柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

豪雨

2014-08-20 08:19:50 | Weblog
今度は広島です。ゲリラ豪雨と呼ぶのか、予定豪雨、予想通りの豪雨と呼ぶのか、呼び名はどうでもひどい被害です。天気予報通りといえばそうでした、でも、「果たして」との結果は被害地の人々ならずとも天を仰ぐ思いです。新しく山の麓に造成した住宅地域だったそうです、だからどうだではないのですが川は氾濫するもの、山は崩れるものという事実を突きつけられるわけです、治山治水が平安奈良の時代から為政者の最重要事業だったことがよくわかることです。いったん起こると被害が甚大です、そして起こらなければ認識できません。ここです。危ない危ないと警告されていても起こらなければそのままなのですね。もちろん行政も放置はしませんが優先順位とやらで後回し後回しになってガツン。備えていてもその想定を越えれば同じようにガツンです。冠水した街町の排水機能と降雨量の関係、あれです。いかに護岸整備を重ねていても想定を越えればそれまで。ならば、東北津波の後に考えられているように、高さ15mを越える防波堤を何十kmに渡って造るか、景観を犠牲にして、という極端になります。そして如何に極端であっても、それを越える極端が起こりうるわけです。畏るべし。祈るべし。人知の届かぬを知った古人はそうしてきたわけです。単純に天災なのか。人災の関与はないのか。まんま福島の原発事故をなぞることですが、どこの天災も被るばかりなのです。降る雨を止める手立てはありません。ううむ。
コメント
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