はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

フルートを習って

2015-04-30 21:56:24 | 岩国エッセイサロンより

2015年4月30日 (木)

岩国市  会 員   横山 恵子

先日、88歳の母のためにフルートを吹いたら、「何の曲かわかるよ。『柿の木坂の家』じゃろう。音が伸びるようになったね」と喜んでくれた。
 習い始めて5年。初孫誕生がうれしくて「よし!フルートでハッピーバースデーを吹いてやろう」と思い立ったのだ。  
 ところが、最初はなかなか音が出ない。出るようになっても「この音で合ってますか?」と先生に何度聞いたことだろう。1年過ぎた頃、先生に「はじめはどうなるかと思ったけど、やろうという気持ちさえあれば年齢は関係ないと横山さんから教わりました」と言われ、面はゆかった。
 孫の1歳の誕生日、フルートを吹いたものの、孫はフルートよりケーキに夢中だった。竹馬の友の誕生日に吹くと「こんな誕生日、生まれて初めてよ」と喜んでくれた。
 学生時代、音楽は苦手だった。音痴だし、笛やハーモニカを満足に吹けた記憶はない。この年齢になって苦手科目をちょっぴり克服した気がする。何よりもフルートが、人生に彩りを添えてくれた。今は音色に恋している気分だ。忍耐強く教えて下さる先生に、感謝感謝である。
 (2015.04.29 朝日新聞「ひととき」掲載)岩国エッセイサロンより転載

置き土産?

2015-04-25 17:10:18 | 岩国エッセイサロンより
2015年4月25日 (土)

岩国市 会 員   横山 恵子

 先日、洗濯物を干そうと外に出た。陸橋手前で自転車が転がり、そばに男子高生が立っている。思わず「大丈夫?」と聞くと「大丈夫です」という返事。干し終わって見ると、まだ彼が居る。急ぎ薬などを持って走った。手の甲の皮がひどく剥がれて血がかなり出ていた。坂道でスピードを出し、柵にぶつかったのだろう。「部活に行くところでした。先に保健室に行きます」と言うので、特大パッドを貼った。
 それは亡き夫が晩年よく転ぶので常備していた。
 夫は「置き土産が役に立ったか」と苦笑いしているかも。
  (2015.04.25 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載

傍観者になるな

2015-04-22 20:27:15 | ペン&ぺん
 まさか、長崎市長選も無投票とは――。統一地方選第2ラウンド(後半戦)で県内は枕崎、阿久根、垂水の3市議選が19日告示され、いずれも選挙戦がスタートした。21日は2町長、5町村議選が告示されるが、今のところ、選挙となりそう。候補はそれぞれの地域が抱える問題や将来のビジョン、活性化策などを訴え、有権者も候補の考えを精査できる機会だ。
 今地方選首長、議員選そろって全国的に無投票が多くなっているのが懸念されている。投票率の低下と政党が候補補擁立できないのも心配。現職に対抗馬を立て、論戦を展開できるパワーや政策、人物が地域にない、いないのは残念。鹿児島と並ぶ全国屈指の観光地・長崎なのに。被爆地・ナガサキで自分こそが市のトップとなって、核廃絶や世界平和を訴えようと志のある人は、いなかったのだろうか。 会社の専売だからではないが、山田孝男・特別編集委員の本紙コラム「風知草」(20日付)を読まれただろうか。現筆再稼働と裁判所の判断についての考えを述べ、更に九州電力川内原発の運転差し止めの仮処分申請に対する決定が22日、鹿児島地裁で出ることを紹介している。
 全国版の日ラムで取り上げるということは、それだけ全国から注視される裁判所の判断なのだろう。コラムに「そもそも、厳罰再稼働を高唱する資格は、自宅に核廃棄物を受け入れる人間にしかない」とあった。私はこの4行にくぎ付けになった。フクシマ、チェルノブイリ(旧ソ連)などの原発事故で古里に住めなくなった人たちの思いや事故からの警鐘が理解出来ずに、傍観したままでいないだろうか、と。
 原発も統一地方選も決して人ごとではなく、やはり身近な私たちの問題として受け止めたい。傍観者をやめ、22日は当事者として真剣に原発問題を考える日にしたい。
  鹿児島支局長三嶋祐一郎 2015/4/21 毎日新聞鹿児島版掲載

可愛いしんちやん

2015-04-21 21:56:18 | 岩国エッセイサロンより
2015年4月21日 (火)

