はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

医院待合室 私と同姓次次

2018-04-28 22:50:14 | 岩国エッセイサロンより
2018年4月26日 (木)
 岩国市  会 員   林 治子

 かかりつけの医院へ、月一回の診察に出かけた。午前中はいつも混んでいるが、その日は人が少ない。やった! と喜んでいると、診察室から「林さん、御大事に」とう声が聞こえてきた。出てきたのは私と同じ「林」姓の友人で、転んでけがをしたそうだ。

だんなさんが押す車いすに乗っていたが、大したけがではなかったと聞いて安心し、「夫婦仲良くていいじゃん」と冷やかしておいた。

しばらくして「林さん」と呼ばれた。立ち上がりかけると、隣の女性が「は~い」と返事をした。私より先に待っていた「林」さんだったのだ。そして次の人も、その次の人も「林さん」。呼ばれるたびに腰をうかしては、拍子抜けした。

帰り際、受付の中から「今日は、”林さん”が多かったね」と言う話し声が聞こえた。その一人である私にとっても、初めて体験する不思議な出来事だった。


(2018.04.26 読売新聞「私の日記から」掲載)

まなざし

2018-04-26 12:57:51 | はがき随筆


 なぜ心揺さぶられるのだろうか。指揮者に向かって開かれた21のかわいい唇。ちょこんと載った白いベレー帽と、赤いベストがライトに映える少年少女合唱団の定期演奏会。壮年コーラスも一緒になって歌うその言葉から、平和への祈りと被災者へのいたわりがじんわりと伝わってくる。うなずきつつリズムに合わせる聴衆の優しい表情。美しい水彩画が添えられた歌詞パネルが楽曲ごとに現れて、おかげで会場全体の合唱となる。ステージも観客も、そのまなざしがあまりにも真っすぐすぎて、胸がいっぱいになり、瞳が潤んだ2時間半だった。
  鹿児島県出水市 山下秀雄  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

花筏

2018-04-26 12:46:27 | はがき随筆


 桜が満開の頃、東京に住む息子を娘と訪ねたことがある。「お母さん、東京の桜もきれいだよ。江戸川公園に行ってみるといい」と普段無口な子が珍しいことを言う。ならばと行ってみた。公園は駅から数分のところにあった。林立するビルの間を川が流れている。
 橋の上から眺めていると、川にせりだした桜の花びらが、風に舞い落ちていく。その光景に感嘆の声を上げた。花びらは川面を埋めつくし流れていく。それが「花筏」であると知ったのは、後になってからだった。今も目に焼きついている花筏をもう一度見てみたい。
  宮崎市 石崎八千代  2018/4/26  毎日新聞鹿児島版掲載

天体望遠鏡

2018-04-26 12:33:38 | はがき随筆


 タカハシ製の天体望遠鏡を購入した。子供にではなく私の念願の品であった。
 ある日、澄んだ夜空に木星が輝いていたので、まだ慣れぬ手つきで望遠鏡を向けた。木星は、小さな錠剤くらいの大きさで、かすかに縞模様を確認することができた。そして、木星の周りに4個の衛星がキラキラ輝いているのが美しがった。しかし、何よりもその小さな光を取り巻いている暗黒の宇宙が、神秘というより不気味な空間としてひろがっており、恐怖が混じったような感動を覚えた。
 それは、今まで見たこともない深い闇の世界であった。
  熊本市北区 岡田政雄  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

春の庭

2018-04-26 12:23:14 | はがき随筆


 キョロッ、キョロッ、メジロの鳴きで庭に出た。枝いっぱいの梅の花。この様をポップコーンを振りかけたようだと友がいったが表現もさまざま、この枝にメジロが飛び交い、鮮やかなうぐいす色の羽が見事。まもなくこの辺りを縄張りにしているジョウビタキが低い枝に止まった。黒い羽に白い紋がくっきり、これもまた美しい眺めであった。庭を歩きまわる。低い枝を張った木の下に薄緑色のフキノトウがあちこち。隅にあるほた木に、シイタケが3個ついていた。桃色に咲いたホトケノザなど雑草が伸び、これらの景色に元気をもらい、春は全開する。
  鹿児島県 出水市 年神貞子  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

