駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『グッド・バイ』

2018年06月23日 | 観劇記/タイトルか行
 中野ザ・ポケット、2018年6月21日19時(初日)。

 妻と子と穏やかに暮らすため、田島周二(池下重大)は絶世の美女・永井キヌ子(大空ゆうひ)を引き連れて、愛人たちに別れを告げにゆく…死の直前に書かれた太宰治(池下重大)の小説『グッド・バイ』を元に、妻・津島美知子(原田樹里)、愛人・太田静子(永楠あゆ美)、共に入水自殺を図った山崎富栄(野本ほたる)など、次々と浮かび上がる現実の女性たちとのグッド・バイ。そして人間・津島修治(大空ゆうひ)はどのように作家・太宰治になり、この世とグッド・バイせねばならなかったのか…
 原作/太宰治、脚本・演出/山崎彬、美術/土岐研一、音楽/岡田太郎。未完の遺作『グッド・バイ』を巡る、もうひとつの物語。全2幕。

 私は近代文学に疎くて、お恥ずかしながら太宰も全然読んだことがなくて、著名な作品のタイトルとだいたいのあらすじ、自殺未遂やら心中事件やらをたびたび起こして最後は妻でない女と死んだこと、本名が津島修治であること、くらいの知識しかないままに臨みました。
 初めての劇場でしたが、密な空間でよかったです。でも雨の効果音がまあまあ大きくて、後方席だと台詞が聞き取りづらかったのでは?とはちょっと心配になったかな。
 それはともかく、めっちゃおもしろかったです! 今年上半期ももうすぐ終わりますが、今のところのマイ・ベストかもしれません。というか単純に好みでした。『ラスパ』が再演されている今この時期にこうした作品に出演している大空さんの大空さん感たるや、脱帽です。
 作家の人生と、作家本人をモデルにしたような主人公が登場する作品世界とをそれぞれ交互に展開する、しかもその二役は同じ役者が演じる…というのは演劇の趣向としてはよくあるとは思うのですが、切り替えが見事で、ちゃんと違っていてでも当然似てもいて、観ていてとてもスリリングでおもしろかったです。
 田島周二が愛人たちと手を切るために妻だと偽って連れ歩くキヌ子は、絶世の美人だけれどわがままで口が悪くて大喰らいで守銭奴です。そして実際の太宰にはそんな女はいない。だからキヌ子は、太宰のドリームというか田島の半身というか、な存在なのです。だからふたりはいつもわあわあ口喧嘩しても離れないし、それは痴話喧嘩のようにも独り言の応酬にも見えるのです。そしてそんなキヌ子を演じている大空さんが(真紅のドレスと濃い化粧が似合うこと! 舞台上でバクバク焼き鳥やらコロッケやらを食べる様子の愛らしいこと!!)、二役で津島修治を演じている、というのがおもしろいのです。作家・太宰治としてデビューする前の太宰、太宰というキャラクターを得る以前の太宰ってことです。
 この、大空さんが津島修治を演じる、という情報は事前にあって、男役をやるってこと!?みたいなときめきと興味もありましたが、実際はそういうことではありませんでした。声を低くするようなこともなかったし、男っぽい仕草をするとかいうことでもなかった。強いて言えばお酒の飲み方、グラスの持ち方に『カサブランカ』のリックの姿が一瞬よぎったくらい? ともあれ、シャツとズボンみたいな男装にはなりますが、胸はあるままだし髪も長いままで、声も低くしたりはしていない。もちろん子供時代の場面も演じるから、というのもあるけれど、なんかもっと素の、性別以前の、あるいは人間以前の、頼りない妖精のようでもある美少年というか美青年というか…に化けたのが、ものすごく見事だったのでした。役や役者の性別になんの意味があるんだろう?とかまで思っちゃいましたよ、いやホント。
 そして、キヌ子だった大空さんが舞台上でその化粧をガシガシ落として、素顔になるようでいて津島修治になっていく…それを見せちゃう演出が本当にスリリングでぞわぞわして、おもしろかったです。