岩国市  会 員   稲本 康代

我が家には、「しんちゃん」と呼ぶ、チワワが1匹いる。昨年の春から同居した娘一家の連れ帰った室内犬である。訪問客の呼び鈴が鳴ると、大騒ぎで、家中を走り回って吠えたてる優秀な番犬。いやいや、彼は区別なく誰にでもかみつく。家主の私にも2度かみつき、驚きと痛さに腹が立ってしょうがなかった。

しかし、同じ屋根の下で暮らすのだから仲良くしようと、思い直し、餌付けとやさしく語りかける努力が実り、近ごろは、私の膝の上で丸く眠るようになった。でも、いつ豹変するか、背をなでながら緊張している私です。
 (2015.04.21 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載

初孫の旅立ち

2015-04-19 21:23:20 | はがき随筆
 東京に住む孫が、はるかに遠い赤道を越えた島国の高校に留学した。
 小さい時から春も夏も、休みはこっちで過ごし、寝つくまで背中をかかせる子でそれがまた、祖父を知らない私の至福の時でもあった。
 出発の前夜、布団の中で久しぶりに背中をかいてやりながら、「敦士よ、涙は見せるなよ」と言ったら、うなずきもせず黙っていた。だが、成田空港でいよいよ搭乗する時は多分、涙ぐんでいたのであろう。隠れるようにして人ごみの中に消えた。時々、あの時の寂しそうな婿の顔が目に浮かぶ。
 曽於市 新屋昌興 2015/4/17 毎日新聞鹿児島版掲載

咲いた咲いた

2015-04-18 16:02:42 | はがき随筆


 「さいた、さいたと言えば」。以前、宴会での問いに「サクラガサイタ」と20歳ほど年上の先輩は答え、私たちの世代は「チューリップの花が」答えた。
 3月の彼岸の入りから暖かい日が続いた。その日和に誘われるように、プランターに植えていたチューリップの花が開いた。黄色と赤の2種だった。
 娘の夫が大隅の知人から頂いた球根を、昨秋3球植えていた。もう1本は、まだつぼみを付ける寸前だ。彼岸明けから気温の急降下が予想されている。温度に敏感な植物だけに、開花は3月末か。白い花を咲かせ童謡のように赤、白、黄色となれ。
  鹿児島市 高橋誠 2015/4/18 毎日新聞鹿児島版掲載

ツワ

2015-04-16 18:06:32 | はがき随筆
 随分前に山に行った折、一株のツワを持ち帰り、庭の垣根の際に植えた。秋には黄色の花が咲き、タンポポのように綿毛を付けた種が風であちこち飛び、いつの間にか垣根の根元に株が増えた。春、株の中から薄い綿毛をまとった赤紫の茎が伸びた。柔らかいので手折り、熱湯をかけて皮を剥ぐと浅緑の茎が美しい。あくだしをして煮た味はこの時期しか味わえない山の味。足腰が弱り山歩きができなくなったが、敷地の中で取れてうれしかった。タラの芽、ウドやワラビが取れ、山道の土手はヨモギが一面、山菜の宝庫だった。山の景色が目に浮かぶ。
  出水市 年神貞子 2015/4/16 毎日新聞鹿児島版掲載

早期発見で治療を

2015-04-15 16:12:57 | ペン&ぺん


 12日投開票された県議選は悪い予感が的中、投票率は過去最低の48.78%だった。他県の多くの選挙も投票率が50%を割った。生活に身近な県議選、つまりは地方自治だ。選挙離れを深刻に受け止めなければならない。県内だって、川内原発やTPPに代表される農業問題、地域の過疎・高齢化など議論されるべき課題は山ほどあるはずだ。
 音楽プロデューサー、つんくさん(46)が喉頭がん治療で、声帯を摘出した報道に見入ってしまった。理由は二つあった。
 私の父も、私が子供の頃、喉頭がんを患った。声がかすれる症状が比較的早く現れたので、すぐに調べ、がんと分かった。父も当時48歳の働き盛り。事前の検査で、声帯の全摘を覚悟した。シベリア抑留経験者の父もさすがにショックだったようだ。いざ、喉を開くと声帯の全摘は免れた。術後に医師から、訓練で声が出ると聞かされた時のうれしそうな表情が忘れられない。命も声も助かった。手遅れならば、私の人生も変わっていただろう。もちろん、以前の声ではなく、かすれた声だったが、聞き取れた。
 次は、海上自衛隊鹿屋航空基地の「エアーメモリアル」前夜祭に登場した、つんくさんら「シャ乱Q」。「シングルベッド」「ズルい女」などのヒット曲で人気絶頂。1996(平成8)年5月、鹿屋に来てくれた。ステージの基地格納庫が観客で埋め尽くされたのを、今も覚えている。
 父は旧満州(現中国東北部)に渡った17歳からたばこを覚えた。吸えなかったのはシベリア抑留の4年間。結局、父は肺がんで75歳で逝った。医師は、喉頭がんも肺がんも父のがんの要因をたばこと指摘した。大好きだったから仕方がない、か。女性も乳がん、子宮がんなどが心配。つんく♂さんの快方を祈りつつ、読者の皆さんも我が子が可愛いと思うなら、早期に検診を受けてほしい。
  鹿児島支局長 三嶋祐一郎 2015/4/15 毎日新聞鹿児島版掲載

