はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

母への想い

2020-08-31 14:12:48 | はがき随筆
 私、75歳。終戦の年の2月満州で生まれた。20代半ばの母は4歳の姉の手を引き、私を帯で抱きリュックを背負って引き揚げてきた。やがて母の母乳も出なくなり、私はやせて骨皮となり歩き始めるころには自由が利かず、成長期は食糧難で体も満足に発達せず大人になった。引き揚げ船の中では乳飲み子が亡くなり海に投げている人が多くいたと聞いた。母は私をあの時は可哀そうだったといつも言っていたと姉から聞かされた。自分の事より我が子を心配する母を何と強いんだろうと思う。不安と心細さはどんなものだっただろう。お蔭様で生きています。
 熊本県合志市 古城紀久子(75) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

坂道通学

2020-08-31 14:03:27 | はがき随筆
 7月の豪雨で道路の復旧工事が各地区で行われている。長年所用で通っていた坂道が通れず、早くも1カ月経ようとしているとき、小中高生の作文集を手にした。小原坂を通学している姿は何回も見ていたのに、こんな坂道にドラマがあったのだ。何十年前のわが身に重ねて思い出に浸った。登校時はスイスイ降り、帰宅時は魔の坂道になった。当時、早く帰宅し家事をせねばの一言に尽きた。時代は移り、家の事情も変わった。中学生の自転車通学を読み、懐かしく甘い感傷で胸がいっぱいになった。一生のよき思い出を作り、友と語り合ってください。
 鹿児島県鹿屋市 春野フキ子(70) 2020/8/31 毎日新聞鹿児島版掲載

謎の水たまり

2020-08-31 13:53:58 | はがき随筆
 私は飫肥の放流ゴイを世話するボランティアをしています。
 私は早朝に作業をしていますが、一つだけ気になることがありました。三カ所のコイの放流池の一番上流の場所の道路に時々水たまりがあることでした。私の清掃が不十分で近所の人が清掃してくれていると思っていました。
 ある朝、薄暗い中を散歩していたところ、一番上流の放流池に黒い鳥の影を発見しました。放流池に飛び込み狩りをしており、私に気付き飛び去っていきました。よく見るとアオサギで、水たまりを残していました。私の疑問は氷解しました。
 宮崎県日南市 宮田隆雄(69) 2020/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

横田滋さん

2020-08-31 13:34:51 | はがき随筆
 6月に横田滋さんが逝去された。当時13歳のめぐみさんが北朝鮮に拉致されたのは周知の事実。いまだ帰国がかなわず、どれほど無念だったか。前日に愛娘から誕生日祝いにとプレゼントされた櫛を大切に胸ポケットに忍ばせていた、と本紙にあった。写真の滋さんを目にして涙がほおを伝った。幸せな家族が一瞬にして奈落の底に突き落とされたのだ。心優しい娘が突然消えてしまうなんて考えられない。身を切られる思いで年を重ねてこられた家族会の皆さま、一日も早く取り戻せますようにと願っています。負けないでください。応援しています。
 鹿児島県鹿屋市 中鶴裕子(70) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

朝顔

2020-08-31 13:27:44 | はがき随筆
 朝起きると朝顔の写真を撮るために庭に降りる。朝のうちの数時間しか開いていないので油断するとすぐ閉じてしまう。また、雨が当たるだけでしおれる。
 日によって咲く花の配置が変わるので、ベストカットに出会うのはなかなか難しい。3.4輪がカメラのフレームに入るアングルを探す。ああ、今日も気に入らない。もう3日目だ。
 ふと傍らに、リュウキュウアサガオが咲いているのに気付いた。一日中咲いているし、花は多いしこちらで手を打つか……。いやいやこの花には朝顔のような趣がない。やはり明日もう一度朝顔の撮影に挑戦しよう。
 宮崎市 福島洋一(65) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