 太宰は田島、田島はキヌ子、キヌ子は修治、修治は太宰。すごい。
 そうしてあぶり出されていくのは、いかに母・夕子(異儀田夏葉)に愛されなかったからだろうと乳母・たね(荻窪えき)に甘やかされたからだろうと女中・トキ(春山椋)に初恋を抱いたからだろうと、太宰ってサイテーの男だなってことです。最初の妻・初代(中西柚貴)がいようとあつみ(飛鳥凛)と心中事件を起こしかつ相手だけを死なせ、二度目の妻・美知子を持ちながら秘書の静子を孕ませ、あげくに富栄と心中する…
 そのどこにも真実の愛はないように私には見えたけれど、8人の女たちの中ではやはり妻の美知子が立てられているようにも見えたので、なんだ結局は妻なのかよケッ男の劇作家が作る話だな、とか思いながら観ていました。私が、強いて言うならば自分は静子タイプっぽいというかこういう恋愛をしそうだな、こういう立場になりがちだなとか思えたから、というのもある。イヤ妊娠も結婚も心中もしたことないんで知らんけど。
 それはともかく、ではそれでこの芝居はどうオチるんだろう…と行く末を見守っていたら、太宰と富栄の心中場面で、太宰は相手に目をそらすな、俺だけを見ろみたいなことを言うんだけれど、観ていて私は「でもおまえは目をつぶるんだろう、ホント卑怯な男だぜケッ」とか思っていたのです。そうしたらそれまで太宰を見つめていた富栄が、最後の最後に目をそらしたんですよね。そのままふたりは入水したんですよね。もう喝采を上げたい気分でした。
 もちろん巻き込まれた富栄を哀れに思う、というのはあります。でも太宰が最後に女に背かれたこと、そもそも最初の心中相手も最後に太宰ではなく夫の名を呼んだこと、が本当に痛快でした。男だからって甘えんな、誰からも選ばれないってことだってありえるんだよざまを見ろ、ってな気持ちになりました。
 だから自分で自分を選んで、生き続けるしかないんじゃん。偉大な文学者だかなんだか知らないけど逃げてんじゃないよオイコラ、と思いました。読んでいないのにすんません。
 からの、ラストシーンに、胸打たれました。太宰の仕事場を拭き清めて、すべて片付けて、そして何かに頭を下げる美知子。それは妻の姿というよりはむしろ、この世のすべてのものにふと感謝する女の姿、に私には思えたというか、ああ、これは恋の話、さまざまな恋の話だったのだな、と私はなんかすとんと腹落ちしたのです。イヤいろんな解釈がありえるのでしょうが。
 あざやかでした。すがすがしかったです。どんなにサイテーな、どうしようもない男と女でも、恋の花は咲いてしまうしそれは美しいものなのだ…とでも言えるような。少なくとも私はそんなことを感じて、いたく感動し、心からの拍手を送ったのでした。

 女優さんがみんなお若くてそれぞれに美しくかつタイプが違いかつみんな上手くて、とてもよかったです。てか静子さんてじゅまちゃんだったのね! 驚きでした。
 そんな中でおそらくかなり年上であろう大空さんの、でもその浮き世離れっぷりとでもまあまあ年月噛みしめてますからみたいな存在感、年季の入りっぷりやキャリアのある感じもとてもよかったと思いました。大空さんの出演作への審美眼は信頼しているけれど、これは劇の方からしてもこれはいい、正しい起用だったんじゃないかなと思いました。
 先日男優さんとキスシーンを披露したばかりなのに今度は女優さんとやらかすのかな!とか萌えたのはナイショです。てかホント新たな扉をバンバン開いてくれる人だよね…

 いろいろ忙しくて初日しか観られませんでしたが、きっちり仕上がっていたし、わかって観ても楽しかったろうからもう一回くらいは観たかったかな。公演期間が短くて、関西にも行かないのは残念です。
 本当におもしろい作品でした。浸りました!






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする