(南禅寺・天授庵にて 22日撮影)
京都の紅葉は今が最盛期、時雨の季節でもあり、傘が手放せません。
時雨に濡れている紅葉を愛でるのもあと僅かとなりました。
11月23日は先生宅の炉開きでした。
利休さまは風炉から炉へ変わる時期について
「柚子の実が色づく頃・・・」としていますが、
今は11月の声を聞くと、風炉から炉へ変わります。
風炉から炉へ、炉から風炉へと、炉の設えが変わるたびに
点前も変わり、道具も変わり、また新たな気持ちで稽古に取り組みます。
最初は面倒くさいこと・・・と思いましたが、
今は季節の移ろい、歳月の重なり、気持のけじめを感じるようになりました。
炉開きは茶人の正月とも言われ、ことさら新たな気持ちで望みます。
先生宅へ伺うと、炉開きの設えをして迎えてくださいました。
床の間には、大徳寺江雪和尚筆「万年松在祝」、
そして葉茶壺が荘られていました。
こんなに大きく立派な茶壺を美術館ではなく拝見したのは初めてのことです。
茶壺は江戸時代に瀬戸で焼かれ、形よく気品があり、
土色の肌には黒の釉薬が所々に残っています。
紫の紐で、真、行、草に結ばれ、口覆いは江戸時代の帯で作られています。
「あの壷を手に取って拝見したい・・・」と密かに思いました。
白玉椿とはしばみが旅枕に生けられています。
控えの間の床に絵が掛けられていました。
眼鏡がなかったので、右上に書かれた語句はパスし、
「お正月だから鶴の絵かしら? 」と思っておりましたら、
先生のお話を伺ってびっくり!
その絵は、松屋三名物の一つ、如熙(じょき)筆「白鷺緑藻図(鷺絵)」の写しで、
土佐光貞(1738-1806)が描いたものでした。
鶴ではなく鷺だそうです・・・
その後、本歌は松屋から島津家へ移譲され、
明治10年の西南の役の折、島津家の蔵ごと焼失したので、
今は写しから本歌を偲ぶしかすべがなく、大変貴重な画なのだとか。
そんな先生のお話を伺いながら、社中による初炭点前が行われました。
釜は菊地文平丸釜、五代寒薙造、炉縁は松丸太に蔦蒔絵です。
釜に浮き出る菊の花、美しく火照る蔦の紅葉をしばし楽しみました。
炭斗はふくべ、灰匙は仙叟お好みの小判でした。
あこがれの柿の蔕香合(宋胡録:すんころく)を手に取って拝見しました。
香は、天薫堂の「ふじばかま」です。
それから恒例の手づくりのぜんざいが運ばれました。
粟餅に粒あんのぜんざいが乗っていて、懐かしく賞味しました。
「お代わりもありますから遠慮しないでね」と奥様。
「それではお代わりをお願いします」と頼もしい若人たち。
一段落して、いよいよ先生の濃茶点前が始まりました。
棚は銀杏棚、又玄斎(八代)のお好みで、台子濃茶点前です。
風炉と違い、どこからでもお点前が見やすいのが炉の大好きなところで、
みんな、息をのむように先生の所作を見つめています。
濃茶は、小山園の11月限定の口切用抹茶です。
ふくいくとした香り、練り加減よく、熱々の濃茶をみんなで頂戴しました。
一碗目、大樋焼茶碗・銘「筑波」も好かったですが、
二椀目の銘がなんと「時雨紅葉」、
箱書きに「鷹ヶ峰以土造」とあり、玄沢焼きとお聞きしました
・・・今調べているところです。
(南禅寺方丈にて)
床に荘られている茶壺の拝見について伺いました。
茶壷の大小ではなく、紐飾りがされている場合は拝見は乞わない・・・
という約束になっているそうです。
逆に、網袋に入って荘られていたら、
「ご都合により御壷の拝見を・・・」
とお願いしないと、ご亭主はがっかりなさるでしょうね。
今年は口切にご縁がなさそうで、ちょっぴり寂しいです。
