Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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進行性核上性麻痺長期生存例 -予後予測因子としての眼球運動障害とオリゴデンドログリアの重要性-

2022年08月19日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の臨床および病態を考えるうえで重要な論文が報告されています.これまでの研究が表現型に重きをおいて検討されたのに対し,この研究は罹病期間により3群に分けた点がユニークで,この発想の転換により重要な発見がもたらされました.

研究の目的は,「予後良好なPSP,すなわち罹病期間の長いサブグループの臨床・病理学的特徴を明らかにすること」と明確です.剖検で診断が確定したPSP 186例を,罹病期間により3群に分けています(短期間群:5年未満,中間群:5年以上10年未満,長期間群:10年以上).

結果としては,まず罹病期間10年以上の長期間群は24.2%(45例)存在しました.そしてまず重要な知見として,「発症から3年以内に眼球運動異常がないことが,罹病期間が長くなる唯一の独立した臨床的予測因子であること」が分かりました.図1のように核上性注視麻痺や異常衝動性・滑動性眼球運動は短期間群・中間群で時間経過とともに急速に頻度が増加するのに対し,長期間群ではなかなか増加しません.



図2では3群の症候出現の時期が分かりやすく図示されていますが,長期間群で核上性注視麻痺は本当の最後に出現することが分かります.



つぎに病理的検討でも驚くべきことが判明し,PSPはprimary oligodendrogliopathyではないかという仮説が提唱されます(図3).まず神経変性の程度は神経細胞のタウ病理(細胞質内封入体)の程度とパラレルでしたが,アストロサイトのタウ病理(tufted astrocyte)の程度は逆パターンを呈しました.つまりアストロサイトの挙動は神経細胞と反対で,神経変性に対して保護的に作用している可能性が示唆されました.そして最も重要なことは,罹病期間が長い患者ではオリゴデンドログリアのタウ病理(coiled body)が有意に少なく,罹病期間が短くなるに連れて高度となるということです.すなわちオリゴデンドログリアのタウ病理は,神経細胞のタウ病理や神経変性と同じ挙動を示すということになります.言い換えると,神経細胞とオリゴデンドログリアのタウの伝播は共通のメカニズムでリンクしている可能性があるということになります.



著者はここで2つの可能性を提唱しています(図4).
(1a)神経細胞のタウ病理が出発点で,オリゴデンドログリアは神経細胞に由来するタウを除去しようとして巻き込まれてしまう.
(1b)オリゴデンドログリアのタウ病理が出発点で,神経細胞にもタウが伝播して神経変性が生じる.
一方,アストロサイトは細胞外のタウを捕捉し,伝播に対し抑制的に作用する.ミクログリアは炎症に関わり,グリオーシスと神経変性を招く.



著者は(1b)を主として考えているようで,病気の進行速度は,オリゴデンドログリアのタウ病理によって決定されると推測しています.つまり上述したように,PSPはprimary oligodendrogliopathyであるという仮説です.PSPというとtufted astrocyteが頭に浮かんで,アストロサイトの病気という印象が強くありましたが,アストロサイトはむしろ保護的に作用している本論文の結果は驚きです.今後,細胞モデルや動物モデルでさらに検証されることになると思います.
研究に行き詰まったときに発想を転換することの大切を示した論文でもあります.

Jecmenica Lukic M, et al. Long-duration progressive supranuclear palsy: clinical course and pathological underpinnings. Ann Neurol. 2022 Jul 25. doi: 10.1002/ana.26455.


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