田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

餌やり老人

2008-03-30 13:33:34 | Weblog
3月30日 日曜日
餌やり老人(随筆)
 ヨーカドーの前の駐輪場に痩せた老人の背がみえる。老人はかがんで猫に餌をやっている。いつも見掛ける情景だ。
「本田さんですよね」
 おもいきって、声をかけてみた。
わたしがこわごわ声をかけた。間違ったらどうしょう。後ろからついてきている妻に「また思い違いをしている」とせめられそうだ。
 老人はやはり本田さんだった。猫に餌をやりながら、(細く裂いたイカの燻製をやっているのだが)わたしに応えてくれた。                    
「覚えてくれていてありがとう」
わたしのほうをかがんだままふりかえろうとした。猫がかすかに不満の鳴き声をあげた。右の手で本田さんの手の平にあったイカをとった。爪をだしているので本田さんの手に擦過傷がのこった。傷というほどおおげさなものではないが、それでも細く血が滲んだ。
わたしはふいに声をかけたことを詫びた。
「いやだいじょうぶです。この猫のおやも、すぐ爪をだすクセがありましてね、よくひっかかれましたよ」
 妻がいつも持っているバンドエードをだす。うれしそうに「ありがとう」といった。
老人なのに恥ずかしそうだった。ういういしい感じだ。
ああ、本田さんは一生独身でとおしているのだと思った。
わたしが25歳で故郷にもどり、同人誌を始めたときに参加してくれた。あのときすでに40歳はすぎていたはずだから、いまでは世にいうところの卒寿にちかいはずだ。わかいときに結核を患い婚期を逸してしまったといっていた。ともかくあの『現代』という同人誌を始めたときは、みんな独身だった。まだ幸いにも、老いた同人の訃報はきかずにすんでいる。
同人誌を廃刊してからでも、すでに30年ちかく経っている。いまではほとんど交流はないが、葬式のときだけはかけつけなければならないだろうと思っている。ともかくみんな年をとってしまったな、というのがわたしの感慨である。
出版社のB社に就職したSが全国雑誌協会の会長にまでなっている。
Kが国会議員になり。教職に就いた友だちたちは、校長までつとめて定年退職して悠々自適の年金暮らしをしている。
北関東の極みの小さな田舎町の同人誌ではあった。それでも、『文芸』や『文学界』の同人誌評でとりあげられた。その月のベストフアイブにのこるような作品をばんばんのせることができ、わたしも意気軒昂たるものがあった。
その『現代』に本田さんは旧制栃木中の仲間でプロ野球の選手として活躍した田名網について書いてくれた。
 わたしは、家にもどり懐かしい『現代』をとりだしてみた。
タイプ印刷で100部一万円で発行できた。むろん、当時としても格安だった。ところが、どのバックナンバーをみても本田さんの随筆がのっていないのだ。わたしはあわててしまった。まちがいなく、本田さんの作品を読んだはずだ。すごく感銘をうけたのを覚えている。
しかたないから、こんど会ったら聞いてみょう。本人なら、どの号にのったのか覚えているはずだ。わたしのバックナンバーは落丁があるにちがいない。ところが、周に3度はヨーカドーにいっているのに本田さんにはなかなか会えない。声をかけるまでは、周に一度くらいの割合で本田さんの猫に餌をやる姿をみかけていた。
 胸騒ぎがする。不吉なことを予測してしまう。
わたし自身もとしなのだな、と思う。すぐにマイナス思考におちこんでしまう。
                               未発表
次回からは小説になります。よろしくご愛読くださ。
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