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『破獄』(読書メモ)

吉村昭『破獄』新潮文庫

昭和の脱獄王」と呼ばれた実在の人物をモデルにした小説である。

昭和11年から昭和22年にかけて、青森刑務所、秋田刑務所、網走刑務所、札幌刑務所を脱獄し、伝説の受刑者といわれた佐久間清太郎(小説での名前)。手錠をいとも簡単に開け、ヤモリのように壁を昇り、看守を心理的に怯えさすなど、超人的な肉体だけでなく優れた頭脳とマインドコントロール力を持っていたらしい。

脱獄不可能と言われた網走刑務所の独房で、絶対に外せないといわれた鍵穴のない特製手錠を、味噌汁を使って腐らせ外してしまった逸話には驚いた。彼にとって脱獄は、自らの知恵と力を総動員して取り組む「挑戦的な課題」だったのだろう。

ところで、何が彼を脱獄に向かわせたのか?

それは「看守への憎しみ」と「北国の寒さ」である。脱獄して捕まるほど自由を奪われ、監獄では人間扱いされなくなる。また、東北・北海道の冬は殺人的である。「憎しみと不安」が、超人的な脱獄を可能にしたといえる。

その証拠に、最後の服役先の府中刑務所では、所長が佐久間を人間らしく扱ったため、彼から憎しみが消え、最後には模範囚として釈放されている。

作者も指摘しているが、これだけの能力を社会のために使ったらさぞすごい仕事ができたに違いない。世の中には凄い力を持っているにもかかわらず、それを生かす場が与えられていない人が多いのではないか、と思った。

なお本書は、日本の刑務所の歴史としても読める。戦中・戦後の厳しい状況の中、刑務官がいかにまじめに仕事をしていたかが伝わってくる。
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