トンネルの出口

2015-04-15 16:03:14 | はがき随筆


 出水から汽車に乗り、東京で乗り継ぎ、津軽海峡を船で渡り、両親が札幌の結婚式場に来てくれた。結婚式が終わった夜、父が「みきえを連れて帰ろう」と言い、母も「出水に帰るなら今だよ」と泣きながら言った。両親のことが可哀相になり、私の心も揺らいだ。
 良き夫に恵まれ、幸せな生活が始まった。しかし、出口が遠くに見えるのにたどり着けない暗く長いトンネルを独りで歩く不思議な夢を数多く見ていた。
 両親の墓前で、幸せな家庭を築き、子供たちの巣立ちを報告した時、やっとトンネルから抜け出た気がして涙があふれた。
  札幌市 古井みきえ 2015/4/15 毎日新聞鹿児島版掲載
写真は津軽海峡

課外授業

2015-04-15 15:52:30 | はがき随筆
 早春の花が咲く紫尾の里。「泊野大好き絵画教室」で久しぶりに母校を訪れた。この地は本紙「~紫尾の山里は今~」に掲載された集落である。後輩との古里スケッチとあって、子供の頃のように心ワクワクして出掛けた。さあ「ナンゴツも楽しんでトイクンとオモシトかよ」と教室を始めた。まず目の前に広がる紫尾の風景を眺め、昔話の村と原風景の2枚を共同作業で「泊野大好き」力作が出来上がった。何気ない泊野の風景だが、ここには歴史の大きな流れがある。後輩たちには、この力作を通じて泊野を更に大好きになってほしい。
  さつま腸 小向井一成 2015/4/14 毎日新聞鹿児島版掲載

2015-04-13 16:40:46 | はがき随筆

 気が付くと目の前に夫が立っている。じっと私を見ているが言葉はない。「ごめんなさい」と胸に飛び込んだ私を強く抱きしめ「もういいんだよ」と言ってくれたような気がした。
 山や音楽を愛し健康に絶対の自信があった夫が、末期がんを宣告され、旅立つまで僅か半年。「重大な病気になぜ気付かなかったのか」。終わりのない後悔に押し潰されそうだった私を、彼は夢の中で許してくれた。
 「退院の前夜は春のセレナード」と詠み、希望をもって退院した夫だったが、最期の日々を自宅で過ごし、新緑の美しい6月、命の灯は静かに消えた。
  鹿屋市 西尾フミ子 2015/4/13 毎日新聞鹿児島版掲載

今年の桜

2015-04-12 20:41:18 | はがき随筆


 桜の開花情報に春を感じるぼくにとって、逸る心を抑えるのは難しい。向かった先は西都原古墳群。そこには古代人の墳丘が点在する台地に、満開の桜と菜の花が咲き乱れていた。
 押し寄せる人の波に驚くが、ここには納得させる景観がある。桜の巨木は思い切り枝を張り、盛り上がるように花を置く。一方菜の花は、広大な台地一面を黄色く染め、圧倒的な量で桜とのバランスを保っている。 墳丘に昇って視野を広げヒバリのさえずりを聞いていると春を独占したような気分になる。妻はまた来ようねを繰り返すしかないようだ。
  志布志市 若宮庸成 2015/4/12 毎日新聞鹿児島版掲載

