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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新しい遺伝性舞踏病が日本から報告された

2007年04月08日 | 舞踏病
 舞踏運動は振幅が大きく踊るような,短時間の突発的な不随意運動である。解剖学的には線条体(尾状核,被殻),内包前脚,淡蒼球外節,視床,視床下核の病変で生じうる。舞踏運動を呈する疾患にはさまざまなものがあるが、遺伝性に発症する疾患としては、Huntington病 (HD), Huntington病類縁疾患1型(HDL1), 2型(HDL2), DRPLA, 脊髄小脳変性症17型(SCA17)、そして良性遺伝性舞踏病(BHC)が知られている。良性遺伝性舞踏病はなぜか昔から教科書に載っている病気だが,その存在の有無に関しては様々な論争があった.しかし,2002年になりTITF-1(thyroid transcription factor-1 gene)遺伝子に欠失を認める家系が発見されTITF-1遺伝子がBHCの原因遺伝子であることが判明した.この疾患は上述の疾患とは明らかに臨床像が異なり,発症は幼児期ないし小児期,非進行性で生命予後は良好.永続的な知能障害はなく,舞踏病も成長に伴い改善することが多い(つまり成人発症の良性舞踏病の報告はなかった).

 今回、新潟大学から成人発症良性遺伝性舞踏病の2家系が報告された.ともに常染色体優性遺伝をしめす.発症者は上下肢や体幹・頭部に,緩徐に進行する舞踏運動を呈する.四肢の著明な筋トーヌス低下が見られる.認知症は伴わない.発症年齢は 40 ~66歳(平均54.3歳).舞踏運動は少量のセレネースで治療可能.頭部画像所見では全例,線条体の萎縮はない(ただしSPECT上では尾状核の低血流が認められる).

 遺伝子検索では上記に挙げた既知の疾患は否定され,TITF-1遺伝子にも異常は認めなかった.連鎖解析では,染色体8q21.3–q23.3 にtwo-point LOD scoreが4.74(D8S1784)という結果であった.2家系の解析から原因遺伝子の候補領域はM9267からD8S1139までの21.5 Mbに絞られた.本疾患はbenign hereditary chorea type 2(BHC2)と名付けられた.

 本疾患は神経学的には舞踏運動のみを成人期以降に発症し,認知症などその他の神経学的異常を呈さないことからあまり症状を自覚せず病院にも通院しないということもあるかもしれない.また老人性舞踏病(senile chorea)という疾患概念が存在するが,それらとの関連があるのかどうかについても興味が持たれる.症例の集積による臨床像の解明と原因遺伝子の発見が待たれる.

Brain April 2, 2007(Advance Access published online)

