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『檀』(読書メモ)

沢木耕太郎『檀』(新潮文庫)

これは、『火宅の人』で有名な檀一雄の一生を、奥さんの目から綴ったノンフィクションである。ヨソ子さんの一人称で語られる本書はとても迫力がある。

家族を放ったらかして愛人と生活していた檀一雄さんの自由奔放な生活を奥さんの視点から見直す、という企画自体ある意味残酷だが、すごい発想だと思った。

火宅の人』とセットで読むと、夫婦関係の奥深さがわかる。

妻として屈辱的な経験をさせられ、夫を恨みながら愛するヨソ子さんの複雑な心境の中に、リアルな夫婦像が描かれている。

とても印象に残ったのは、旅館でカンヅメになっている檀一雄と、手伝いにいったヨソ子さんが一緒に家に帰るシーンである。

雪が降りタクシーが溝にはまったため、二人は歩くことになった。体が冷え切り、足先の感覚がなくなった道中を描いた、次のような記述がある。

「私はその雪道の行軍を子供のように楽しんでいた。体は凍えそうだったが、胸の奥は暖かかった。檀と二人で雪の夜道を歩いている。それがまるで、冒険の旅をしているような弾んだ気持ちにさせてくれていたのだ。「これは『一等切符』という小説になるな」檀が言った。しかし、私には小説になどしてもらう必要はなかった。檀と二人で雪の夜道を歩いている。ただ、それだけで充分だった。なのに、私はその思いをうまく表すことができなかった。檀に伝えることがでなかったのだ・・・・・。」(p.272-273)

互いの気持ちを伝えきれない不器用さ。これは多くの夫婦に共通するのではないか、と思った。
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