田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

愛の賛歌(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-01 05:58:19 | Weblog
3

「わたしは、やめられなかった」

唄子は大麻や合成麻薬をやっていたことを告白した。
誰かにきいてもらいたかったのだろう。
唄子は涙ぐんでいる。
麻薬に溺れたじぶんを哀れんでいる。

夫の健一が目の前で刑事に強制同行をもとめられた。
それをみて逃げたのだという。
隼人は唄子のわたし『は』という言葉に異様なものを感じた。
たった一言の助詞に隼人は拘わった。

あなたは止められたが。
わたし『は』止められなかった。
といっているような気がした。
あるいは、思い過ごしかもしれない。
そのあなたが、話し相手。
目前にいる美智子。
を。
さしているような気配。
不安になった。
美智子の顔を見ながらの会話だった。
隼人は胸騒ぎがした。

「警察に出頭したほうがいいわ」
「それより、お金貸して。
ぶらりと買い物にでたので……。
ATMをつかうと足がつくものね」
「出頭したほうがいいって」

美智子が金を渡す。
唄子は止めるのもきかずに出ていった。
美智子の説得も。
願いもききいれられなかった。

その日の夕暮時。
部屋には、美智子と母。隼人とキリコがいた。
「美智子、少しよこになったら」
母の里恵がやさしくいう。
隼人は唄子の言葉について本当は美智子にといただしたかった。
「そうするわ、みなさんごめんなさいね」
「隼人――ダメだよ。
美智子さん。
まだ直人さんに死なれたショックから完全にたちなおっているわけじゃないよ。
思いださせちゃった」
とキリコ。

「ごめんなさい」
隼人は里恵にあやまった。
「いいのよ。
この3年間もっとひどかった。
隼人さんがきてからずいぶんと元気になった。
撮影にさしつかえないなら、いくら悲しんでもいいのよ」
「美智子にとったら初恋でしたものね。
オフィーリアのように……。
わたし美智子が霧降の川に身を投げるのではないかと心配だった」
里恵はつづけた。
吐息をもらした。
鹿沼の母の死も美智子に関係あるのではないか。
と。
悩んでいるのかもしれない。

直人を忘れられない。
恋しい人の面影をまだ追い求めている。
亡き恋人を想いつづけている。
その愛のふかさがすばらしいと隼人はおもった。
人を愛するこころの切なさがひしひしとつたわってくる。

隼人もミレイの描いたオフィーリアの狂死の絵は。
なんどかバビルゾン派の巨匠の画集などで観たことがあった。
水面に揺らめく花々に埋もれて……。
入水自殺をした美しいオフィーリアが流れていく。

「すみません。
直人の残したエンゲージリングや詩を不用意にわたすべきでなかつた。
余計なことをしてしまった」

テレビは唄子の逃避行を追いかけていた。
リポーターはまくしたてる。
唄子の出生から今日までの履歴をあらいざらいまくしたてている。
どのチャンネルを開いても唄子のことが話題となっていた。
それでも、唄子の潜伏先はわからない。
あれから、どこにいつたのだろう。
芸能界の、スキャンダルの蜜に群がるプレスの蜂。
いたるところをとびまわっている。
唄子の所属事務所では美智子の受賞でもりあがっていたのに。
それが反転した。
「事務所側では。
酒の谷唄子が薬物依存症だったということに関しては。
まったく認識がありませんでした」
渋い顔で社長の飯田社長がコメントしていた。

唄子の故郷西宮。
そこから唄子の携帯の発信履歴が認識された。
そしてまだ親たちが健在だ。
すわ、ふるさとに潜伏かと――。
城山の高級住宅地区にもレポーターとカメラマンがおしかけた。
唄子の同級生にもインビューしている。
取材競争がさらにエスカレートしていく。
その狂乱ぶりががテレビの画面からもよみとれた。




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