Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月12日)  

2020年09月12日 | 医学と医療
今回のキーワードは,増殖するウイルスの形態とD614G変異体,2例目の再感染例,若年入院患者の重症化の危険因子,黒人で感染・死亡が多い理由,COVID-19診療に使用されるポータブルMRI,パンデミックがパーキンソン病や脳卒中に及ぼす影響,ワクチンの第3相試験の保留とワクチン誘発性横断性脊髄炎,小蛋白質を用いた新しい治療アプローチです.

今週の一番の関心事は,ワクチンの第3相試験の一時中止ではなかったかと思います.詳細は不明ですが,Nature誌はワクチンの安全性の評価の重要性をあらためて強調しています.有害事象と噂される横断性脊髄炎とワクチン接種の関連についても既報のまとめがありますのでご紹介したいと思います.

◆ウイルスの構造(1)気管支線毛細胞で増殖するウイルスの姿.
SARS-CoV-2ウイルスをヒト気管支上皮細胞に接種し,96時間後に,細胞を走査型電子顕微鏡を用いて観察した写真が報告されている.図1Aは,線毛の先端に粘液が付着した感染細胞を示している.図1Bは高倍率での観察で,ヒト気道上皮細胞において増殖したウイルスの形態と密度が分かる.
N Engl J Med. Sep 3, 2020(doi.org/10.1056/NEJMicm2023328)



◆ウイルスの構造(2)D614G変異がウイルスの形態と感染力にもたらす影響.
図2はSARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質の形態とD614G変異の位置(オレンジの丸)を示すアニメである.D614G変異はスパイクタンパク質の614番目のアミノ酸のアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に置き換わる変異で,ヨーロッパで急速に増加し,その後,世界の殆どの地域で認められるようになった.当初,この増加の理由として,D614G変異は感染力が強い可能性が推測されたが,結論は出ていない.しかし,最近の研究でその可能性が高まりつつある.アニメはその一つを示すもので,クリオ電顕を使用してスパイクタンパク質の形態を示している.スパイクタンパク質は,「開」または「閉」の方向にある3つのペプチドで構成されるが,これまでの研究で,ウイルスが細胞膜と融合する(感染する)ためには,3つのペプチドのうち少なくとも2つが「開」の状態になる必要が分かっている.アニメの最初の白の状態は3つとも「閉」であるが,D614G 変異は「開」の状態(ピンク)になりやすい.アニメは「開」が0から1,2,3と増えたときの構造変化を示している.一方,D614G変異はワクチンの標的になりやすい可能性も指摘されている.
Nature 585, 174-177 (2020) (doi.org/10.1038/d41586-020-02544-6)



◆米国からの,2例目の再感染例の報告.
香港大学からの報告(doi.org/10.1093/cid/ciaa1275)に次いで,米国ネバダ大学からの再感染例が報告された.25歳の患者が3月25日に発症し,咽頭痛,咳嗽,頭痛,悪心,下痢を呈した.4月27日には症状は消失し,5月9日と26日に2度PCR陰性を確認した.しかし6月5日から筋肉痛,咳嗽,息切れ,低酸素血症を呈し,胸部X線上も肺炎像を認め入院した.48日の間隔が空いた患者検体のゲノム解析の結果,両者は短期間における変異では説明できない程度に遺伝的に不一致であった.このことから,COVID-19に2回感染したものと結論づけられた.香港の症例との違いは,2回目の感染で症状を呈したことである.初回感染で免疫を獲得できない可能性が示唆されるが,著者らは本例の意味付けには慎重な立場をとっている.
SSRN. August 25, 2020.(doi.org/10.2139/ssrn.3680955)

