拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

プリティ・ウーマンは椿姫がお好き(オペラは最初が肝心)

2020-04-10 09:27:44 | 音楽
スーパーの営業状況を知らせるテレビのテロップで「ベルク」が出た。一瞬、うちの近所の「ベルクス」の単数形かと思ったがそんなことがあるわけもなし。ベルクは千葉、埼玉に展開していてベルクスは足立区が中心である。言葉に関する一瞬のとまどいといえば、「Can you do……」を聴いて、なんで「君」が二つ並んでるんだと思った私は「do」をドイツ語の「du」だと思ったのである。そんなことを言えば他にもある。「also」を「オールソ」と読むべきところを「アルゾー」と読んじゃうし、「open house」を「オペン・ホウゼ」と読んだ人をからかうCMを見て、合ってるじゃん、どこがおかしいのさと思ったりもする(ドイツ語読みなら合っている)。さて、「プリティ・ウーマン」の続きである。ヴィヴィアン(ジュリア・ロバーツ)がエドワード(リチャード・ギア)に連れられてロスからサン・フランシスコに飛んだ。なんのためかと思ったらオペラを観るため。なるほど、西海岸のオペラ・ハウスと言ったらサン・フランシスコだからね。そこで二人が見たのが「椿姫」(ヴェルディ)。エドワードが「オペラは最初が肝心」と言ったが、全くその通り。最初にギャーギャー吠えるだけのを見たりするとオペラ嫌いになってしまう。私は幸運だった。初めて、「意識して」オペラをテレビで見たのがNHKイタリア・オペラ(1971年)。超一流の布陣であり超一流の演奏だった。なにしろマントヴァ公爵(リゴレット)を歌ったのがパヴァロッティである(まだひげがなかった)。椿姫がヴィヴィアンの心にぐっと刺さったごとく、このときの演目……リゴレットに限らずノルマもラ・ファヴォリータも……は中一の少年の心をわしづかみにした。当時、日本ではパヴァロッティは無名だった。ましてお子様だった私がその名を知るはずもない。実際、リゴレットに感動して、テレビで見たのと同じ人が歌ってるレコード買おうと思ってお店に行ってもパヴァロッティのパの字も覚えてなかったらからジャケットの写真を頼りに探したが分からない。これかな?と思った顔写真は今から思うとニコライ・ゲッダだった。因みに、ノルマのアダルジーザとラ・ファヴォリータを歌ったフィオレンツァ・コッソットの名前はすぐ覚えた。すごいメゾだということは子供の私でもよく分かった。だが、当時の大人がコッソットを「きれい」と言ったことに共感できるほどには私は成熟していなかった。そんなわけで、この時から私のオペラ行脚が始まった。この体験がなかったら私の人生は全く違うものになっていたかもしれない。もっとちゃんと勉強してひとかどの人間になっていたかも……いや、しれなくはない。性格が変だからどう転んでもひとかどの人間になるのは無理であった。とにかく、オペラは最初が肝心なのはその通りだ。「プリティ・ウーマン」でもう一つ。若いエレベーター・ボーイが出てくるが、高級ホテルの従業員のわりにはヴィヴィアンを前にしてボーっとなったりして落ち着きがない。でも、こないだまで読んでいたカフカの「アメリカ」(又は「失踪者」とも言う)に登場するエレベーター・ボーイがやはり未熟な少年だった。映画の彼のような感じだったんだろうな、と大層合点がいった次第である。