田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

第十七章 闇の一族/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-24 14:52:28 | Weblog
第十七章 闇の一族

1

王仁が過酷な笑みを浮かべた。
近寄ってくる。
翔太郎の気で壁にたたきつけられた。
なんのダメージもうけていない。
鉤爪をふりかぶった。
腕をまさに翔太郎に――。
そのとき。
部屋の動きとまった。

「なんてことしたの。
あれほど翔太郎には手をださないようにいっておいたのに」

そして、翔太郎の脳裡に女の意識がどっとながれこんできた。
(こいつら、過激派なのよ。
ごめんね。こんなことがおきないかと心配はしていたのよ)
――美樹の声だ。
なにか現実とフイクションの世界がいりまじってきた。
美樹の声がする。
あそこは別の次元とつながっさていた場所。
わたしは家の裏の墓地にいた。
なぜか、カラスの声は人の声だった。
いっていることがよくわかった。
さそわれている。
わたしと遊ぼう。
あそぼうよねぇ。
いいでしょう。
わたし翔太郎のことすきよ。
その場所まで――決っして遊びにいってはダメですからね。
と母にいいつけられていた墓地の奥が森に連なる辺り。
墓石や巨大な一枚岩のような墓碑銘が。
まばらとなる《境界》に足を踏みいれていた。
地面がじめじめしていた。
低い低木地帯で羊歯が生い茂っていた。
――あれから、気が遠くなるような時が過ぎた。
それなのに美樹の声は、
姿は……姿がみえているのだろうか?
声があまりにリアルなので。
姿までみているような錯覚に陥っているのではないか。
美樹は美樹のままだった。
わたしが見間違わなかったのは、
美樹がはじめてあったころの美樹だったからだ。



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愛の絆(8)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-23 00:26:57 | Weblog
8

美智子が部屋の隅から声をとばす。
「ジイチャン」
翔太郎がすばやく反応する。
肩の痛みは感じない。
血も止まっている。
孫の美智子への愛が翔太郎に気力をあたえた。
美智子を助けようと男に向かって突き進む。
翔太郎が襲おうとした男。
翔太郎を拉致した男だ。
翔太郎はそのまま進む。
美智子をかかえこんでいる男。
「来るな。ジジイ」
定番どおりだ。
男は美智子の喉元にナイフをあてている。
「王仁と呼ばれるのはおまえなのか」
「それがどうした」
「ならば。遠慮は無用だな」
翔太郎が掌底突きの構えをする。
「いいのか。喉をきるぞ」
「首にかみついたら」
と翔太郎は、冷淡にいいはなった。
「そのほうが、好みだろう」
ブラフだった。
わずかなこころのスキが王仁に生じた。
一瞬、王仁は美智子に首筋に視線を落とした。
色白のなめらかな美女の首筋。
王仁の足を美智子がヒールでおもいきり踏みつけた。
王仁がよろける。
そのすきに、美智子が翔太郎に走りよってくる。
「オジイチャン」
ナイフが投げられた。
翔太郎が美智子をかばう。
翔太郎にナイフがつきたつ。
翔太郎が倒れる。
肩から鮮血が噴く。
肩にナイフが刺さっている。
銃弾が当ったとおなじ箇所だ。
「まだだぁ!!」
翔太郎が、起きあがる。
両足を開く。
エネルギーのありったけをこめた。
智子の仇だ。
翔太郎は生涯一度の殺人念波を放った。
王仁が部屋の隅までふっとんだ。

美智子が翔太郎にすがりつく。
「オジイチャン!!」
肩から血が吹きだしている。
起き上がる。
座ったままだ。
「オジイチャン。死なないで」
敵の正体をはっきり見て死ねる。
生まれたときから、いやむかしからわが一族が戦ってきた敵に。
一矢報いることができてよかった。
長いこと封印されていた能力もこれで出し切った。
美智子を救えて満足だ。
孫の手を握って死ねるなんて幸せだ。
「直人くんに、美智子の気もちは伝えておく。
智子と一緒にあの世から、美智子のことは見守っているからな」
「オジイチャン!!! いっちゃいやだ。いやだよ」
「美智子……」
もう声がでない。

美智子が耳を寄せてくる。

――でも……でも……こんなことでは、
これくらいの痛みでは、
傷ではおれは死にはしない。死なない。死ねはしない。
まだ、そうだ守るべきものがある。
子どもたちがいる。孫がいる。
敵には致命傷をあたえていない。
アイツラが確実に存在するからには、おれは死ねない。
死に行くものの演技をしているだけだ。
こんなことで死んでたまるか。
智子に会うのは後だ。今少しおれに時間をくれ。
直人君、おれとともに美智子を守ってくれ。

