part10 血を吸うもの 栃木芙蓉高校文芸部(小説)
48
「いかないで、龍」
なにか危険が迫っているのだ。
濃霧の中で文子の声がする。
龍之介は道に面した土蔵の壁にもたれている。
「いかないで、動かないで、龍」
霧のなかから文子が現れた。
「ごめん。時間を戻し過ぎたのね」
「鬼村と戦っていたようなのだけれど。
蔵の中に閉じこめられていたはずだ」
文子の肩を抱き寄せていた……。
唇をあわせた感触がのこっている。
文子とこうしているとたのしい。
愛を告白した記憶がある。
でも、恥ずかしくてそれを確かめられなかった。
異次元からもどってきたのだ。
龍之介は漆喰の白壁をみつめていた。
いつのまにか霧は晴れていた。
鬼があそこで生きている。
あの蔵の中に鬼が生存している。
ふたりは同時にそう思っていた。
龍之介の意識は混乱している。
『いかないで』とよびかけられたところまで時間を遡行してしまった。
では、あの鬼村との戦いは無かったことになるのだろうか。
わからない。
あの蔵の中から時間をジャンプできなかったら、
どうなっているただろうか。
わからない。
数時間前と龍之介はなにもかわっていない。
でも、ひどくつかれている。
文子とたがいに顔をみあって吐息をもらした。
「文子」
「なあに」
「愛している」
これだけは確かだ。
もとの時間にもどってきているにしても、
あの蔵の中で文子に告白した言葉は覚えている。
「愛してる。文子」
文子の日記。
この下野の地の吸血鬼たちは、鬼村たちは日本古来の鬼族を原種とした吸血鬼だった。
どうりで、手強いわけだ。
さらに吸血鬼の本場ルーマニヤからの侵攻。
わたしが呼び起こされたわけが、しだいに明らかになってきた。
この地方については、書物で読んだことがある。
この地方のことが「日本書紀」にのっている。
景行天皇四十年七月の条には、東国の野蛮な風俗についての記述がある。
また山には邪神がおり、野には悪鬼がいる。
~毛皮を着、生血をすすり、兄弟は互いに疑い合っている。
もちろん、其の血を飲み、
とは獣の血のことだろうが、
なにかぞっとするわ。
龍之介と会えたことが、
今回の使命を特別なものにしている。
わたしの正体を知ってもおそれない男。
わたしを愛していると正面切っていつてくれた若者。
うれしかった。
年甲斐もなく顔が紅潮した。
わたしも龍之介がすきだ。
でもこの恋を成就させるためには、
わたしが監査官であることをやめるか、
龍之介がわたしのone biteを受け入れるしかない。
かなしい現実だ。
one bite please 一噛みして。おねがい。
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「いかないで、龍」
なにか危険が迫っているのだ。
濃霧の中で文子の声がする。
龍之介は道に面した土蔵の壁にもたれている。
「いかないで、動かないで、龍」
霧のなかから文子が現れた。
「ごめん。時間を戻し過ぎたのね」
「鬼村と戦っていたようなのだけれど。
蔵の中に閉じこめられていたはずだ」
文子の肩を抱き寄せていた……。
唇をあわせた感触がのこっている。
文子とこうしているとたのしい。
愛を告白した記憶がある。
でも、恥ずかしくてそれを確かめられなかった。
異次元からもどってきたのだ。
龍之介は漆喰の白壁をみつめていた。
いつのまにか霧は晴れていた。
鬼があそこで生きている。
あの蔵の中に鬼が生存している。
ふたりは同時にそう思っていた。
龍之介の意識は混乱している。
『いかないで』とよびかけられたところまで時間を遡行してしまった。
では、あの鬼村との戦いは無かったことになるのだろうか。
わからない。
あの蔵の中から時間をジャンプできなかったら、
どうなっているただろうか。
わからない。
数時間前と龍之介はなにもかわっていない。
でも、ひどくつかれている。
文子とたがいに顔をみあって吐息をもらした。
「文子」
「なあに」
「愛している」
これだけは確かだ。
もとの時間にもどってきているにしても、
あの蔵の中で文子に告白した言葉は覚えている。
「愛してる。文子」
文子の日記。
この下野の地の吸血鬼たちは、鬼村たちは日本古来の鬼族を原種とした吸血鬼だった。
どうりで、手強いわけだ。
さらに吸血鬼の本場ルーマニヤからの侵攻。
わたしが呼び起こされたわけが、しだいに明らかになってきた。
この地方については、書物で読んだことがある。
この地方のことが「日本書紀」にのっている。
景行天皇四十年七月の条には、東国の野蛮な風俗についての記述がある。
また山には邪神がおり、野には悪鬼がいる。
~毛皮を着、生血をすすり、兄弟は互いに疑い合っている。
もちろん、其の血を飲み、
とは獣の血のことだろうが、
なにかぞっとするわ。
龍之介と会えたことが、
今回の使命を特別なものにしている。
わたしの正体を知ってもおそれない男。
わたしを愛していると正面切っていつてくれた若者。
うれしかった。
年甲斐もなく顔が紅潮した。
わたしも龍之介がすきだ。
でもこの恋を成就させるためには、
わたしが監査官であることをやめるか、
龍之介がわたしのone biteを受け入れるしかない。
かなしい現実だ。
one bite please 一噛みして。おねがい。