駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

小野ハルカ『桐生先生は恋愛がわからない。』(小学館マンガワンフラワーコミックス全5巻)

2018年08月17日 | 観劇記/タイトルか行
 桐生ふたば、32歳、漫画家。ラブコメ漫画を描いているにもかかわらず、「恋愛感情」がわからない彼女はかなりいろいろこじらせている。「そもそも女性が恋愛好きって誰が決めた!?」そんな彼女に対して職場の寡黙なアシスタント・通称アサシンと、脚本家の年上男子・通称軍師からのアプローチが始まり…!?

 仕事でネット発の最近の漫画をあれこれ読んでいるのですが、既存のコミック誌に連載される形式でないというだけで、作家の性別も読者の性別もごたまぜになるというかなんというかで、実におもしろいものです。少女漫画を読みたがる男性読者はあまりいないかもしれませんが、少年漫画や青年漫画の方が少女漫画より好き、という女性読者は一定数いて、ネットならよりアプローチしやすくなっているのかもしれません。女性漫画家でも少女漫画ではなく少年漫画や青年漫画を描いている人は多いですが、ネットではさらにそれが、男性向けとも女性向けともつかない、混在した、全ジェンダー向けと言ってもいいようなノンジャンルの作品群を生んでいるようでもあります。
 最近だとたとえばこちらとかを記事にしましたが、2巻になってますますラブコメ度が上がりつつもとにかく前提が新しくおもしろいので本当に先を楽しみにしていましたが、どうやら紙ではあまり売れていなくて3巻は電子版のみになる模様…残念です。ネットでバズっても紙のコミックスで採算が取れるほど売れるかどうかはまた別、という世知辛さはこれらの作品群にどうやらつきもののようですね。
 今回のこの作品は私の発見が遅れただけでもう二年ほど前の作品になりますが、これがまた新しかった! ただ、この体裁で出してもそら売れなかったろう…という気はしました。もうちょっと洒落た絵だったなら青年誌に連載して青年誌レーベルでコミックス化するか、女性漫画誌に連載して大人向け少女漫画レーベルのコミックスで出しても成立したかもしれません。でもそこにハマらなかったからこその作品、なのかな…イヤ味わい深い絵なんですけれどね、ヘンな萌えがないのも好感度高い。特にこのヒロインをもっとセクシュアルに描くことはできたと思うんだけれど、当人のキャラクターを重んじてかそういうサービスはまったくしていないんですよね。というかそういうものを読者サービスと考えてしまう私の感性がもう古いのかもしれません。そんなサービスはなくても中身がおもしろければ十分なのですから。
 この作品は、恋愛経験がないけど恋愛漫画を描いてヒットしちゃったヒロインがモテちゃってタイヘン!みたいな古くてナンパな話ではありません。ヒロインは本当に恋愛とか性欲とか情熱とかいったものが感覚的にわからず、自分はノンセクシャルなのだろうかアセクシャルなのだろうかと悩み、バイセクシャルの女友達と実に理屈っぽくも赤裸々なトークをするようなアラサー女なのです。自分のマイノリティさ加減に打ちのめされながらも、戦い抗い生きています。男性キャラクターとの間に看病エピソードも無理チューも出てきますが、従来の少女漫画にありがちなものとは全然意味合いが違っています。この視点が新しく、とても今日的だと思います。
 また、漫画家漫画としても新しい。アシスタントとか編集者とかアニメ化されたときの監督とか脚本家とかプロデューサーとかのキャラクターも出てくるんだけれど、これまた古くナンパな逆ハーものになんかまったくなっておらず、お仕事ものとしてものすごくちゃんとしています。でもキャラが立っていて愛嬌もちゃんとあり、でもリアルなあるある感もある。なかなかできないことです。
 なんとなく異性に恋できちゃう人には思いもよらないことでしょうが、こうして違和感を抱いてしまう人、どうしても頭で考えてしまう人って、いるものなのです。そこに焦点を当てて、かつエンタメとして作品に仕上げていることが素晴らしい。ヒロインが描いている漫画同様、テンプレを上手く入れつつ新鮮な展開をしているのも本当に上手いし、ワクワク読みました。
 結論はある種の保留のようでもあるし、オチていないと言えばそう言えるのかもしれませんが、人生ってそういうものでもあると思うしそういう意味でもリアルだし、安易でなくシビアだけれどそれでも、励まされた読者も多いんじゃないかなあ。もう少し広く読まれてもよかったのにな、と思う作品でした。書店店頭でもまだ注文できるし、電子ならさらに入手しやすいはずなので、気になった方はゼヒご一読いただきたいです。
 …っていうかここまで書いて今どんな作品を描いているんだろう、って検索したらなんと『四代目の花婿』と同じ作家なの!? えええぇさすがに絵が違くない!?!? ああでもシフトしたのか、そしてさらに進化したんだな、偉いなあ…てか私、好みがゆるがないなあ…ああ驚いた。なので、ゼヒ。

コメント (1)
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