年間賞に森園さん

2015-04-11 10:51:19 | 受賞作品

2014年度 はがき随筆 年間賞に森園さん
妻への限りない愛記す

 2014年度の「はがき随筆」年間賞に、鹿屋市寿、森園愛吉さんの「愛妻」(8月9日掲載)がえらばれた。作品に込められた夫婦愛などを聞いた。北九州市で5月30日に開催される第14回毎日はがき随筆大賞の選考作品として鹿児島版から「愛妻」が水仙される。また、今月12日午後1時から鹿児島市中央町の市勤労者交流センターで、年間賞の表彰式と毎日ペンクラブ鹿児島の総会を開く。【新開良一】

 61歳の時に病に倒れた妻ナミさん(88)への愛情といたわりがあふれる作品。「一命をとりとめて帰ってきてから、手にまひが残る家内に変わって、私が料理、洗濯、入浴介助など家事全般を16年間やりました」。淡々とした口調に自然体の夫婦愛がにじむ。
 はがき随筆への投稿は月1,2回。テーマは多岐にわたるが、妻への思いをつづったものが多い。「感謝、感謝です。だって、2人で苦労して今の家庭を築き上げてきたんです。うちの立役者はやっぱり家内です」
 夫婦二人三脚の生活が長く続いたが、ナミさんは今、高齢者施設で暮らす。施設に任せなければならないことへの申し訳なさ、不憫に思う気持ちを「その果てを知らない」と表現した。読む人に深い余韻を残す一言だ。
 年間賞受賞を「一生の宝」と喜ぶ。「少し耳が遠くなりました」と嘆くが、語り口はかくしゃくとして、歯切れもよい。顔色、表情も現在94歳とは思えない艶と張りがある。
 短歌集や歴史研究など著書も多い。周囲は「好奇心、向学心は人一倍」と評す。「まだいろいろな事を書きたいんです」。はがき随筆への情熱も、衰えることを知らない。

漢語多用し文体に効果

年間賞には、森園愛吉さんの「愛妻」を選びました。
 61歳で倒れた奥さまの、26年間にわたる看病の経過への感慨が内容になっています。16年間自宅での看病、それから10年施設での介護、一口に26年間といいますが、その間の日々の営みに、想像を絶するものがあったことは容易に理解できます。
 しかし、これほどの悲惨な内容を綴った文章ですが、その印象は、誤解を恐れずに言えば、男っぽいもので、さっぱりしています。それは、「心通う潤いもない砂漠に呻吟起居する妻の病状」というように、漢語を多用した文体の効果にあります。これは奥さまへの哀惜の感情が、「限りない不憫の情」と表現されているところにも表れています。そしてなによりも「その果てを知らない」と言い切って、文章を終わらせたところの効果は抜群です。
 それも人生と言ってしまえばそれまでですが、人生について多くのことを考えさせるものをもった内容です。
 ほかに、高橋宏明さんの「母の耳」、年神貞子さんの「ヤモリ」、内山陽子さんの「何を思うや」が、その内容の珍しさと優れた文章で目を引きました。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

別れの朝

2015-04-11 10:45:00 | はがき随筆
 45歳の春だった。別れの日の前夜、遠い道のりを送り届けたのは午前零時ごろ。小一時間をかけて帰宅し、お風呂を沸かして入り、床に就いたのは2時を過ぎていたろう。仮眠を取り、作らなくてもいいのにお弁当を作って、迎えに出たのは6時。
 彼を乗せ、橋の手前の信号で止まったら「寝不足だろう。運転しよう」と交代してくれた。うれしかったが、最後の最後に私に残した優しさなのかと思うと、胸が熱くなった。
 鹿児島の男性だから、言わなくても分かるだろう、というのは理解できる。でも、ささいな一言に女心は射貫かれるのだ。
  鹿児島市 本山るみ子 2015/4/11 毎日新聞鹿児島版掲載

頑張ってみる

2015-04-11 10:35:21 | はがき随筆
 まだ肌寒い3月初旬、急に留守をすることになった。仕事一直線の夫と、目も耳も不自由な老犬を残しては何とも不安だった。外食の嫌いな夫は卵焼きとみそ汁、煮魚の作り方を書くようにと。手際の悪さに思わず手を出したくなったが、頑張るという。定時の連絡には、忙しくてスーパーの総菜で遅い食事中とか。次の日も、次の日も総菜。洗濯はできたらしい。3月21日、帰りの電車で鹿児島の早い桜の開花宣言を知った。ヤマザクラも満開で春を一気に感じた。迎えの夫の顔も解放された感の満顔。できたはずの洗濯物は、ま~るく丸めてあった。
  阿久根市 的場豊子 2015/4/10 毎日新聞鹿児島版掲載