光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

暑いときはやっぱり暑い

2008-07-19 18:47:48 | 散策
  夏宣言みたいのがあったのかなー、それに関係なく暑いと思う。
  暑いときは暑いのが一番だが、など考えるときもあるが、そうもいってられなくなって来た。暑いときは、せいぜい水を含んだタオルを首の後ろにあてて、それで何とかしのいでいる。今日は風があったが、この風も網戸の一枚で、かなりに風の勢いが弱まってしまって、虫が入ってこず、かつ風をもっとも効率よく通す、そうゆう網戸があればいいが。

  もう少し、原始的なところからいうと、風はその道をほぼ真っ直ぐに進むようで、途中に障害物があると、壁である、そこで途切れるかのごとく、弱くなる。それから、その風の通り道に「もの」があってもダメなようで、高さが1.2mくらいの箪笥があっても、もう風は半分以下の速度になってしまうようである。他には、無論カーテンもあってもダメで、こうゆう風に考えてゆくと、ほどほどかあるいは少し強い風が、建物に真正面から吹きつけていても、まずは向こう側に窓がなくてダメ。さらに直角に折れ曲がって、また直角に折れ曲がって、その方向はもとに戻るが、その先に箪笥があって、ダメで、さらにその先に網戸があって、結局は、かなりの強力な風が吹いていてそれが網戸から入って来ても、その先の方にいる、自分にその風の恩恵はないことになる。何とかならないか、と思うが、そうはゆかない。いつも、弱ーい風を感じながら、暑いわいと思う。どうにもならないが。

  今日の朝は少し涼しく、その後にぐっと気温が上がって、ある人とその暑さの中、少し話しをしていたが、この暑さは、太陽の放出するエネルギが、このところ多くなっているからではないのかね、というものであって、それももちろんあるだろうと思った。温室ガス効果でよく出て来る炭酸ガスも、なければないでこれまたものすごく困ってしまう。地球は温室ではなくなってしまうのではないか。ただ、そうゆう可能性は今はまずはまったくないから、その温室効果が、今ではマイナスのものとして扱われている。もっともな話のようで。しかしこのところの地球温暖化の元凶が炭酸ガスかどうか、はっきりはしていないと思う。それに、関係はしているのはたしかだろうが、で、
  この炭酸ガスがまったくなくなると、今度は光合成をする生き物によるエネルギの固定が出来なくなってしまう。これも、今の地球上ではあり得ないけれど、しかし理屈としては成り立つ。また、もともと生き物の大部分は炭素を骨格とした化合物で出来ていて、この炭酸ガスはその生き物の構成成分の資源としてもっとも大切なもので、こんなことは一々書くことでもない。適度な濃度の炭酸ガスは必ず必要で、それで生き物は生き続けることが出来る。何となく湿っぽい話しになってしまった。

  それで、その太陽の活動というものが、どうなっているのか、それがこれまでと異なって来ているような、そうゆうことはないだろう、と言うことしか出来ない。それも、このやけに暑い、暑い、そうゆう中で、太陽光を浴びながら、肩で息をして、ゼーゼー言っている。そうゆうときの話しでもあった、ということに注意して欲しい。実際のところの太陽の活動は、やはり専門家の方の判断ということになるだろう。

  暑いから、なるべく外に出ないようにする。でも少しずつ慣れていかないといけない。疲労を溜めないで、休み休みこの暑さに慣れてゆくしか方法はないようだ。それでいつもの、シャツに水を含ませて、そうゆうことをしつつ、少しだけこの辺りの周りをゆっくりと、影で、風で休みつつ、今日も少しの、あるいはかなりの汗をかいた。




  小さいツユクサは、この強力な太陽光を浴びて、それで花を開いている。閉じるときは、花弁も元の緑の鞘のようなものに入ってしまうような感じがある。




  暑いときに、なぜかアリがこの花でたむろしている。何を求めているのか、それは不明。
  この光の強さと花とは、どうもうまくマッチしないようで、これはカメの方の設定の問題かも知れなく、ややこしい。

  妙でもなさそうな、虫。




  ギョッとする姿である。すると、すぐに相手もギョッとしたらしく、すぐにどこかに消えてしまった。

風車を思い出せる花

2008-07-19 16:12:01 | 植物・花(夏)
  風車、かざぐるま、というと、風力発電ではなくて、
  大体が、モグラを寄せ付けないための
  がたがた、ごとごと地面を振動させるものと決まっているように思う。

  少し前だと、風見鶏スタイルのしかも木製のものがガタガタ。
  それから、ペットボトルを使ったものも見かけて、
  今はキャラクタものの、そのまま赤子をあやすことが出来る
  そうゆうものが、幅を利かせているようである。

  暑いお天気だが、南西の風が強く、これは降ると思わせる、
  直感させる吹き方。実際はどうかなー。

  
  一度出た、ムクゲ。




  さらさらな感じ。風が吹けば、この花、回転しそうだが、実際は
  左右に揺れる。




  花を一ついただいて、それで「かざぐるま」を作りたくなる、ムクゲの花。




  今にも、風が吹けば回りそうな、幻想にとらわれる。
  水滴が付いていて、雨の後、青空も少しあったお天気。

アサガオと朝の顔

2008-07-19 06:46:40 | 散策
  朝のお天気、ほぼ快晴。雲もあるが、入道雲ではなく、かなり高層の氷で出来ているような、感じの雲。秋の雲。風があって、涼しい。アメダスの6時の気温、24.1℃、気圧は1009.7hPa。室温26℃。

  爽やかといっていい朝。お日様はしかし今日は出ずっぱりになるから、もうすぐに暑いと思うことになりそう。
  眠る時間はいつものとおりで蒸し暑かった。しかし雲の向こうに月もあって、もう満月は過ぎていた。それから時間がたつ。朝に近い時間、ついにタオルケットの上に毛布。それでちょうどよく、また少しのども変調している。鼻うがいをやらないと。この気温の変化はかなり激しいもののようだ。

  朝の時間、蜘蛛を払うことをやる。ほうきをぐるぐる振り回す。誰も見ていない。きっとアサガオがあったら今日は美しく、涼しげに咲いているだろう。それに近いものに、クレマチスがあると思うけれど、この植物のほうが強そうで、ほって置いても花は咲くし、また来年が約束されている。年がら年中咲いていそうなものもあって、色もとりどりでこれだと、アサガオは負けそう。来年があるということは、かなり遠い未来まで、花を付けることを意味している。多年草は何年くらい持つのかなー。
  それでも、やっぱりばったり会うなら、アサガオ。

  パタパタと、朝の散歩をされている人の足音。もう降り向いたりはしない。そうゆう人は何人かおられるだろう。パタパタの音で、なんだか誰だかわかりそう。それで、今日は珍しく、「おはよう」という声が響いて、私も振り向き、おはようございます、いつも早いですね、と挨拶をした。すぐそばにおられる方である。
  振り向かないことにしている理由の一つは、朝の顔である。これがひどい、髪はぼうぼうになっているし。また、アササンでそう気を使うこともないように思う。さっさと歩く、個人的な時間であって、回りはすべて空気だ、と考えてもいいと思う。しかし、今日は、さすがに振り向かないわけにはいられなかった。

  相手の方はきっとギョとしただろう。瞬間だったけど、きっとギョギョっとも思われたはずだ。あー、帽子でもかぶるのだった。
  明日から、朝は帽子だ。露がポタリ落ちても大丈夫。それにしても、すぐに顔を見たが、今日は特にひどい人相をしていた。