◆病的肥満,高血圧,糖尿病は若年感染者の人工呼吸器装着,死亡の危険因子.
COVID-19は,米国の若年成人の間でも急速に増加しているが,その臨床像は十分に分かっていない.入院を要した3222名の若年成人(18~34歳)の臨床像と転帰を調査した.3222名が対象で,684名(21%)が集中治療を要し,331名(10%)が人工呼吸器を装着され,88名(2.7%)が死亡した.危険因子(病的肥満,高血圧,糖尿病)が増えるに従い,人工呼吸器装着と死亡のリスクが増加し,これらの危険因子を有さない中年成人(35~64歳)8862名と同等のリスクとなった(図3).若年であっても病的肥満,高血圧,糖尿病を有する場合,一層の感染予防対策が必要である.
JAMA Intern Med. September 9, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.5313)



◆黒人で感染・死亡が多い理由.
米国における検討で,COVID-19の感染および死亡は,黒人において,人口に占める割合より2~3倍高いことが報告されているが,この理由は不明である.SARS-CoV-2は気道に感染し,膜貫通型セリンプロテアーゼ 2(TMPRSS2)を用いて侵入・拡散する.このため,人種ごとにTMPRSS2鼻内遺伝子発現を比較した研究が行われた.対象はニューヨーク市在住の健常者ないし喘息患者305名で,2015~2018年に採取した鼻上皮が使用されている.内訳はアジア人8.2%,黒人15.4%,ラテン系26.6%,人種・民族混合9.5%,白人40.3%で,48.9%が男性で,49.8%が喘息を有していた.TMPRSS2の鼻腔内遺伝子発現は,他の群と比較して,黒人で有意に高かった(すべてP<0.001)(図4).TMPRSS2発現と性,年齢,喘息との間には関連はなかった.よってTMPRSS2の鼻腔内高発現が,黒人における高い感染,死亡の一因である可能性がある.カモスタットメシル酸塩などのTMPRSS2阻害剤の臨床試験が行われているが,人種で層別化した解析が必要であろう.
JAMA. September 10, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.17386)



◆神経合併症(1)COVID-19患者に対するポータブル・ベッドサイドMRI!
米国からの報告.MRIは高磁場(1.5~3T)を要するため,適切な環境において検査を行う必要がある.しかし近年,低磁場MRI技術の進歩により,ベッドサイドでも画像を取得できるようになった.図5はベッドサイドで使用可能なポータブル低磁場MRI装置(0.064T)である.これを用いて,COVID-19患者が治療される集中治療室でその有用性に関する検討が行われた.対象は精神状態が変化したCOVID-19患者20名,その他の神経疾患30名で,後者の内訳は虚血性脳卒中(n=9),出血性脳卒中(n=12),くも膜下出血(n=2),外傷性脳損傷(n=3),脳腫瘍(n=4)であった.前者では20名中8名(40%)で異常所見を認め,後者では30名中29名(97%)で異常所見が検出された.有害事象や合併症はなし.解像度を見ると十分,臨床で使用できそうに感じられ,今後の臨床が大きく変わっていく予感がする.
JAMA Neurol. September 8, 2020(doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.3263)





◆神経合併症(2)パンデミック時の外出自粛がパーキンソン病患者に及ぼす影響.
インドからの報告.パンデミック時の外出自粛が,パーキンソン病(PD)に及ぼす影響を明らかにする目的で,オンライン質問票を用いた検討が行われた.832 件の回答を検討したところ,自粛に伴い20-30%の患者に振戦,筋強剛,運動緩慢などの運動症状の悪化を認めた.また20%程度に,易疲労性,疼痛,不安,抑うつ,便秘,健忘などの非運動症状の悪化を認めた.睡眠障害は35.4%で認められ,23.9%が3ヶ月以内の発症や増悪を訴えた.自粛期間の長期化(60日以上)は,振戦(P = 0.003),発語(P = 0.002),排尿障害(P < 0.001)の悪化と関連した.一方,期間中に新しい運動・趣味を取り入れた患者の33.9%では,運動緩慢の悪化が減少した(P = 0.001).遠隔診療が導入されたが,筋強剛と姿勢保持障害を除いて診察は可能で,パンデミック時における有用性が確認された.
Parkinsonism Relat Disord. Sep 6, 2020(doi.org/10.1016/j.parkreldis.2020.09.003)

