駒子の備忘録

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ELジェイムズ『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(ハヤカワ文庫全3巻)

2015年06月04日 | 乱読記/書名は行
 文学部の女子大生アナスタシア・スティールは、学生新聞の主筆の親友の代理で若き実業家クリスチャン・グレイをインタビューする。アナはハンサムで才気あふれるグレイに圧倒され、同時に強く惹きつけられる。グレイもアナに好意を持っている様子で、ふたりは急速に近づいていくが、実は彼にはある「ルール」があった…三部作の第一弾。

 すっごくおもしろく読みました。
 ぶっちゃけ、もっとただのSMポルノだと思っていたんですよね。それこそスポーツ新聞の風俗面のしょうもない小説みたいなイメージだったのです。そういうTLとかBLとかも仕事でたくさん読むので、その程度のノリなのかなーと思っていました。マミーポルノとして世界的にヒットしたのだという認識でもありましたし。
 でも、別にポルノではない。というかもっと純然たるロマンス小説だと思いました。世界観としてはセックス描写つきの少女漫画、というか。
 男女の普通の恋の物語を読むのももちろん楽しいです。でも個人的な好みとして、両思いなのに誤解とか障害とかがあってなかなか進展しない、という物語が好きなので、たとえば障害を身分差などに求めるときは私はヒストリカル・ロマンスなんかを読みます。
 同じノリで、障害を「同性だから」ということに求めるならBLを読みます。私が読むのは主に漫画で、BL小説をあり読んだことがないので、オススメがあればぜひ教えてください。
 で、この作品は地味な女子大生とイケメン大金持ちという組み合わせですが一応、普通の男女の物語です。しかしてその障害は、「相手がSM嗜好の持ち主だった」ということのみです。
 のみ、って言っちゃっていいのか? いいのです(笑)。
 まずすごく紳士的なんですよね、クリスチャンが。ちゃんと契約に則って、ルール内で関係を持とうと誠意を持って持ちかけてくる。だからアナもついつい譲歩しちゃうわけです。それくらいなら…みたいな。やったことないからやってみないとわからないし…みたいな。
 好きな人に求められるのは嬉しいものだし、好きな人を喜ばせたいと思ってしまうのも自然なことだし。
 でも…とか、だって…とか、迷いつつフラフラしつつ、意外にしたたかだったりかたくなだったり単に天然だったりするヒロインがまたおもしろくて、彼女の一人称で記述されることもあり、意外にじれじれとしか進まない物語を本当にワクテカと読み進めてしまいましたよ私は。
 思えばこのヒロインの造形が秀逸なのではないでしょうか。
 片親の家庭に育ちますが、養父からも愛情をたっぷり受けて、基本的には健康で健全に育った大学生で。学業に熱心で社会人になってからのプランもあって、恋愛には奥手でバージンで、着飾ったり女らしいことはやや苦手な文学少女。でもロマンティックな恋愛に憧れてはいる。親友は美人で社交家で小金持ちでジャーナリスト志望のイケイケで、性格が正反対でも仲良くやっている…現代アメリカに本当に生息しているのでしょうかこういう女性が? それともなんだかんだ言ってこういうタイプが結局のところヒロイン・キャラクターとして望まれているのかアメリカ社会では!? 要するに日本の古き良き少女漫画ヒロインですよねこれって??
 引っ込み思案で地味な少女が、学園一のプレイボーイに告白され、「ありのままのきみが好き」とか言われちゃって、彼はすべての元カノと手を切って彼女一途になる…何億回と描かれてきた少女漫画の黄金パターンです。この話は要するにそういう構造です。
 恋愛って、相手によって自分が変化することを受容できるかどうかが勝負なんじゃないかと思うことが私はあります。たいていは自分は変わらないまま相手を変えようとするのだけれど、現実にはそんなことは不可能で、むしろお互いがお互いのために少しずつ変化してかつそれを受け入れて、歩み寄り添い遂げられればそれが恋愛の成就なのではないかと思います。なので相手が「ありのままのきみが好き」と言って自分が変わらないでいられること、相手だけが変わってくれることなんてのはドリームにすぎないのですね。だからこそそういうフィクションが飽きもせず繰り返し創作されるわけですが。
 でも、この物語には、出会いによってお互いが変わっていく様子がリアリティを持って描かれていると思いました。アナがクリスチャンの「支配者と従属者という関係を持ちたい」という要望に流されてしまうだけではなくて、クリスチャンもアナの「普通のロマンティックな恋愛がしたい」という要望に応えていく。そこがいじらしいし読んでいてきゅんきゅんくるんですよね。
 セックス描写も世のロマンス小説の範囲内だと思いますし、プレイそのものもものすごく倒錯的だとは私には思えず、不快に思うこともありませんでした。
 ていうかヒロインの一人称で書かれているせいもあるけれど、支配者だのなんだの言ったって結局セックスって男性が女性に奉仕する形になるよね…? イヤそれも男性がより大きい快感を得るための手段なのかもしれませんが、要するに我々は異性の快感は感覚としてわからないので、女性読者はあくまでヒロインの快感を読書で追体験することになるわけで、ぶっちゃけそら楽しいに決まってますよね…?
 で、オチも妥当だなと思いました。
 続巻は、文庫になっていないというのもあるけれど、読まないかもしれません。クリスチャンの過去が明かされたりするらしいけれど、ふたりの間の問題はあくまで現在と未来にあるわけで、彼がこうなった経緯がわかろうとそれは変わらないので、やはりここで一度決着がついているのではないか…と個人的には思うからです。
 エリオットのキャラクターとかケイトとの関係とかは、もう少し知りたいところではありますけれどね。
 だからラストシーンにもう少し余韻があるとよかったのになあ、と思います。少なくとも編集者が工夫して、最終ページに余白を作るようにしてくれたらよかったのに。そうしたらページをめくったときに余白が目に入って、ああこれで終わるのねと意識しながら残りの文章が読めたのに、今のページ繰りは左ページの最終行まで文章があってめくったら解説、という構成なので、正直「えっ、これで終わり!?」と思ってしまいました。もちろんオチっぽいラストが書けていない作者が悪いのかもしれませんが。でも続巻へのヒキってほどでもないし、いかにも中途半端で残念でした。
 ボカシばかりだったという映画はどんなだったんだろうなあ。もっと心理戦ロマンスとして品良く作ればよかったんじゃないのかなあ。クリスチャンはホントにハンサムな俳優が演じたのかしら…
 ラノベなんかも一人称のものはアニメ化されたりしても原作の独特のノリが出ないもんなー。映像化というのも難しいものです。


 
 
コメント
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