声にはなっていなかった。
――美智子……
恋をしなさい…………
もういちど恋をするといい
………隼人君と……恋………………」



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愛の絆(7)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-22 04:52:45 | Weblog
7

跳弾が翔太郎の左の肩甲骨にめりこんだ。

「ジイちゃん!!」
焼けるような激痛。
意識のコントロールがきかない。
周囲のひとがかすんでいく。
いや意識がモウロウとしている。

「ジイちゃん」
薄闇のなかで誰か戦っている。

――美智子をたのむ。美智子をたのむ。
部屋の隅に誰かが運んでくれた。
足手まといだ。
なんのやくにもたてないジジイだ。
肩のあたりがぐっしょりとしている。
おびただしい血だ。
血をながしている。
出血している。

バラの匂いがする。
妖艶な香り。
鹿沼の家にいる。
バラの棘をさしたのだ。
智子が血を吸ってくれている。
「毒がまわるとたいへんよ。知っている。リルケはバラに刺されて死んだの」
智子が指の血を吸っている。

この香りはブルームーン。
智子が指からふきだした血をくちびるでぬぐっている。
うっとりとして……意識がうすれていく。
ツルバラが咲いている。
黄色のモッコウバラ。
アンジラも咲きだしている。
もの狂わしいほどのバラの花々。
バラの花と香りのつつまれて死ねるなんてしあわせだ。
ルイ十四世。アイスバーク。紫雲。

 リルケの薔薇
 

 アイスバーク゜
 

 マチルダ
 

 紫雲
 

 ルイ14世
 
 
智子の姿が薄らぐ。

女が隣に倒れている。
翔太郎は知らなかったが酒の谷唄子だった。

「翔太郎、オジイチャン」

美智子がいる。
叫んでいる。
美智子が泣いている。

「おやおや、一族再会ですか。涙の対面ですね」
鬼沢組の黒服がいる。
黒いカラスのように戦っている。
王仁が余裕の笑みで近寄ってくる。
王仁の配下もかけつけた。
隼人、キリコ、秀行か王仁に追いすがって駈けよってくる。
かれらは入り乱れて戦っている。

「智子は?」
意識をとりもどした翔太郎が声にだした。 
こんどこそ、翔太郎は現実にもどっている。
隼人がくびを横にふった。
イメージで見たとおりのことが、鹿沼で起きたのだ。
翔太郎はそう悟った。


 
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愛の絆(6)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-21 04:26:06 | Weblog
6

――直人、なおと、ナ…オ…ト……。

こんどは、美智子の思念が、幽かにかすかにながれてきた。

――助けて……。

翔太郎と隼人がその思念を受信した。
直ぐ近くから発信されている。
ふたりは走りだした。
ろくに食事もあたえられていなかった。
そんなことは忘れている。
体力が弱っていることは気にならない。
孫を救いだしたい。
それは智子のねがいでもある。

直人と呼びかけている。
美智子さんは、錯乱している。
直人がまだ生きているような。
錯覚。願望ではない。
リアルにまだ直人が存在しているとおもっているのだ。
さきほど、接触したときも直人と呼びかけてきた。
かぼそい、まったく抑揚のない声だった。
美智子は憔悴しきっているのだ。
はやく助けなければ!!

隼人の背筋が総毛だっような感覚におそわれた。
いる。
この部屋だ。
ノブに手をかける。
手の皮膚がひりひりした。
開ける。

黒服の男の向こうに美智子がいた。
引き戻された美智子がいた。
女を抱き起している。
美智子顔がゆがんでいる。
女は唄子。美智子は恐怖におののいている。
それでも、唄子を抱え込んでいた。
みずからの体を盾にしていた。
友だちのことは守る。
生命にかえても守る。

「唄子、おまえは信用できない。捕まればなんでも喋る。
邪魔だ。唄子おわりだ。死んでくれや」
王仁がぼそぼそいっている。
翔太郎と隼人が、秀行とキリコがへやに乱入した。
それをまったく意に介していない。
翔太郎は男の背後からとびかかった。
拳銃を持った手をかかえこんだ。
男が発砲した。
壁に弾はあたった。
跳弾となって何ヵ所かのコンクリートの壁をけずった。
秀行の配下がかけつけるだろう。
銃声はきこえた。
この音はきこえたはずだ。