心優しい老婦人

2020-08-31 13:07:37 | はがき随筆
 ヂヂーと一声、一匹の蝉が落ちて来てそのままひっくり帰り動かなくなった。早朝、ラジオ体操に集まった人たちが蝉を取り囲み、輪になってのぞき込む。「熊蝉だ。ご臨終だね」と男の声。体操が始まる。
 間もなく一人の老婦人がよろけるようにして蝉に近づき、両手ですくい上げるようにして近くのケヤキの大樹のくぼみに運び寝かせる。「このままだと蟻地獄だよ、おやすみ」と、祈るようにして体操の輪に帰る。ほんの一瞬の出来事だったが、心優しい老婦人の後ろ姿が、いかにも美しく、まぶしいものに感じられた一瞬だった。
 熊本市中央区 木村寿昭(87) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

紅葉葵

2020-08-31 10:47:00 | はがき随筆
 紅葉葵が真っ赤な花をつけた。直径が20㌢もある大きな花。ゴルフ仲間の吉ちゃんが去年、「植えっぱなしで毎年咲くよ」と言って小さな苗をくれた。
 去年は1メートル足らずの草丈で花をつけた。冬場は影も形もみせない。春になって芽を出し、どんどん伸びて茎も太く、今年はつぼみもたくさんつけた。昨日は2個、鮮やかな赤色が雨に映えていた。
 「吉ちゃんの笑顔のようだ」と夫が笑う。私も笑った。吉ちゃんは一見、花とは無縁のような中年おじさんだから。
 「今年も咲いたよ」と報告するとニコッとした。
 宮崎県延岡市 島田千恵子(76) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

コンビニのお客さん

2020-08-31 10:29:49 | はがき随筆
 「あらまだいたのね」。久しぶり会ったお客さんに言われた。「来た時にいつもいないから辞めたのかと思ったけど、よかった」と。アルバイトの私のことを覚えていてくれたのがうれしかった。それからそのお客さんはほぼ毎週来てくれた。車で15~20分もかけて。他にお客さんがいないときはおしゃべりもした。
 ところが、この店は閉店し、もう一つの店舗の方へ行くことになった。すると、またそっちに方にも来てくれるようになった。辞めたくなる時もあったけど、そのお客さんのおかげで今もバイトを続けている。
 熊本市東区 山中愛花(18) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

嗚呼 結婚記念日

2020-08-31 10:22:06 | はがき随筆
 結婚記念日の朝を迎えた。妻からは一言もない。私もあえて黙っていた。昼前に「今日は何日?」「23日だよ」「あらあの日だわ」「そうだよ」。妻は買い物。帰りが遅い。きっと今夜のごちそうの買い物だ。思わず生唾を飲み込んだ。
 待ちに待った夕食。しかし、缶ビール2本、アジのフライ、冷やっこ、野菜サラダ、タコの酢の物。いつもと変わらない。乾杯でもと妻を待つが、食卓に着くや「まあ、冷えてておいしい」。箸の進まない私に「アジのフライは苦手だったわね」。結婚記念日も50回を超えるとこんなもんかっと。
 鹿児島県肝付町 吉井三男(78) 2020/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

雷光雷鳴

2020-08-31 10:12:41 | はがき随筆
 ひさしぶりの雷光雷鳴が来たのに、私は熟睡して、その大雷轟すら聞き逃してしまった。残念。確か4月か5月に一回、背中でごろんごろんぴかっと一発頂戴。いささか実が縮んだ。窓辺のレモンの大樹もいくばくの実を振り落としていた。
 あのしぶき降る雨は醍醐味がある。やがて天気が戻ると、まるで自分の身も心もすっきりして快気になり、庭の草花も鮮やかによみがえる。
 もすこし先ならあちこちから水蒸気が立ち上る一景もある。見逃し三振してしまった。が、これからあること。
 鹿児島市 東郷久子(85) 2020/8/28 毎日新聞鹿児島版掲載