クリオキノールはハンチントン・モデルマウスの臨床像・病理所見を改善する,しかし・・・・

2005年08月20日 | 舞踏病
ハンチントン病(HD)は,伸長ポリグルタミン鎖を含む変異ハンチントンが脳内で蓄積することにより発症する.また変異ハンチントンは神経細胞核内において凝集体を形成する.今回,強力な金属キレート薬であるclioquinolがHDの治療薬として有望であるとの研究が報告された.なぜ金属キレート薬が使用されたかというと,①ヒトHD剖検脳(線条体)で鉄・銅蓄積の報告がある,②quinolic acid投与によるHD動物モデルでも脳内銅レベルが上昇する,③ポリグルタミン凝集体はSOD1(Cu/Zn-SOD)をリクルートする,④HDでは酸化ストレス神経細胞障害説も提唱されていて,金属が活性酸素の産生をうながしうる,などの理由を挙げている.
研究の具体的方法としては,in vitroの実験に引き続き,in vivoの実験を行っている.前者としてはQ103(連続する103のグルタミンからなるポリグルタミン鎖)を含むハンチンチンexon1とGFP(蛍光蛋白)をコードするcDNAを発現するベクターをPC12細胞にtransfectionし,clioquinolを培地に混ぜ,その効果を見ている.結果として,clioquinolはGFPに対する蛍光顕微鏡による解析,ならびに抗ポリグルタミン抗体を用いたWestern blotにて,Q103を含む変異ハンチンチンexon1の発現を低下させ(しかしmRNAレベルや蛋白分解速度には影響なし),さらに細胞死を減少させた.つぎにハンチントン病モデルマウスR6/2にclioquinolを経口投与し,病理学的に核内封入体形成が減少したこと,Western blotにて凝集体形成を反映する不溶性分画が減少したこと,線条体萎縮を反映する側脳室面積の拡大が減少したこと,行動解析(foot clasping,Rotarod test)が改善したこと,体重や生存期間が改善したこと(偽薬群76日,clioquinol 92日;p=0.0018)を示した.またR6/2マウスで認められる糖尿病所見にも改善が認められた.以上の結果から, clioquinolはHDの治療薬として有望と判断され,作用機序については金属のキレート作用に伴う凝集体の可溶化に加え,RNA-蛋白相互作用に影響を及ぼす可能性を考えているが,詳しいことは分かっていない.
 じつはこのclioquinolはアルツハイマーに対する治療薬として治験が行われていた.なぜアルツハイマーで使用されたかというと,βアミロイドタンパク質に亜鉛や銅のような金属が付着し,アミロイドプラーク形成が生じるという説があるためである.治験の結果は以下の論文に記載されているが,治療群で認知機能低下速度が改善したという.Metal-protein attenuation with iodochlorhydroxyquin (clioquinol) targeting Abeta amyloid deposition and toxicity in Alzheimer disease: a pilot phase 2 clinical trial. Arch Neurol 60, 1685-91, 2003.また同年,clioquinol はパーキンソン病に対しても有効である可能性が示唆されていた.Genetic or pharmacological iron chelation prevents MPTP-induced neurotoxicity in vivo: a novel therapy for Parkinson's disease. Neuron 37: 899-909, 2003.
 でもちょっと待てよ.非常に興味深いがclioquinolはどんな薬かというと,日本ではSMON(subacute myelo-optic neuropathy)の原因と判断された抗菌性整腸薬キノホルムとしてよく知られている(細菌の菌体内の金属をキレートすることで殺菌する).1970年8月,新潟大学神経内科の椿忠雄教授が疫学的調査を踏まえてキノホルム原因説を提唱し,厚生省はこれを受けてキノホルム剤の販売を直ちに停止したところ,SMON発生は激減し,キノホルム原因説を確証する有力な証拠となった.その後,動物実験によってキノホルムがスモンの症状を引き起こすことが確認され,キノホルム説は確立された.キノホルム薬禍が日本で発生し日本で解決されたという経緯からも,clioquinolの再登板に対しては慎重になる必要があるだろう.まずはclioquinolの作用機序を完全に明らかにし,治療ターゲットとなるmoleculeを確定することが重要であるように思われる.ちなみにアルツハイマー病を対象にしたclioquinolの臨床試験はPrana社が実施していたが,製造過程において高い毒性を有するclioquinol派生物質が見つかったことから臨床試験は現在中止となっているそうだ.

PNAS 102; 11840-11845, 2005

家族性良性舞踏病に L-DOPA が効く?

2005年07月06日 | 舞踏病
家族性に舞踏運動を呈する家系で常染色体優性遺伝を呈する場合,鑑別すべき疾患としてはHuntington病,DRPLA,Huntington病類縁疾患2型(HDL2),SCA17が挙げられる.HDL2に関しては,調査の結果,本邦における報告例はまだない(Ann Neurol 56:670-4, 2004).一方,昔から家族性良性舞踏病(Benign hereditary chorea; BHC)という概念があり,なぜか教科書にも載っているが,その存在の有無に関しては様々な論争があった.しかし,2002年になりTITF-1(thyroid transcription factor-1 gene)遺伝子に欠失を認める家系が発見されたのをきっかけに,TITF-1遺伝子にミスセンス変異を認める良性舞踏病家系が発見され,TITF-1遺伝子が常染色体優性遺伝性良性舞踏病(BHC)の原因遺伝子であることが判明した.この疾患は上述の疾患とは明らかに臨床像が異なり,発症は幼児期ないし小児期,非進行性で生命予後は良好.永続的な知能障害はなく,舞踏病も成長に伴い改善することが多い(成人発症の良性舞踏病の報告はまだない).これはTITF-1遺伝子が脳と甲状腺で機能する転写因子であり,出生後,両臓器が成熟する過程で何らかの蛋白発現を誘導しているものと考えられ,この遺伝子の変異により両臓器の発達障害がもたらされるものと推定される.知る限りにおいては本邦における良性舞踏病家系の報告例はない.
さてTITF-1変異についてはOMIMによると7種類の変異が報告されているが,今回新たな変異が報告された.エクソン3におけるナンセンス変異(523G→T, E175X)であるが,この家系における罹患者4名はBHCと先天性甲状腺機能低下症を認めた.興味深いのはうち2名でL-DOPA(20mg/kg/day)が使用され,両者とも劇的に歩行障害と舞踏運動が改善したことである.一般にHuntington舞踏病ではL-DOPAはむしろ舞踏病を増悪させることが知られている.本家系で有効であった機序は不明であるが,TITF-1遺伝子KOマウスで,ドパミン作動性ニューロンの発達が遅れていることが知られており,L-DOAがその機能をおぎなった可能性がある(GABA作動性,およびコリン作動性も発達遅延).BHCとHungtinton舞踏病はまったく異なる疾患というわけである.