その日は ときどき
京都の紅葉は今が最盛期、時雨の季節でもあり、傘が手放せません。
時雨に濡れている紅葉を愛でるのもあと僅かとなりました。
11月23日は先生宅の炉開きでした。
利休さまは風炉から炉へ変わる時期について
「柚子の実が色づく頃・・・」としていますが、
今は11月の声を聞くと、風炉から炉へ変わります。
風炉から炉へ、炉から風炉へと、炉の設えが変わるたびに
点前も変わり、道具も変わり、また新たな気持ちで稽古に取り組みます。
最初は面倒くさいこと・・・と思いましたが、
今は季節の移ろい、歳月の重なり、気持のけじめを感じるようになりました。
炉開きは茶人の正月とも言われ、ことさら新たな気持ちで望みます。
先生宅へ伺うと、炉開きの設えをして迎えてくださいました。
床の間には、大徳寺江雪和尚筆「万年松在祝」、
そして葉茶壺が荘られていました。
こんなに大きく立派な茶壺を美術館ではなく拝見したのは初めてのことです。
茶壺は江戸時代に瀬戸で焼かれ、形よく気品があり、
土色の肌には黒の釉薬が所々に残っています。
紫の紐で、真、行、草に結ばれ、口覆いは江戸時代の帯で作られています。
「あの壷を手に取って拝見したい・・・」と密かに思いました。
白玉椿とはしばみが旅枕に生けられています。
控えの間の床に絵が掛けられていました。
眼鏡がなかったので、右上に書かれた語句はパスし、
「お正月だから鶴の絵かしら? 」と思っておりましたら、
先生のお話を伺ってびっくり!
その絵は、松屋三名物の一つ、如熙(じょき)筆「白鷺緑藻図(鷺絵)」の写しで、
土佐光貞(1738-1806)が描いたものでした。
鶴ではなく鷺だそうです・・・
その後、本歌は松屋から島津家へ移譲され、
明治10年の西南の役の折、島津家の蔵ごと焼失したので、
今は写しから本歌を偲ぶしかすべがなく、大変貴重な画なのだとか。
そんな先生のお話を伺いながら、社中による初炭点前が行われました。
釜は菊地文平丸釜、五代寒薙造、炉縁は松丸太に蔦蒔絵です。
釜に浮き出る菊の花、美しく火照る蔦の紅葉をしばし楽しみました。
炭斗はふくべ、灰匙は仙叟お好みの小判でした。
あこがれの柿の蔕香合(宋胡録:すんころく)を手に取って拝見しました。
香は、天薫堂の「ふじばかま」です。
それから恒例の手づくりのぜんざいが運ばれました。
粟餅に粒あんのぜんざいが乗っていて、懐かしく賞味しました。
「お代わりもありますから遠慮しないでね」と奥様。
「それではお代わりをお願いします」と頼もしい若人たち。
一段落して、いよいよ先生の濃茶点前が始まりました。
棚は銀杏棚、又玄斎(八代)のお好みで、台子濃茶点前です。
風炉と違い、どこからでもお点前が見やすいのが炉の大好きなところで、
みんな、息をのむように先生の所作を見つめています。
濃茶は、小山園の11月限定の口切用抹茶です。
ふくいくとした香り、練り加減よく、熱々の濃茶をみんなで頂戴しました。
一碗目、大樋焼茶碗・銘「筑波」も好かったですが、
二椀目の銘がなんと「時雨紅葉」、
箱書きに「鷹ヶ峰以土造」とあり、玄沢焼きとお聞きしました
・・・今調べているところです。
(南禅寺方丈にて)
床に荘られている茶壺の拝見について伺いました。
茶壷の大小ではなく、紐飾りがされている場合は拝見は乞わない・・・
という約束になっているそうです。
逆に、網袋に入って荘られていたら、
「ご都合により御壷の拝見を・・・」
とお願いしないと、ご亭主はがっかりなさるでしょうね。
今年は口切にご縁がなさそうで、ちょっぴり寂しいです。
その日は ときどき