古新聞

2020-08-31 10:03:18 | はがき随筆
 初夏の山道にシソに似た大きな葉を広げるイラクサがはびこる。触れるとさされる痛みを感じるのでこの名がある。
 新聞紙に挟んで仕上げたたくさんのイラクサ標本を取り囲んで植物研究会が始まった。熱気のこもった討論の中、分類が進む。延々3時間。やっと仲間に入れてもらった私は雰囲気に圧倒される。標本を挟んだ茶色に焼けた古新聞がめくられていく。
 突然、リーダーが新聞紙にメモられた筆字に「おやじの字だ! 俺7歳」。1974の日付だ。戦後間もないころに研究を始められていたお父様に続く先輩。情熱のお裾分けを頂いた。
 宮崎市 川畑昭子(77) 2020/8/27 毎日新聞鹿児島版掲載

第5の青春

2020-08-31 09:53:00 | はがき随筆
 とうとう満90歳になってしまった。寿の卒業とひねくれる一方でまだまだ若いという気持ちもある。出生、結婚、介護、夫の死と、大きく分けてそれに続く人生第5期の青春を迎えたと思っている。時代の波に翻弄されて私なりに今まで「見るべきほどのことは見つ」という感慨もあったけれど、新型コロナウイルス感染拡大という全く予期しなかった時代に遭遇してしまった。この難しい時代をどう生き抜くか。最後の青春期はそんなに長くはない。貴重な日々でもある。一日一日を楽しく感謝しながら、人生尚も春秋に富むと信じて大切に生きていきたい。
 熊本市中央区 増永陽(90) 2020/8/26 毎日新聞鹿児島版掲載

今昔物語

2020-08-25 10:53:15 | はがき随筆
 大雨の日、学校に迎えに来てくれない! 今テスト中なの、と孫娘から電話。家まで送りながら、瞬きのようなワイパーの仕草が昔をしのばせる。
 偶然、今日のBSの映画は懐かしい「クオ・ヴァディス」高3のテストの終わった日にこの推薦映画を友達3人で見て、一夜漬けの疲れをデボラ・カーの美しさに癒されたっけ。
 テストが終わりパンを焼いたと持ってきてくれた。料理は苦手と言ってたのにコロナで三密、息抜きはスマホ片手にパン作りだったと。色、味申し分ない。アッパレだ。この調子で臨機応変に生きてほしい。
 鹿児島県薩摩川内市 田中由利子(79) 2020/8/25 毎日新聞鹿児島版掲載

リンゴの花

2020-08-24 19:19:21 | はがき随筆
 隣の叔父の家が空き家になって、庭も畑も荒れ放題。見るに見かねて手入れをしてきた。
 桜が咲く頃、その畑のリンゴの木につぼみを見つけた。可憐な白い花を初めて見た。
 独身の頃、北海道に行く途中、太宰治の生家を訪ねた。汽車はリンゴ畑の中を走り、窓から手を伸ばせばリンゴに届きそうだった。リンゴ畑を抱くように鎮座する岩木山。花の光景を見たいと思った。心の絵となった。
 リンゴが気になり、何度も足を運ぶ。ある日、数個の小さな青い実を見つけた。梅雨や台風に耐えられるかな。果たして赤いリンゴを見られるだろうか。
 宮崎県串間市 武田ゆきえ(66) 2020/8/24 毎日新聞鹿児島版掲載

2020-08-24 19:11:08 | はがき随筆
 休日の書店で小学生とその祖母とおぼしき会話を耳にした。「マンガ本1冊とちゃんとした本も1冊選びなさい」とおばあちゃんの声。「ちゃんとした本って何?」すかさず返す男と子。そのやり取りがコミカルで、私は振り返りこそしなかったが思わずクスッと笑ってしまった。ふふふ。ちゃんとした本の定義などどうでもよい。おばあちゃんの、マンガを含めての読書観と、何よりも孫への愛があふれているではないか。少年の無邪気さと祖母の慈しみが書架に満ち、知らぬ人なれど私はその一時をいとおしく思った。
 熊本県八代市 廣野香代子(55) 2020/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載