Neurology 64; 1952-1954, 2005

ハンチントン病の一卵性双生児では発症年齢は同じになるか?

2005年06月20日 | 舞踏病
個人的に興味のあるCAG repeat病の発症年齢ネタを一題.これまでにハンチントン病の一卵性双生児は少なくとも12組の報告があるが,症状の程度に差はあることはあるものの,発症年齢の違いは1年以内であった.このことはハンチントン病の発症年齢が遺伝的要因(CAG repeatのみならず,その他の修飾因子も含む)によって強く規定されていることを示唆している.事実,殺虫剤など環境因子が影響するといわれるパーキンソン病と異なり,CAG repeat病における環境因子の関与はあまり指摘されてはいない.
今回,新たなハンチントン病の一卵性双生児が報告されている.症例は現在,71歳の女性で6年前から歩行障害と記銘力障害にて発症.神経学的には全身性の舞踏運動,腱反射亢進,失調歩行を認めた.双生児のもう片方は少なくともその翌年まで健康.遺伝子検査で一卵性双生児が確認され,CAG repeat数は同じく39であった.すなわち同じCAG repeatでも発症年齢に少なくとも7年以上の隔たりができたことになる(当然,片方は発症しない可能性さえある).ではなぜ同じCAG repeatでこのような違いが出たのであろうか?著者らは環境因子の影響を考え,姉妹の生活歴・病歴を比較している.結果として,発症者のほうは喫煙歴が長く(閉塞性肺疾患も合併した),産業廃棄物へのより長い曝露があった.しかしながら喫煙・産業廃棄物とハンチントン病の関連に関する報告はなく,説得力は弱い.
この姉妹で問題になるのはrepeat数である.一般にハンチントン病はIT15遺伝子エクソン1のCAG repeat数が36以上で発症しうるが,36から39 repeatでは浸透率が低下し,グレーゾーンと呼ばれている.本症例はこのグレーゾーンに含まれており,一般のハンチントン病の発症パターンとは異なる可能性もある.すなわち,遺伝的要因の影響が弱まり,環境因子が関与する余地が出てくるのかもしれない(もちろんspeculationだが・・・).いずれにしても遺伝性変性疾患の双生児研究はその疾患への環境因子の関与があるのかどうかを判断する材料になるということが分かり興味を引いた論文である.

Arch Neurol 62; 995-997, 2005

ハンチントン病に対する高用量クレアチン治療の結果

2005年05月13日 | 舞踏病
 体内にあるクレアチンのほとんど(95~98%)は骨格筋に貯えられており,残りの数パーセントが心臓,脳,精巣に貯えられている.生体内のクレアチンは約6割がクレアチンリン酸の形で存在し,ATP供給に関与している.このため,エネルギー代謝に異常のある疾患でクレアチン投与が有効ではないかと考えられ,ミトコンドリア脳筋症や糖原病などの代謝性疾患,筋ジストロフィー,筋萎縮性側索硬化症などでその効果が検討されている(ただし有効性が確立した疾患はないようである).ハンチントン病のモデルマウスR6/2でも発症前からの経口投与で生存期間の延長,運動機能障害の進行抑制,体重減少・脳萎縮の抑制が報告されている.すでに臨床試験も開始されていて,placebo-controlled pilot study(1日5gのクレアチン内服1年間の内服,患者数26名)で効果は見られなかったものの(Neurology 61; 925-930, 2003),1日10gのクレアチン内服(マウスに投与した用量に相当する)にて行った1-year open label pilot studyで,実際に脳内のクレアチン量が増加し,かつ内服1年後に運動機能,高次機能検査にてベースラインと比較し明らかな進行を認めなかったと報告された(Neurology 61; 141-142, 2003).
 今回,内服2年後の結果が短報として報告されている.当初13名の患者と4名の配偶者に対して始まったstudyだが,血清クレアチン値の上昇(1名)とコンプライアンスの問題で,8名の患者と1名の配偶者の評価に減少している.結果として10g使用にて臨床上問題となる副作用はなく,UHDRSによる評価でも運動機能,高次機能ともベースラインと比較し,若干の増悪傾向を認めるものの有意差を認めるほどではなかった.また患者間で効果にばらつきがあり,ある患者に対しては有効であった.結論としては症状の進行を抑制しているのかについては分からないという結果となった.
 クレアチンはサプリメントとして購入可能であるが(運動選手の筋力アップなどに使われるらしい),今のところopen label pilot studyでも効果がはっきりしないのであまり積極的にクレアチン治療を勧める気にはなれない.現在,8gクレアチンを用いたcontrolled double-blind studyが進行中であり,その結果を待ちたい.

