katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

ゴッホ生誕160周年記念シャンパン芸術祭に行く

2013-04-13 03:19:25 | モザイク作家
かぐやとキウイとタピオカと日高氏と一緒に東京ド-ムホテルへ行く・・・・。

実はこの会社はモンゴルの件でお世話になった所で、日高氏も顔なじみになっている。
こう言ったものに参加するのは、この会社では2回目で、その時は日高氏とかぐやと、

もう1人一緒に4人で行ったのね・・・・今回は5人・・・1人減って2人増えた。
一番最初に行った時は日高氏と2人だったのね・・・・だから毎回増えている事になる。

そうね・・・何だろうね・・・ひとまずこんな感じだったのね・・・




以前、キウイに作らせて頂いた作品がラベルになっている。有難い話なのね・・・。
そうね・・・何しろ等身大の自分を観て貰う良い機会であって、どう感じるか?になる。

みんなはどう感じているのだろうか?・・・・ここにいる芸術家さんに見劣りはしていないだろうか?・・・・何しろ相当この分野の中では50の俺は若手に見える・・・・

その位、誰が観てもそう見える。そして、以前の俺を観ていたかぐやや日高氏には、
以前の俺よりも進歩しているように見えているのだろうか・・・・?

こんな事を常に考える。何も進歩していないように見えたのなら、その程度の人間であり
その程度で終わる人間なのである。どちらも・・・観た方も、観られた方も・・・。

共に成長しているのなら、あの時には感じられなかったものを感じるだろうし、
お互いの成長が同じ速度なら、差は見えない分、あの時のままになる・・・

ただ、もしかぐやや日高氏があの時の俺とは違うものに見えていたとしたら・・・・
俺は師匠として先人として、常に前を歩いているように見えたはずでもあるのだが・・・

何しろ腕は努力でそこそこ解決したとしても、その程度では明日が無い。
明日を切り開ける器の大きさって言うのは、精進し常に前を向く・・・そして、

日々の成長の為の過去の是正・・・人が増えたのなら、増えるのなら、その頂点に
立たせて貰えるだけの器を作らないとならない・・・・それには意識をして生きないと、

ぼやっと何と無くでは、時間が掛かるし、偶然待ちをしないとならない。
何でだろう・・・?とラッキ-の繰り返しで終わる人生はコリゴリなのである。

こんな1日をすべて満喫出来るのは、売れてから手に入れれば良い事で、今は一緒に
行く人間が増えた事、そして無事帰れた事、そして浮世場馴れした場所での刺激、

こんな程度で十分。自分に都合の良い1日を過ごすようでは修業にならない。
何しろ粗相の無いとは言わないが、少ない状況で終われればまずまずなのである。

そんな中、シュ-ルな出来事と言えば・・・・katsuさんのス-ツに革靴・・・・
初めて観たって・・・・あははははは。それもまた浮世場馴れってか・・・あははは。

いずれにせよ、明日で今回の行事もひとまず終了。

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