Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月21日) 

2021年11月21日 | 医学と医療
今回のキーワードは,SARS-CoV-2ウイルスはNEMOを分解することで,小血管障害と血液脳関門の破綻を引き起こす,グラチラマー酢酸塩治療中にmRNAワクチンを接種した場合,Nicolau症候群の出現に注意する,です.

やはりCOVID-19について関心を引く論文は減って,研究も落ち着いてきたように思います.ただ2つ興味深く感じた論文がありましたのでご紹介します.図1はNat Rev Neurol誌のNews&Views欄に掲載された短い総説からのものですが,SARS-CoV-2ウイルスの中枢神経への感染経路を示しています(ウイルスの直接感染は,頻度は高くはないものの病理学的に証明されています).これまで議論されてきた経路は,まず嗅覚伝導路です.ACE2受容体やニューロピリン1を介して感染すると考えられます.もうひとつは血行性感染です.脳の血管内皮細胞に,SARS-CoV-2ウイルスが感染しうることは報告されていましたが,今回,「ヒモ状血管」が形成されることとその病態機序,さらに治療標的分子が明らかにされましたので,ご紹介します.
Nat Rev Neurol (2021).(doi.org/10.1038/s41582-021-00593-7)



◆SARS-CoV-2ウイルスはNEMOを分解することで,小血管障害と血液脳関門の破綻を引き起こす.
COVID-19の神経症状では,小血管の障害が関与する可能性が指摘されているが,その機序は不明であった.ドイツからの報告で,COVID-19感染者や感染動物モデル(マウス,ハムスター)の脳では,基底膜のない血管,いわゆる「ひも状血管(string vessel)」が増加していることが明らかにされた(図2).



この血管は感染により障害を受けた毛細血管の遺残であった.つぎに血管内皮細胞がウイルス感染していること,さらにSARS-CoV-2ウイルスの主要プロテアーゼ(main protease; Mpro)が,免疫反応において中心的役割を果たす転写因子のひとつであるNFκBの必須モジュレーターNEMO(NFκB essential modulator)を,5カ所のグルタミン部位で切断することを明らかにした.感染した血管内皮細胞ではNFκB下流のIL1βの発現が低下していた(よってcaspaseを抑制できなくなり,TNFなどが上昇する).つまりウイルスのMproはNEMOを切断することで,血管内皮細胞死や「ひも状血管」の形成をもたらすことが示された.
一方,NEMOは,抗ウイルス剤であるI型インターフェロンやその他の免疫遺伝子など,数多くの遺伝子の転写を制御するシグナルカスケードに関与し,さらにアポトーシスや第3の細胞死と呼ばれるネクロプトーシスを防ぐことが知られている.実際にNEMOの分解はネクロプトーシスと関連するRIPK(receptor-interacting protein kinase)3カスケードの活性化をもたらすことも分かった.そしてRIPK3を欠損させると,血管内皮細胞でNEMO を欠損させたマウスで認められる「ひも状血管」形成や血液脳関門の破綻が阻止された.さらにRIPK1阻害剤で,ウイルスによる上記の小血管障害が抑制された.以上より,ウイルスMproはNEMOを分解することで,小血管障害,血液脳関門の破綻を引き起こすが,これらはRIPK阻害剤により抑制されることが示された.つまりMProに加え,RIPKはCOVID-19の中枢神経障害の治療標的であることが示唆される(図3).
Nat Neurosci 24, 1522–1533 (2021).(doi.org/10.1038/s41593-021-00926-1)




◆グラチラマー酢酸塩治療中にmRNAワクチンを接種した場合,Nicolau症候群の出現に注意する.
局所注射後に皮膚の壊死や潰瘍形成が生じる病態は「Nicolau症候群」もしくはEmbolia cutis medicamentosa と呼ばれている.Nicolauは報告者の名前である.筋注ないし皮下注射後に生じる皮膚,皮下組織,筋肉の非感染性壊死とされ,注射局所に激痛,浮腫,発赤,腫脹,リベド,硬結を生じ,最終的には壊死に陥ることもある.早期診断が重要で,ステロイドやヘパリンの局注が行われるが,進行期にはデブリドマン,植皮などの外科的処置も必要となる.代表的薬剤はIFN-α注射薬である.今回,米国から多発性硬化症(MS)患者におけるグラチラマー酢酸塩の注射に関連したNicolau症候群の2例が報告された.COVID-19 mRNAワクチンの接種との関連が疑われた.

症例1は62歳男性で,過去5年間,グラチラマー酢酸塩を継続し,再発はなく安定していた.注射反応もなかった.ファイザーワクチンの1回目接種から17日後(2回目接種の1日前)に側腹部にグラチラマー酢酸塩を注射したところ網状の紫斑が生じた(図4A).その後,拡大し(図4B),壊死性の黒皮が生じた(図4C).ワクチン2回接種から14日後に行った生検では真皮にフィブリン血栓が見られ,血栓性血管障害を示す組織壊死が認められた(図4D).その後もグラチラマー酢酸塩を継続したが,それ以上の注射部位反応は見られなかった.

症例2は59歳女性で,過去10年間,グラチラマー酢酸塩を継続し,再発はなく安定していた.ファイザーワクチンの初回接種から1週間後,右腰付近のグラチラマー酢酸塩注射部位に大きな湿疹ができた.その後,数週間にわたり,注射部位の周囲に網状の紫斑が生じた.4週間後に2回目のワクチン接種をしたところ,中心部に壊死性の痂皮が形成され,その後7日間で拡大した(図4EおよびF).傷口に激しい灼熱の痛みを感じた.

以上の報告は,因果関係を証明するものではないが,医療機関や患者は,グラチラマー酢酸塩治療中にmRNAワクチンを接種した場合,注意深くNicolau症候群の出現に注意する必要がある.著者らは双方の治療の共通の標的である抗原提示細胞,樹状細胞が病態に関与する可能性を考えている.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. Nov 10, 2021.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000001112)



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