寡黙な女

2018-04-26 12:15:03 | はがき随筆
 春ウララの朝、起きると声が全く出ない。姉の呼びかけに応えたつもりが鯉のパクパク状態でかすれ音も発せない。初めての経験で面喰った。今年の風邪の一種なのか……。熱もなく喉の痛みもない。まるで小さなエイリアンが声帯にへばりついて意地悪をしているみたいだ。
 うっかりして、つい鳴った電話に出てしまい相手に迷惑や心配をかけてしまった。抗生物質薬をもらい数日後にようやく声が出始めたが、情報によると短期間では完治しないらしい。
 覚悟を決めた。当分は身ぶり手ぶりとメールを使い、ひたすら寡黙な女で過ごそう。
  宮崎市 藤田悦子  2018/4/26  毎日新聞鹿児島版掲載

春の庭

2018-04-26 12:06:37 | はがき随筆
 春の庭は、あまやかな予感が、明るい期待を抱かせ、何とはなく華やぎを感じる。柔らかな若葉が庭を彩りぬくもりが樹幹を巡るさやかな音さえ聞き取れそうだ。だが一瞬の間にもえ立ち、透かし模様を埋めて繁る。郁子はいま去年の葉を落とし、もう若葉と花つぼみが四方八方うるさく徒長してきた。そろそろ剪定せねばと思ったり、松の緑は整然と灯明のように愛らしく美しいが、もう少ししたら、葉摘みをせねば……と思ったり、また忙しくなりそうだ。私と草と木々とのたたかいの序章。楽しいような、つらいようなありがたい日々が今年も始まる。
  熊本県阿蘇市 北窓和代

茗荷の先輩

2018-04-26 10:59:10 | はがき随筆


 4月、昨年退職の先輩から頂いた茗荷の芽が出た。
 たった1本の芽に毎朝「よく出て来たな」と話し掛けながら喜んだ。1週間もするとさらに2本。「寂しくなくてよかったなあ」と話し掛けるとやがて6本に増えた。小猫の額ほどの庭の椿の木の下である。
 好きな人には「名」は「何」の如く自分の名前を忘れるくらい美味いと言われる。冷や奴や素麺、味噌汁の薬味としてなくてはならない存在である。
 先輩は私にとって薬味のような存在でもある。さりげなく的を得て、明日にはあっさりと忘れているという人柄である。
  宮崎市  杉田茂延  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

4月20日生まれの星座

2018-04-25 08:48:53 | はがき随筆
 誕生日による星座占い。4月20日生れを悩ませるのが占師により牡羊座と牡牛座に分かれていること。一方で「忙しい1日だが楽しい出会いも待っている」とあるのに対し「予想もせぬ間違いをしでかす。素直に謝って」という具合。外出は控えるべきか、と思案するはめに。片方だけ見るか、相反する両方とも信じるか。当たるも八卦、当たらぬも八卦。所詮占いなんてそんなものと割り切ればいいのかも……。
 こういいと占師には怒られようが、世の4月20日生れの皆さん、どうしてます? えっ? 
 気にしてない? さーすが。
  熊本市東区 中村弘之  2018/4/25 毎日新聞鹿児島版掲載

イチジク

2018-04-24 17:08:27 | 岩国エッセイサロンより


2018年4月24日 (火)
岩国市  会 員   角 智之

 転居前の我が家には大きなイチジクの木が数本あった。中学生のころ、空腹を紛らすため重宝したが、熟れかけの実をたくさん食べて口角がただれ、食事の時など口を開けるたびに痛くて困った記憶がある。
 平成になって間もなく台風で倒伏したが、6年前、イチジクに改良品種がたくさんあることを知り、今の住所へ植えてみようと思い通販で苗木を買った。
 昨年秋から収穫できるようになったが、まだ木が若く実も小ぶり。だがセールス文句にたがわず、とても甘い。秋の実に先駆け6月下旬に熟れる夏の実も大きく美味という。楽しみだ。
   (2018.04.24 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

