田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編22「もう死んじゃうよ」麻屋与志夫

2023-10-17 08:30:36 | 超短編小説
10月17日 火曜日
「ショウチャン」
 老婆に呼びとめられた。銀座の街角だ。

「ほら、同級生のムッチャンだよ」
 覚えがない。古い記憶のページをぱらぱらとめくった。
「ほら、食べさっせ」
 なつかしい故郷の言葉だ。
 彼女は店頭のミカンをひょいと取りあげて彼にすすめた。
「みんな同級生は死んじゃったもんね」
「ムッチャンはげんきそうだ」
 
 名前で呼びかけられて老婆はすごくうれしそう。
 ミカンのあまずっぱい味が口の中に広がる。

「話しかけてくれてありがとう。また声をかけてよ」
「もう死んじゃうよ」
「そんな弱気なこといわないで元気じゃないか」
 老婆はうれしそうにほほえんでいる。深いしわがかがやいている。
 歩きだして、ヒョイと振りかえる。彼女はまだ手をふっている。
「武藤青果店」という古びた看板が遠い視野のなかに浮かび上がる。
 そしてその脇に、鹿沼銀座通りの標識。
 そうかここは故郷の鹿沼だった。
 コロナ疎開でもどってきた故郷だ。
『シャッター通り』になっている。
 開いている店はないはずだ。
 
 八百屋のムッチャンの姿が小さくなる。
 ひらひらふっている手は少女の手。
 
 わたしは病院にいそいだ。右手で杖をついている。
 内視鏡検査の結果を聞きに行くところだ。
 その日のうちに結果を教えてくれない。どこか悪いのか。
 あともってひと月というステージ。
 そんな最悪のことばかり脳裏をかすめる。

「もう死んじゃうよ」
 おれはまだ死にたくはない。
 
 戦後の動乱期を生きた友だちの、生きざまを書き残したい。
 話しかけたそうにふしめでわたしを見ていたムッチャンのことも。
 わたしに好意をもっていてくれた。そう思いたい。
 こちらから、あのとき話しかけていたら。
 もっと変わった人生になっていたかも……しれない。
 ひらひらと手をふっている少女の姿が鮮明に見える。




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コメント (2)
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