ビジョンで伝わってきた智子の最後の言葉。
翔太郎に勇気をあたえた。
おれは妻さえ守れなかった。
でも、妻にいわれたとおり、孫の美智子は守ったからな。
とび跳ねた弾が翔太郎の肩にめりこんだ。

孫を守ることがこのジジイにできた。
だったら……。
すまない。
智子。
おまえのことだって守れたはずなのに。
ひとり家にのこすべきではなかった。


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愛の絆(5)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-20 11:50:03 | Weblog
5

念波は美智子に呼びかけている。
このビルに美智子がいる。
美智子が囚われている。
助けなければ。
翔太郎は立ち上がった。
吸血鬼は消えている。
このビルの何処かに美智子がいる。
念波が、美智子に呼びかけている。
美智子を探している。
智子の声もきこえる。
助けてあげて。そういっている。
 
美智子。美智子。

思念で呼びかけながら隼人部屋から部屋へと走る。
ここは、まえの階とちがう。
狭い部屋が幾つもある。
どのへもロックされていない。
まだ使用されてはいない。

――美智子。
――こちら翔太郎。麻耶翔太郎だ。美智子がここにいるのか。
隼人が翔太郎の念波をキャッチした。
――美智子さんの、オジイチャンですね。
隼人と翔太郎がコネクトした。
頭の中に直接話しかけてくる言葉。
ドアが外から開けられた。
隼人たちがたっていた。

「翔太郎さん……ですか」
この青年だ。
直人クンにそっくりの、この青年だ。
思念をとばしていたのはこの若者だ。

「美智子はブジなのか!!」



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愛の絆(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-19 06:45:17 | Weblog
4

「翔太郎。おまえが、正義とおもって、
信念を貫き通して生きてきた結果がこれかよ」
男がドアから入ってきた。
外目には、フツウの男に見える。

「どうした。暇か」
吸血鬼の姿がダブって見えている。

「あっさりとわたしも殺してくれ。
妻のいないこの世に未練はない」
「おや、女房が死んだと――わかるのか。
おまえさんは、
じぶんには特別な能力があるとおもって生きてきたはずだ。
でもそのていどかよ。
街の守護こそわが家系の役目、
などと思いあがって生きてきた。
だが、おまえの家に火をつけたのはだれだかわかっているだろう」
「吸血鬼が煽動したのだ」
「いやちがうね。
ひとはあまりにも潔白に生なものを嫌うのだよ。
邪なかんがえを読みとられることを嫌うのだ」
「わたしは純粋に生きてきた。
わたしをいまさら洗脳しようとするな。ころせ」
「わからないやつだな。
そうできるならとっくにおまえなんか消去していた。
それができないのだ」
「どうしてだ? どうしてころさなかった」
「麻耶翔太郎。
あなたさまは――わが一族の美樹姫の幼なじみだというから……」
音声をかえている。
からかわれているのだ。
口調までかえている。
別に尊敬しているわけではないのに。
軽蔑しているのに。
あなたさまは、などといっている。
からかわれているのだ。
「……いままで生きのびてこられたのだ。
まさか少しくらい超感覚があるから、
その能力で生きてこられた。
なんて過信しているわけではないだろうな」

吸血鬼がひまつぶしの会話をたのしむようにしゃべっている。
翔太郎はるかむかし森の泉の辺で遊んだ少女をおもいだした。
山の民だといまのいままでおもっていた。
日光の山窩だときいていた。
あの墓場のある、
森で遊んだ少女が吸血鬼のお姫様だった。
ファンタジーもいいところだ。
グリム童話の世界みたいだ。

「姫からおまえのことは、
傷つけるなといわれているからな。
それでブジなのがわからなかったろう」
「うそだ――。
……それで美樹は元気なのか?
どこにいる」
「ほんとに、おまえっやつは無知だな。
それでよく伝奇小説が書けるな。
もっとも……だから陽の目をみないのだ。
売れないのだ」
「元気なのか。どこにいる」
「バカか。
吸血鬼に元気かってきくことの愚かさがわからないのか。
姫はこの東京にいる。
いつもおまえを見守っている……」

翔太郎は足もとが、がらがらと崩壊するのを感じた。
いままでかんがえてもみなかった世界があった。
いままでかんがえてもみなかった異世界にすでに触れていた。
美樹が吸血鬼だなどと、夢にもおもったことはない。

