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『死をどう生きたか』(読書メモ)

日野原重明『死をどう生きたか:私の心に残る人々』中公新書

聖路加国際病院理事長の日野原先生が、心に残った人々の最期の様子を記録したものである。ここに登場するのは、有名な作曲家、哲学者、プロ野球オーナー、画家、人間国宝、外交官夫人など、いわゆるVIPやセレブの方々ばかり。

著名な人だけあって、それぞれ、こだわりの生き方をされていて「さすが」と思った。しかし、本書を読んで一番印象に残ったのは、最初に紹介されている、名もない十六歳の少女の記録。昭和12年、日野原先生が大学を卒業して京都大学の医局に入ったばかりの出来事である。

小学校を出てすぐに工場で女工として働いていた少女は、結核にかかり入院していた。治療の術がなく、みるみる痩せていく少女は、ある日曜日、容体が急変する。彼女は次のように語ったという。

「先生、どうも長いあいだお世話になりました。日曜日にも先生にきていただいてすみません。でも今日は、すっかりくたびれてしまいました」といって、しばらく間をおいたのち、またこうつづけた。「私は、もうこれで死んでゆくような気がします。お母さんには会えないと思います」と。そうして、そのあとしばらく眼を閉じていたが、また眼を開いてこういった。「先生、お母さんには心配をかけつづけで、申し訳なく思っていますので、先生からお母さんに、よろしく伝えてください。」彼女は私にこう頼み、私に向かって合掌した。(p.9)

本書に出てくるVIPの方々は、世の中に未練がある様子がうかがえたのに対し、この少女は、静かに自分の運命を受け入れ、母親と担当医に感謝している。死に際して、これほどの強さを持つことができるだろうか。

人間の本質は、最期の時をどうすごすかにあらわれる、と感じた。
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