◆神経合併症(3)パンデミックにより虚血性脳卒中が増加する.
イタリアからの報告.COVID-19が脳卒中のリスクとなるかどうかについては明確な結論が出ていない.このため2020年の1~4月における患者数を後方視的に解析し,過去10年間(2010年~2019年)の月平均患者数と比較した.パンデミックの最盛期である3月と4月においてのみ,虚血性脳卒中の入院が増加していた(TIAや出血性脳梗塞,てんかんは増加しなかった).虚血性脳卒中は,3月は82名(うち35名(39%)がCOVID-19患者)で,過去10年の平均値49.7名より多かった.4月では78名(うち17名(21.8%)がCOVID-19患者)で,過去10年の平均値48.2名より多かった.死亡率はすべての病型で上昇したが,軽症患者が医療を求めず,病院に入院しなかったためと考えられた.
Eur J Neurol. September 05, 2020(doi.org/10.1111/ene.14505)

◆オックスフォード大学が開発したワクチンの第3相試験が保留中.
アストラゼネカは,オックスフォード大学が開発したコロナウイルスワクチンの第3相試験の登録を一時停止したが,英国でワクチンを受けた人に「有害事象の疑いがある」との報告があったことを受けたものである.Nature誌では科学者のコメントとして「このことがワクチン開発の推進にどのような影響を与えるかについて言及するのは早計だが,ワクチンを承認する前に,安全性を評価するために適切にデザインされた大規模試験の結果を待つことがより重要となった」と述べている.
Nature. September 9, 2020(doi.org/10.1038/d41586-020-02594-w)

ちなみに報道では有害事象は,横断性脊髄炎と言われている.ワクチン接種による免疫反応の刺激は,中枢神経系の脱髄などの副作用をもたらすことがある.インフルエンザやHPVワクチン等における有害事象の既報をまとめている論文によると,最も頻度の高いワクチンによる神経合併症は急性播種性脳脊髄炎(44.4%)で,ついで視神経炎(26.4%),横断性脊髄炎(13.9%)である.最近ではNMOスペクトラム障害(12.5%)が増加している.おそらく今回の症例でも,まずアクアポリン4(AQP4)やミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)に対する抗体が測定されたのではないかと思われる.出現頻度にもよるが,横断性脊髄炎は十分想定されることではないかと思う.
Int J MS Care. 2020;22(2):85-90(doi.org/10.7224/1537-2073.2018-104)

◆60アミノ酸から構成される小蛋白質を用いた新しい治療アプローチ.
スパイクタンパク質とヒトACE2受容体の相互作用を遮断するように,コンピューター設計にて作成された60アミノ酸から成る小蛋白質により,ウイルスの培養細胞への感染を実際にブロックできることが報告された.ミニバインダーと呼ばれる10個の小蛋白質をデザインしたところ,100 pMから10 nMの範囲の親和性で,受容体結合ドメイン(RBD)に結合し,24 pMから35 nMの間のIC 50値で,培養ベロE6細胞へのウイルス感染をブロックした.その1つのLCB1と名付けられたミニバインダーの感染阻止効果は,中和抗体による効果と同等であった.またミニバインダーとスパイクエクトドメイン三量体との複合体のクリオ電顕構造は,3つのRBDすべてに結合しており,計算モデルと一致していた.抗体は安定ではなく,また鼻腔投与にも向かないが,小蛋白質は室温で14日間置いても失活せず,また鼻腔や気道に投与できる利点がある.これまでと異なる新しいアプローチの治療薬として有望である.
Science. September 9, 2020(doi.org/10.1126/science.abd9909)



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 未視感(ジャメビュ)を訴え... | TOP | MDS バーチャル・ビデオ・チ... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 医学と医療