――美智子、美智子。どこにいる。どこにいる。
かすかな念波を翔太郎はとらえた。




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愛の絆(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-18 05:34:01 | Weblog
3
 
迎撃してくる敵があらわれない。

「わたしたちが、かけつけるのが速かったのよ」
キリコが並んで走っている。
隼人の考えを読んでいる。
「あいつら、まだここには集結していない。
ビルも日輪教の本部のほうは建築中だもの」
「キリコ。余計なことはいい。
いまは、人質になっている美智子さんを助けることだ」
周囲に気をくばりながら秀行がいう。

隼人は思念をとばした。
――美智子どこにいる。きこえるか。
美智子、貴女も、麻耶一族なら応えてくれ。
キリコもきている。わかっているだろう。
まだ……いま会ったばかりだ。
ぼくらがきていることはわかっているのだ。
叫べ。
泣け。
美智子どこにつれていかれた。
どこにいる?

美智子の顔を想う。
美智子の顔が隼人の頭に浮かぶ。
その顔にむかって呼びかける。
フシギナ熱気が体のすみずみまで広がる。
美智子と発音した。
それだけだ。
力がみなぎってくる。
声に出さなくても、想っただけでも高揚する。
こころが、エネルギーにみちみちてくる。
いきいきとして来る。
美智子。
いまいく。
美智子。
元気でな。
美智子。
いますぐだ。
さらに階段をおりる。

「車の発着音がする。
地下駐車場があるわ。
車で逃げるってことないわよね」
「このビルのまわりは部下が固めている。そとには逃げられない」
秀行の局長としてのタノモシイ返事。
美智子のことを想いつづける。
美智子がそばにいるような体の温もりすら感じる。
美智子はここにいる。
ここにいる。
もうすぐた。
もうすぐ会える。
それにしても、美智子は悲しい瞳をしている。
なんともいえない、悲しい顔だ。
これは!! 
隼人の心臓が跳ねた。
隼人のこころがよろこびに震えた。
いる。
いる。
唄子がいっしょだ。
ビジョンが見えた。
美智子が見えた。
唄子と一緒だ。 




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愛の絆(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-17 08:29:06 | Weblog
2       

美智子は奥の扉の向こうへ消えた。
隼人は美智子を目前にして助けられなかった。
美智子は男たちに引きずられて……。
隣の部屋に消えた。

扉は開かない。

冷酷な、リアルな世界。

扉でへだてられただけだ。
もう美智子は見えない。
美智子の姿はここにない。

隼人は廊下にとびだした。
隣の部屋には廊下から入る扉がない。
なにか、この建物はおかしい。
怪しい。
ふつうの建物の基準からいっ奇妙だ。
廊下がながくつづいている。
隼人は走る。
走る。
走る。
手を伸ばせばとどく距離に美智子がいた。
それなのに助けられなかった。
王仁には榊流の拳法はつうじなかった。
ことごとくかわさけれた。
美智子!
美智子!!
美智子!!!

扉がない。
あの扉のノブを破壊するべきだった。
ドラマでよく見るように拳銃でうてばよかった。
いまからでも、部屋にもどるか?
もどるべきか……。

廊下がいきづまった。
上下に向かって階段があった。
「みんなは、上へ」
秀行が叫んでいる。
隼人は階下への階段をかけおりていた。



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第十六章 愛の絆/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-16 04:21:00 | Weblog
第十六章 愛の絆

1

薄暗い部屋だ。
ここにつれこまれてから幾日たっろうか。

翔太郎は長い夢をみていた。
バラの庭園にいた。
いつの日か塾から引退したら。
小説を書くことができるようになったら。
フルタイムで書けるようになったら。
原稿料がまたはいるようになったら。
「庭のバラをもっとふやしたら」
と智子にいってやる。
「もう待ちくたびれたわ。
あまりむりしなくていいから。
あてにしないで待っている」
智子の声だけがする。

「ターシャーの庭とはいかないが。
あの万分の一の庭でも一緒に作ろう」
「あなたが、庭仕事するところ見たいわ。
あまり期待はしていないけど」
声はする。
華やいだやさしい妻の声はする。
妻の姿は見当たらない。
 