Neurology 64; 1655-1656, 2005 

ハンチントン病モデルマウスにおける糖尿病の発症機序

2005年02月21日 | 舞踏病
ハンチントン病(HD)モデルマウスとして,Bates 等が作成したR6/2がある.このマウスはヒトHD遺伝子のexon 1(150 CAG repeatを含む) を導入したトランスジェニック(Tg)マウスであり,ポリグルタミン病における核内封入体の発見の契機となった有名なTgマウスである.このマウスは不思議なことに耐糖能異常を呈することが知られている.また実際にヒトのハンチントン病でも10-25%に耐糖能異常が存在するという報告があるり(Lancet 24; 1356-1358, 1972).
今回,SwedenよりこのR6/2マウスの耐糖能異常に関する研究結果が報告された.まず12w(ヒトでは進行期に相当する)の時点で,wild typeと比較し,低インスリン血症を伴う高血糖が認められ,経静脈的に行った糖負荷テストにてインスリン分泌低下が存在することを確認した.病理学的に膵島細胞を調べたところ,huntingtinによる封入体が,とくにβ細胞において経時的に,劇的に増加することが分かった.またβ細胞は通常,加齢とともに増加するが,R6/2マウスではこの増加が見られなかった(12wの時点で,β細胞と膵臓インスリン含量はwild typeと比較し,それぞれ35±5%,16±3%であった).またβ細胞には異常な細胞死は認められなかったが,通常認められるはずの分裂細胞が認められなかった.さらにパッチ・クランプテストの結果,電気的異常を認め,β細胞においてexocytosisの異常が存在することが分かった(インスリンを含む分泌顆粒のexocytosisが96%減少していた).
以上の結果はR6/2マウスにおける耐糖能異常が,β細胞の複製の障害による減少と,インスリン分泌顆粒のexocytosisの障害というふたつの原因で生じていることを示している.今回の研究ではその発症機序までは明らかにされていないが,膵機能障害がβ細胞の細胞死によって生じたのでないという点は非常に興味深く,神経細胞変性の病態機序の解明に役に立つかもしれない.

Hum Mol Genet 14; 565-574, 2005 

高血糖性半側舞踏病の病態 ―FDG-PET study―

2005年01月17日 | 舞踏病
 高血糖性半側舞踏病はコントロール不良の糖尿病を有する高齢者,とくにアジア系の人種に多く報告されている.半側舞踏病以外にもhemichoreaを呈することがある.MRIでは不随意運動の反対側の基底核における可逆性T1WI high-intensityの所見が特徴的である.特徴的な臨床症状,および画像所見に関わらず,その病態機序については十分解明されていない.可能性として病変部位の糖代謝障害,血流障害,出血,Mn蓄積等が考えられるが,これまで報告された2例の剖検報告では病変部位における反応性アストロサイトを共通して認めるのみで,病変部位に一致した梗塞や出血は認めていない.
 今回,台湾より高血糖性半側舞踏病を呈した3症例のFDG-PET studyおよびHMPAO-SPECT(2例)の結果が報告された.FDG-PET studyは発症後,3週,5週,7ヵ月後に施行され,全例で病変側基底核における著明な糖代謝低下が確認された.また発症後18日,発症翌日に行われたHMPAO-SPECTでは血流増加が確認された.これまでSPECTについては若干の報告があるが,病初期には増加,その後,低下するといった報告が多い.以上の結果を考え合わせると高血糖性半側舞踏病は単純な脳虚血によって生じるのではなく,病変側基底核におけるvascular insufficiencyと糖代謝不全の両者が病態機序に関与する可能性が示唆される.いずれにしても本報告は高血糖性半側舞踏病における病変部位の糖代謝不全を直接証明した初めての報告であり,その意義は大きいものと思われる.

J Neurol 251; 1486-1490, 2005

HDL-2 は日本には存在しない?

2004年10月12日 | 舞踏病
ハンチントン病類縁疾患2型(Huntington's disease-like 2; HDL-2)は,ハンチントン病(HD)と類似する表現型を呈する常染色体優性遺伝の疾患で,junctophilin-3遺伝子のCTG/CAG リピートの延長がその原因遺伝子であることが報告されている.しかし,HDL-2の発症頻度については不明であった.今回,アメリカ,カナダ,日本,南アフリカの多施設共同研究により,HDL-2の発症頻度はきわめて稀であることが分かった(0-15%).日本人における報告はなかった.本症はアフリカ人の家系にのみ発症するらしい.
おそらく,日本人における優性遺伝性舞踏病の診断は,HD,DRPLA,SCA17をまず検討すれば良いものと考えられる.いずれもCAGリピート病であり,遺伝子診断が可能である.

Ann Neurol 2004 Oct 4 [Epub ahead of print]