2抗体関連脳炎は念頭に置くべき.

◆Case 9 – India(金メダル)
【症例】35歳男性.全身性強直間代発作にて発症.以後,3-4年の経過で潜行性に進行する小脳性運動失調,痙性,右手の局所性ジストニア,自律神経障害,難聴を呈した.頭部MRI;軽度の小脳虫部萎縮.髄液細胞数264,蛋白523.真菌陰性.
【解答】Isolated neurobrucellosis(神経型ブルセラ症).人畜共通感染症.ドキシサイクリンとRFPで改善した.難聴は本症を疑うポイント.脳神経麻痺,多発神経根症,対麻痺など多彩な所見が見られる.

【Audience chatlenge】
◆Case 1 - Canada
【症例】19歳男性.発育遅滞,振戦,運動失調,パーキンソニズム.
【解答】KCNN2(Potassium Calcium-Activated Channel Subfamily N Member 2)遺伝子変異.

◆Case 2 - USA
【症例】59歳男性.2年の経過で失調歩行,転倒.脱抑制,興奮,失行.姿勢時振戦,Romberg徴候陽性.骨シンチで腎周囲集積.
【解答】Erdheim-Chester病.非ランゲルハンス細胞性組織球症の一型.骨,中枢神経系,心血管系,肺,腎臓,皮膚などを侵す.骨痛や中枢神経症状(約5割),尿崩症による多飲多尿,黄色腫,眼球突出など.

◆Case 3 - Turk
【症例】34歳女性.血族婚.進行性言語障害,認知障害,じっとしていられない.Stereotypy.尿失禁.治療抵抗性.踵や手首の痛みとX線での多発性骨嚢胞.
【解答】TREM2遺伝子変異(Nasu-Hakola病).Primary microgliopathy.polycystic lipomembranous osteodysplasia with sclerosing leukoencephalopathy (PLOSL)とも呼ばれる.本邦とフィンランドに集積する疾患.本邦患者数は約200人.

◆Case 4 – USA
【症例】58歳男性.亜急性に複視,小脳性運動失調,左下肢筋力低下.陰萎.球麻痺.睡眠時無呼吸症候群.頭部MRI大脳白質異常信号.IVIG,PLEX若干有効,効果不十分でオクレリズマブ追加.KLHL11 IgG陽性.
【解答】Kelch様タンパク質11抗体関連菱脳炎.男性に多い.小脳性運動失調.複視,めまい,難聴,耳鳴,嚥下障害,てんかん.精巣腫瘍を背景とする傍腫瘍症候群のこともある.

◆Case 5 - Canada
【症例】70歳男性.全身の舞踏運動.認知症,失禁,体重減少.パーキンソニズム.Tissue transglutaminase抗体陽性.
【解答】Celiac病.グルテンフリー食で改善.
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