赤いバラが咲いている。
黄色いバラ。紫雲。ピンクのアンジラ。
でも智子の好きだった白いバラが圧倒的に多い。

あれはアイスバーグ。
あるいは、安曇野のようなあわいピンクの可憐なバラ。
バラの咲き乱れ庭園で……。

あれは……。智子がバラの花言葉をいっている。

「白いバラは約束をまもる。純潔。枯れた白いバラは生涯を誓う」
声はするが妻はそのバラ園にいない。
妻の身になにかあったのだ。

いない。
いない。
「智子。智子。智子」
妻の名をよびながらこれは、やはり夢だと気づいていた。
妻の名をよびながら、智子にはもう会えないと。
妻はもうこの世にいない。
と、気づいていた。
翔太郎は目覚めた。
おれが不甲斐ないばかりに子どもや孫にまで迷惑をかけている。
こういうことが起きては困る。
山の人、鬼の攻撃が妻や子どもにまでおよんでは困る。
その思いで子どもたち三人を東京へ逃がしたのに。
おれに力がないために智子を死なせてしまった。
おれ――とおもったり、わたし……おもったりする。
こころが乱れている証拠だ。

子どもたちを守って。美智子を守って。
おねがい。あなた。
わたしはあなたのデスクを守ったから。
あなたの作品は守ったから。
智子が、妻がデスクをさしだしている。
これはゆめではない。
わたしの能力が見せている光景だ。
智子はもうこの世にいないのだろう。
わずかばかりの能力。
幽かな……微々たる能力。
人に見えないものが見える。
ただそけれだけのことだ。
智子は、出会ったときとおなじように。
ふいに消えてしまった。

バラの咲き乱れる庭。
静かに飲む午後の紅茶。
お互いの顔を見つめあいながらの死。
そんな最期を夢見ていたのに……。
わたしは、鹿沼を離れるべきではなかった。
わたしは家を留守にしてはいけなかったのだ。
わたしさえ、智子のそばにいれば、智子を守れたはずだ。
いや、守れないまでも智子だけを死なせずに済んだ。
死ぬ時は一緒と決めていたのに。
約束していたのに。
かわいそうに、ひとり寂しく死んでいった。

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吸血鬼VS日光忍軍(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-15 10:13:42 | Weblog
3

美智子は殺風景な部屋につれもどされていた。

このビルでなにかが起きている。誘拐された。
あのときの男の握力の凄まじさ。
まるで鉄の手でしめつけられたようだった。
王仁と名のった男。
隼人と争った男。
とてもフツウの人間ではない。
両眼が赤く光っていた。
あんなスゴイヤツが隼人やキリコの敵。
わたしの敵だった。

だからここには唄子がいる。
「アイツラさ、美智子……なにか言葉に訛りがあるよね。
東北訛りとも少し違う。でも似ている。
角田喜久雄が書くような、
山の人と里の娘の恋愛モノにむかし出演したことがあった。
平家の落人だという湯西川温泉でロケしたのよ。
そのとき話をきかせてもらった古老の言葉とよく似ている。
山の人、山か、というのは日本の原住民。
それを鬼、テングといって忌み嫌った。
そんなこといっていた」
「母の実家の鹿沼には、天狗を祭った『古峯神社』があるの。
東北のひとたちが信仰しているんだって。
遠野物語にもでてくる由緒ある神社よ」

ここからつれだされて――。ほかの部屋にうつされた。
隼人やキリコとあった。
なんのために、つれていかれたのか。
隼人やキリコを牽制するためだろう。
夢なんかじゃない。
隼人たちが助けにきてくれている。
そして、またもとのこの部屋になげこまれたのだ。
隼人……!! わたし、ここにいる。
わたしは、ここで、隼人が助けにきてくれるのを待っている。
助けて。はやく。助けにきて。
唄子がいる。
「唄子、逃げよう。
ここからふたりで逃げるのよ。
いまに、隼人が助にきてくれる」
「隼人さんが、きているの?」
「そう、すぐそこまできてる。
いま会ってきた。キリコさんもきてる。
みんなで、わたしたちのことを助けにきている」
「みんなで……」
「すぐ助にきてくれるわ」

はやくきて。
隼人とキリコが戦っていた。
わたしのために隼人が命をかけてたたかっていた。
はやく助けて。
隼人。隼人に呼びかけている。
わたし隼人に呼びかけている。
直人でないことは、このわたしがいちばんよく知っている。
直人がもうこの世にはいないことは、わたしがいちばんよく知っている。
直人への未練をたちきろうと、こころのなかで隼人を呼んでいた。
リアル世界にはもう直人はいない。
わかっている。
わかっているのに、どうしょうもない。
まだ、直人への未練はたちきれない。
でも、助けにきてくれるのは隼人だ。
キリコだ。

助けにきて。




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