Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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片頭痛予防の新しい抗体薬「PACAP抗体」臨床試験の成功!

2024年09月09日 | 頭痛や痛み
最新号のNew Eng J Med誌に片頭痛予防の新しい抗体薬,PACAP(下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド:pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide)に対するモノクローナル抗体Lu AG09222の臨床試験(HOPE試験)の結果が報告されています.

まずPACAPについての説明です.片頭痛の病態メカニズムに関わるペプチドで,主にPAC1受容体を介して作用します(図A).ほかにもVPAC1およびVPAC2受容体を活性化します.PAC1受容体は脳幹や視床下部,三叉神経節,血管周囲の神経などに分布し,VPAC1およびVPAC2受容体は脳や末梢の血管,内臓器などに広範に分布しているそうです.PAC1受容体は脳幹や視床下部に存在することから,片頭痛の中枢病態機構に関与している可能性があります.ただし以前,PAC1受容体を標的としたモノクローナル抗体AMG301を用いた臨床試験が行われましたが,期待に反して有効性を示すことができませんでした(Cephalalgia. 2021 Jan;41(1):33-44. doi.org/10.1177/0333102420970889).このためPAC1受容体ではなく,今度はPACAP自体を標的とする臨床試験が行われたわけです.

研究デザインとしては片頭痛患者237名を対象として,Lu AG09222 750mg,1000mgを点滴静注した群と偽薬群を比較しました(順に97名:46名:94名,2:1:2割り付け).4週間にわたり片頭痛日数を記録しました.その結果,Lu AG09222 750mg群は,月あたりの片頭痛日数が平均6.2日,一方の偽薬群は4.2日で,月2日間の頭痛頻度が減少しました(P=0.02)(図B).副作用としては,COVID-19感染(7%対3%),鼻咽頭炎(7%対4%),疲労(5%対1%)を認めましたが,いずれも軽度であり,治療の中断を要するものではありませんでした(図C).COVID-19感染は気になりますが,PACAP抗体がCOVID-19感染のリスクを高めるという明確な証拠はないようです.研究自体の問題点としては,患者数が比較的少ないことと,観察期間が4週と短く,長期の効果や副作用が不明であることが挙げられます.投与法も点滴静注である点は不便ですが,自己注射可能な皮下注製剤の臨床試験が計画されているようです.



考察です.1つめはPACAP抗体による治療の意義です.効果は正直マイルドですが,それでも1年換算すると26日ぐらい頭痛は減少しますし,CGRP抗体とは異なるメカニズムで有効性を示したという点の意義は大きいと思います.すでにCGRP関連抗体が3剤,臨床応用されていますが,これらの治療で十分な効果を得られなかった患者さん(ノンレスポンダー)に対して,新たな選択肢になるものと期待されます.

2つめはPACAP抗体の長期使用の影響についてです.PACAPの片頭痛における作用を理解する必要があります.まず血管拡張や神経炎症の抑制に関与します.例えばPACAPを片頭痛患者に投与すると片頭痛様頭痛が誘発され,しかしスマトリプタンで抑制することができます.つまりこれらの作用を抗体薬でブロックすると,血管拡張の抑制→脳虚血や神経炎症増強を引き起こす懸念はあります.また私は以前,ポリグルタミン病や脳虚血で神経細胞の生存に重要な転写因子CREB(cAMP response element binding protein)を研究したことがありますが,PACAPはPAC1 受容体を介してcAMPの生成を促進し,その結果としてCREBによる遺伝子発現を活性化します.この経路はシナプス可塑性や神経細胞保護,成長を促進する遺伝子(例:BDNF)の発現に寄与します.このようなPACAPの生理作用を考えると抗体薬の長期的使用の影響を今後明らかにする必要はあるように思われました.

いずれにせよ,PACAP抗体薬の臨床試験の成功は片頭痛患者さんにとってHOPEとなる喜ばしいニュースです.今後,その使用方法や安全性についての検討が重要だと思いました.
Ashina M, et al. A Monoclonal Antibody to PACAP for Migraine Prevention. N Engl J Med. 2024 Sep 5;391(9):800-809.(doi.org/10.1056/NEJMoa2314577

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