冷蔵庫の中、からっぽに近い。同じものはかなりあるが、これは一日に、1個か、2個。1回か2回。その種類の少ないこと。それからふと製氷用の水タンクを見るとこの前満タンにしたと思ったのに、もう空である。下に、もうこれ以上吸い上げられない、そうゆう水が残っていて、製氷室を見ると、さほど氷も残ってはいない。そういえば、1個か2個、カタマリの2、3個というのをときになめるかも知れない。
冷蔵庫の氷よりも、ここは冷たい水を用意しておいたほうが、暑い茶よりはいいだろう。そうゆう気もして、まずは製氷用のタンクに水、それからガラスのコップに水。いつでもほどほどに冷たくなっている、そのためにまだ生暖かい水に氷の2、3個を入れてそれを、冷蔵庫にしまった。それから、どのくらいに時間がたったか忘れたが、2つのコップの氷はあるかないかそのくらいの程度で残っていて、それを、必要とするときに出すことが出来た。しばらくして、ガラスのコップを片付ける。両方ともきれいにからっぽになっていた。まずは、よかった。ただの水道の水だけど。
じっとしているわけにもゆかず、首に濡れたタオルハンカチ、というスタイルで、外に出る。風はあるが、それにしても、もう30℃を越えてそれもお日様が半分くらいは顔を出していると、もう時間の問題で汗が出てくる。首のタオルハンカチは、もはや冷却機能を持たず、ただ汗を止めているようである。暑いのはいやだが、しかしこのくらいの暑さでガタガタしてはいけない。そう思っていて、ときに失敗するが、なんともそうもゆかない状態で、そうなるとどうしても保守に、受身にまわってしまって、あまりよくはない。まだ、夏は始まったばかり。しばらくは、暑さとどう付き合うか思案する。しかし、今日は、まーいつもの半分くらいは、この暑さの中を歩くことにして、
それにしても、あまり元気はない。まずは、忘れてはいけないことを済ませて、っと。久しぶり、いつもの散歩道の後半を歩くことに。今日は、カメさんも持ったが風が強い。なんともどうしようもないが、しかし風だっていつも同じように吹いているわけではないだろう。しかし、そこで風を待つというのはこれも、うまい策ではないようで、ちりちり背中やら頭やらを腕を焼かれる感じがある。止まると一気に体温が上がることがわかる。そうゆうときは、あっさりと諦めるのが一番。それしかない。風が止まると、アチチは極限に達する。まったく。
北に向かって歩く。北風ゆえ涼しい。汗が飛んでゆくとかなり涼しいが動いているから、やはり体は暑いまま。風の道に花があることも多く、こうなると、もう動いていてもお構いなく適当にボタンを押す。期待はしない。先を急がないと。
珍しく西の方向を向いても、風は強く曇り空に近くなる。なぜか、ズボンが下がって来る。まったくどうなっている。途中で、下がっているようなそのズボンをえっちら引き上げる。なんともねー。どうでもいいか、誰もいないし。
もう後は、帰るだけ。そう決めた。今日はこのへんで中止。また風が弱くなってきて、あちあちと思う。こうゆう日々がこれから続くのか。なんだか、悲しくなってくる。
それで、どっこいしょである。何もしなくても汗がぼたぼた落ちる。水をたくさん飲んでいるからかなー。いつまでたっても汗が吹き出て、歩くと廊下にポタポタ、木の上であるとその汗の痕はいくらでも出来て、面倒だからもう拭く気にもならない。こんな汗は、そういえば朝もかく。部屋の中でも動けば、ボタ。そうゆう生活。そのうち、これに慣れてくる。そう思わないとやっていけない。それで、水を飲む。これは水道の水をそのまま。またボタ。
山の上はさぞかし涼しいだろう。たしかに3000m級の山々がある。そういえば、「夏は涼しいでしょう」、と言われ方の言葉は、山の上では間違いがなかった。しかし、その山の上の涼しさというものも、さほど長くは続かないだろう。人が暑さにバテバテになる、夏の終わりに山々はもしかして、冷たいものが、まだ白くはないが、もう冷たいといっていいものが降るだろう。それ以降はもう説明も要らない。やはり、普通の人は暑いと言いつつ、それでも平地で過ごす。そっちの方が楽だから。
草がある。暑いとかアチチなど言わない。そこに見かけない虫がいる。テントウの仲間だろうか。色々なものがこの辺りでもいる。
