11月13日
中野駅北口。早稲田通りに向かって、ブロードウェイ――いまブロードウェイがアーケード街全体を指すのか、それともあのまんだらけの入ったビルだけをそう呼ぶのかわからずに書いているが――をあのアーケード街全体の名称とすれば、その右手に並行する細い道がある。アスファルトが、幼稚園のバザーで三谷あきらの母親が「多少の金持ち感」とともに焼き上げたカップケーキの頭のように隆起し割れていて歩きにくい通りだった。「紀子」という飲み屋はその通りにあった。たぶん。奥のほう。早稲田通りに近いところに。のりこ。で、いい。昨日、ママの基本モデルを決めたから(バカみたい)。その人がのりこ。ここには「紀子」以外にも何軒かの飲み屋があった。と思う。彼は酒が飲めないので、彼の頭の中の地図には「飲み屋」という記号がない。だからわからないが、何軒かはあった気がする。その店の手前、通りの中ほどの左手に、彼の気に入りの場所があった。スマートボール場だ。原始パチンコというか、見たことのない人に説明するのはむずかしい。ゲームセンターにあった、効果音のうるさい、大きな鉄のボールをはじく、あれと原理は同じだが、違う。まず、スマートボールは座ってやる。金を入れると、がらがらとやる気のない音を立てて使い古された白いボールが登場する。いくつだったか。たぶん10個ぐらい。それをとてもいい感じのやわらかいばねのハンドルではじくと、ボールは出てきた時より少しだけやる気のある音を立てながら飛び出していき、てっぺんで左右に数回はじかれ、ふと自分のやる気がはずかしくなったかのように立ちすくみ、やがて斜めになった盤面をゆっくり転がりはじめる。ふたたびやる気を失った球は、50、30、10、0などと書かれた奈落に自ら望んだように落ちていく。中には心底やる気を失い、奈落の際で立ち往生する球もある。そんなとき、かなり大きな台をゆすって落とさなければならない。管理人も、管理人にやとわれたバイトもいない。客もほとんどいない。台が5~6台。みな低い位置を埋めているだけで四方はなんの装飾も張り紙もない白壁。音楽もない。つねに昭和40年代の土曜の午後のようなその場所で奈落に落ちていくボールを見ていると、まるで自分がそこに落ちていくようなマゾ的な快感を感じた。そうやって、彼は、実務的には、九段下の大学から帰って、夕方「紀子」にバイトに入る中田をつかまえて金を借りようと思っていたのだった。
中野駅北口。早稲田通りに向かって、ブロードウェイ――いまブロードウェイがアーケード街全体を指すのか、それともあのまんだらけの入ったビルだけをそう呼ぶのかわからずに書いているが――をあのアーケード街全体の名称とすれば、その右手に並行する細い道がある。アスファルトが、幼稚園のバザーで三谷あきらの母親が「多少の金持ち感」とともに焼き上げたカップケーキの頭のように隆起し割れていて歩きにくい通りだった。「紀子」という飲み屋はその通りにあった。たぶん。奥のほう。早稲田通りに近いところに。のりこ。で、いい。昨日、ママの基本モデルを決めたから(バカみたい)。その人がのりこ。ここには「紀子」以外にも何軒かの飲み屋があった。と思う。彼は酒が飲めないので、彼の頭の中の地図には「飲み屋」という記号がない。だからわからないが、何軒かはあった気がする。その店の手前、通りの中ほどの左手に、彼の気に入りの場所があった。スマートボール場だ。原始パチンコというか、見たことのない人に説明するのはむずかしい。ゲームセンターにあった、効果音のうるさい、大きな鉄のボールをはじく、あれと原理は同じだが、違う。まず、スマートボールは座ってやる。金を入れると、がらがらとやる気のない音を立てて使い古された白いボールが登場する。いくつだったか。たぶん10個ぐらい。それをとてもいい感じのやわらかいばねのハンドルではじくと、ボールは出てきた時より少しだけやる気のある音を立てながら飛び出していき、てっぺんで左右に数回はじかれ、ふと自分のやる気がはずかしくなったかのように立ちすくみ、やがて斜めになった盤面をゆっくり転がりはじめる。ふたたびやる気を失った球は、50、30、10、0などと書かれた奈落に自ら望んだように落ちていく。中には心底やる気を失い、奈落の際で立ち往生する球もある。そんなとき、かなり大きな台をゆすって落とさなければならない。管理人も、管理人にやとわれたバイトもいない。客もほとんどいない。台が5~6台。みな低い位置を埋めているだけで四方はなんの装飾も張り紙もない白壁。音楽もない。つねに昭和40年代の土曜の午後のようなその場所で奈落に落ちていくボールを見ていると、まるで自分がそこに落ちていくようなマゾ的な快感を感じた。そうやって、彼は、実務的には、九段下の大学から帰って、夕方「紀子」にバイトに入る中田をつかまえて金を借りようと思っていたのだった。