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『花のれん』(読書メモ)

山崎豊子『花のれん』新潮文庫

吉本興業創始者の吉本せいをモデルとした小説らしい。

商才のない夫の道楽で始めた寄席家業だったが、夫の死後、商売の面白さに目覚めてしまう主人公の多加。

客が入らない場末の寄席(こや)から始めた彼女だが、あの通天閣を買い取り、京阪神に27の寄席を持つまでにのし上がる。

その秘訣は何か?

一つは、時代の流れや客のニーズの変化に敏感なこと。落語中心だった寄席にいち早く漫才を取り入れたのは多加が最初だった。

もう一つは、芸人を大事にしたこと。関東大震災のときには、関東在住の落語の師匠を見舞いに行き、師匠の心をつかんだ。戦後は、焼け野原になった大阪の街で、芸人一人一人を訪問し、彼らの借金を帳消しにしてあげた。

まだ粗末な寄席を切り盛りしていた頃、芸人衆に祝儀をはりこむ多加に対し、番頭さんから「借金も残っているのに、そんなに払う必要はない」とたしなめられたときの、多加の言葉が印象的である。

「そらそうや、二流の寄席で金も無いのにそないせんでもええのやろ、そやけど今のわては、何でも肥料(こえ)をせんならん時や、肥料の足らん処からはろくな産物(もん)出来しまへん、肥料が出来て、苗がつくまでがしんどいのんや、わてが煙草一本の楽しみもせんと節約(しまつ)して祝儀切るのは、この苗をつけたいさかいだす」(p.109)

経営が苦しいときに、長い目で人に投資することはなかなかできない。現在の吉本にその気風が残っているかどうかわからないが、ここまで大きな組織になったのは、こうした創始者の考えがあったからなのだろう、と思った。


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