駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

柚木麻子『私にふさわしいホテル』(新潮文庫)

2017年08月11日 | 乱読記/書名や・ら・わ行
 文学新人賞を受賞した加代子は憧れの「小説家」になれる…はずだったが、同時受賞者は元・人気アイドルで、すべての人気をかっさらわれる。それから二年半、依頼もないのに「山之上ホテル」に自腹でカンヅメになる加代子を、大学時代の先輩・遠藤が訪ねてくる。大手出版社に勤める遠藤から、上の階で大御所作家・東十条宗典が執筆中と聞いて、加代子は…文学史上最も不遇な新人作家の激闘!

 確か単行本でも読んだような記憶がうっすらとあるのですが…ここでの記載はないですね。そして私は読んだ本の内容をわりと綺麗さっぱり忘れられるというなさけない特技があるので(なのでミステリーでも「意外な犯人」に何度でも驚けます。なので本当に備忘録としてとしてここを展開しているのですが…)、文庫でも楽しく読んでしまいました。単行本読了当時、特に感想を上げなかったのは、感想を書きようがなかったのかもしれません。
 小説家小説…というのもなかなか難しいもので、きちんとエンタメに仕上げるのは意外と大変なことだと思うのです。この作品も露悪的だったり戯画化されていたりの、かなりデフォルメされたファンタジーではありますが、それでもリアルな部分も感じられるし、作者本人の自意識や理想や怨恨や怨念があちこちに発露されているのでしょう。その上でちゃんとエンタメになっているところがすごい、と私は思いました。最近、そのあたりが中途半端に思える漫画家漫画を読んだところだったので、それより断然ちゃんとしているな、と比べちゃったりしました。
 思えば加代子は不遇だけれど、筆力も演技力もある、才能あふれる女性なんですよね。もっと違う生き方ができれば、もっと楽に幸せになれそうなんですけれどねえ。両脇を固める男性ふたりと安易にラブが生まれないところも、またなんとも味わい深いです。楽しくぐいぐい読んでしまいました。
 しかしおもしろい作家さんだなあ、作品によってテイストがだいぶ違う気がします。まだまだ奥が、底が、あるのかも…そのあたりも、興味深いです。




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高橋克彦『火怨』(講談社文庫)全2巻

2017年08月11日 | 乱読記/書名か行
 辺境と蔑まれ、それゆえに朝廷の興味から遠ざけられ、平和に暮らしていた陸奥の民。八世紀、黄金を求めて支配せんとする朝廷の大軍に、蝦夷の若きリーダー・阿弖流為は北の将たちの熱い思いと民の希望を担って遊撃戦を開始した…吉川英治文学賞受賞作。

 とてもおもしろく観た宝塚歌劇星組『阿弖流為』の原作小説です。観劇にはごく淡い歴史の知識とプログラムの人物紹介を読んだだけで挑んでしまったため、どうしても冒頭は設定を追うのに精一杯になってしまい、ああ予習しておけばもっとスムーズに作品世界に入れただろうに…と後悔したので、あとからになりますが読んでみました。とてもおもしろかったです。
 舞台はコンパクトにまとめていましたが、実際には30年に渡る長い戦いだったこと、ここまで史実として判明しているとは思えないから多分に創作の部分も大きいのでしょうが戦闘の戦略的・戦術的な部分の話がとても興味深かったことなど、小説ならではの部分もとてもおもしろく読みました。でもなんと言ってもキャラクターがいいし、人間関係がいいですよね。ロマンがあります。宝塚歌劇化にも向いていましたね。
 北から渡ってきた人たちと南から渡ってきた人たちと、確かに種族がなんらか違っていたのかもしれないし、同じ日本語だとしても今以上に伝わりづらい方言をお互いしゃべっていたのでしょう。知らないから怖い、自分たちと違うものだ、人間ではなく獣だ、と遠ざけようとする心理もわからなくはありません。都人はその罠にはまり、一方でおおらかな蝦夷は頓着しなかった。攻め込まれるわけではないし、不干渉なら問題ない。自分たちに用がない金をありがたがって掘るというなら、それも許諾する。お互い独自に独立して共存すればいい…というその大人な思想を、自分たちへの侮蔑だと取ってしまうところが都人の幼さであり、悲劇の元となったのですね。これは現代にも未だある人種差別、民族差別の問題にも通じる心理です。
 私利私欲やプライドがメインの争いは不毛なものです。そんな理不尽な戦いを一方的に挑まれながら、誇りと未来のために戦い続けた蝦夷を、応援しないではいられません。そして、そんな蝦夷を対等に扱い尊重してくれる敵将・田村麻呂が現れたからこそ、後の世のために降伏を選んだ、阿弖流為の潔さたるや、涙しないではいられません。
 寿命が短い時代のことでもあり、老い先と子供たちの世代の未来を十分に考えた、効率的な「命の使い道」だったのかもしれませんが、だからといってやはり無念ではあったことでしょう…舞台では、阿弖流為が仲間たちに降伏を言い出すところの細かい機微を私はつかみきれないままに観てしまったのですが、そこからの鮮やかな展開と見せ方には感心しましたし、泣きました。田村麻呂とともに阿弖流為の魂が故郷に帰り、佳奈と息子に出会う…という流れも美しかったです。
 決めセリフの「死ぬ日は同じと決めていた」がけっこう何度も出てくるのにはちょっと微笑ましさを感じてしまいましたが、作家の男の子パワーがいい方に出た佳作だったのではないでしょうか。
 舞台では私はあやなが好きでせおっちには興味がないため田村麻呂には萌えなかったのですが、本当はこうして残され後の世を託される者の方がつらいしそこにこそ萌える私なので、小説ではそのあたりも楽しく読みました。あと鮮麻呂さまとか天玲さんとか御園とか、みんなとにかくめっちゃカッコ良くてよかったです。
 他の作品も読んでみたくなりました。
 
 



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