こうゆう植物なども、形からいって暑いときはクルリ反対にいけば、少しは涼しい。小型の甲虫が居そうな、そうゆう植物、たぶん花が咲く。
よく間違わずに、こうゆうものを作り上げると思う。
少し涼しくも思える。
冷蔵庫の氷よりも、ここは冷たい水を用意しておいたほうが、暑い茶よりはいいだろう。そうゆう気もして、まずは製氷用のタンクに水、それからガラスのコップに水。いつでもほどほどに冷たくなっている、そのためにまだ生暖かい水に氷の2、3個を入れてそれを、冷蔵庫にしまった。それから、どのくらいに時間がたったか忘れたが、2つのコップの氷はあるかないかそのくらいの程度で残っていて、それを、必要とするときに出すことが出来た。しばらくして、ガラスのコップを片付ける。両方ともきれいにからっぽになっていた。まずは、よかった。ただの水道の水だけど。
じっとしているわけにもゆかず、首に濡れたタオルハンカチ、というスタイルで、外に出る。風はあるが、それにしても、もう30℃を越えてそれもお日様が半分くらいは顔を出していると、もう時間の問題で汗が出てくる。首のタオルハンカチは、もはや冷却機能を持たず、ただ汗を止めているようである。暑いのはいやだが、しかしこのくらいの暑さでガタガタしてはいけない。そう思っていて、ときに失敗するが、なんともそうもゆかない状態で、そうなるとどうしても保守に、受身にまわってしまって、あまりよくはない。まだ、夏は始まったばかり。しばらくは、暑さとどう付き合うか思案する。しかし、今日は、まーいつもの半分くらいは、この暑さの中を歩くことにして、
それにしても、あまり元気はない。まずは、忘れてはいけないことを済ませて、っと。久しぶり、いつもの散歩道の後半を歩くことに。今日は、カメさんも持ったが風が強い。なんともどうしようもないが、しかし風だっていつも同じように吹いているわけではないだろう。しかし、そこで風を待つというのはこれも、うまい策ではないようで、ちりちり背中やら頭やらを腕を焼かれる感じがある。止まると一気に体温が上がることがわかる。そうゆうときは、あっさりと諦めるのが一番。それしかない。風が止まると、アチチは極限に達する。まったく。
北に向かって歩く。北風ゆえ涼しい。汗が飛んでゆくとかなり涼しいが動いているから、やはり体は暑いまま。風の道に花があることも多く、こうなると、もう動いていてもお構いなく適当にボタンを押す。期待はしない。先を急がないと。
珍しく西の方向を向いても、風は強く曇り空に近くなる。なぜか、ズボンが下がって来る。まったくどうなっている。途中で、下がっているようなそのズボンをえっちら引き上げる。なんともねー。どうでもいいか、誰もいないし。
もう後は、帰るだけ。そう決めた。今日はこのへんで中止。また風が弱くなってきて、あちあちと思う。こうゆう日々がこれから続くのか。なんだか、悲しくなってくる。
それで、どっこいしょである。何もしなくても汗がぼたぼた落ちる。水をたくさん飲んでいるからかなー。いつまでたっても汗が吹き出て、歩くと廊下にポタポタ、木の上であるとその汗の痕はいくらでも出来て、面倒だからもう拭く気にもならない。こんな汗は、そういえば朝もかく。部屋の中でも動けば、ボタ。そうゆう生活。そのうち、これに慣れてくる。そう思わないとやっていけない。それで、水を飲む。これは水道の水をそのまま。またボタ。
山の上はさぞかし涼しいだろう。たしかに3000m級の山々がある。そういえば、「夏は涼しいでしょう」、と言われ方の言葉は、山の上では間違いがなかった。しかし、その山の上の涼しさというものも、さほど長くは続かないだろう。人が暑さにバテバテになる、夏の終わりに山々はもしかして、冷たいものが、まだ白くはないが、もう冷たいといっていいものが降るだろう。それ以降はもう説明も要らない。やはり、普通の人は暑いと言いつつ、それでも平地で過ごす。そっちの方が楽だから。
草がある。暑いとかアチチなど言わない。そこに見かけない虫がいる。テントウの仲間だろうか。色々なものがこの辺りでもいる。
こうゆう植物なども、形からいって暑いときはクルリ反対にいけば、少しは涼しい。小型の甲虫が居そうな、そうゆう植物、たぶん花が咲く。
よく間違わずに、こうゆうものを作り上げると思う。
少し涼しくも思える。