心に残る植物観察会

2018-04-24 17:07:44 | 岩国エッセイサロンより
2018年4月24日 (火)
   岩国市   会 員   角 智之

 1979(昭和54)年、山口県周防大島町久賀(当時久賀町)の事務所へ転勤した。
 赴任先の先輩係長は山野草に詳しく、現在中国新聞 「防長路」面に「四季折々 やまぐちの花」を連載している山口植物学会会長の南敦先生と親交があった。その年のゴールデンウイークに先輩は先生を伴っての植物観察会を町内の源明山で計画し、私も参加した。
 先生から、瀬戸内海では島により自生している植物が少しずつ異なり、町内にも珍しい植物がたくさんあると聞いて驚いた。
 その中の数種は自生地が限られた大変希少なものだという。ある先輩から町内の沢でワサビの自生を見たという話を聞いたことがある。温暖で夜間は冷涼な気候が多様な植物を育んだのであろう。
 林道工事で盛り土の中にアケビらしいものが見つかった。根が残っていたため持ち帰って植えると93年ごろ、一度だけ茶褐色で丸い実を付けた。アケビとは異なるようだった。
 この時季になるといつも観察会を思い出している。

     (2018.04.24 中国新聞「広場」掲載)

旭日に願いを

2018-04-24 17:01:21 | はがき随筆
 


 日の出の時刻が早くなっている。水平線近くの雲が茜色に染まり、空の明るさが駆け足で増してくる。犬の散歩の間、光が走る瞬間まで一部始終を眺める。いつから拝むようになったかはっきりしないが、日の出に手を合わせるのが習慣になっていて、妻と並んで拝む。
 ぼくは来る日ごとに「穏やかと健やか」をくり返している。一年中、その時刻は変わらないので、暗い空に祈った日もある。明るさに春を感じ、健康の素晴らしさを味わう。赤く染まった頬を春の風が撫でてゆく。何の変哲もない一瞬だが、幸せを胸いっぱいに感じるのである。
  鹿児島県志布志市  若宮庸成 2018/4/24 毎日新聞鹿児島版掲載

心残り

2018-04-24 00:00:20 | はがき随筆
 亡き母が「いつか晴れの日に着るように」と用意してくれた着物がある。淡い紫色の地に桜の花が散った清楚な一枚だ。だが、桜模様の着物は着る季節が限られ、機会を得なかった。
 ある時、夫と出かけることになった海外で清掃の夕食会が予定されていた。「着物を持っていく?」と母がきいた。身軽に発ちたい私は、深い考えもなく否、と答えた。自分のその愚かさに気付いた葉会場で和服姿の人に会った時だ。ふいに胸が熱くなった。せっかくの母の思いを無にしてまったと。
 あの日の心残りは今も憂いとなって桜と一緒に戻ってくる。
  宮崎県延岡市  柳田 ケイコ018/4/23

ヒツジと散歩

2018-04-23 23:49:29 | はがき随筆


 春休み、孫と阿蘇ミルク牧場へ。ヒツジとお散歩体験ができるという。
 やってきたのは先ほどの「わくわくレース」でビリだったこうめちゃん。安心した孫娘2人で綱を引くが、こうめちゃんは草を見つけては、もぐもぐタイムの始まりで歩こうとしない。
 「ばあちゃん! 動かない」。ここは腕の見せどころと、首の近くを持って「おいで」と強く引くと歩き出した。歩きながらフンをしたり、おしっこをかけられそうになったりしながらも無事に終える。
 犬を飼いたがっててる2人によい経験になったようだ。
  熊本県宇土市  岩本俊子  2018/4/22 毎日新聞鹿児島版掲載

閉校記念式

2018-04-23 23:43:49 | はがき随筆
 3月に母校の閉校記念式に参列した。式典はまず全校児童43名の合唱から始まり、児童2人が切々と感謝とお別れのことばを述べて、会場の涙を誘った。
 午後のお別れ会では、高校生の和太鼓の演奏と、卒業生の歌う書道家・内村明日香さんが登場した。彼女は舞台で大きな紙に梅の花と「翔」の文字を大書し、子供たちの門出と成長を願うパフォーマンスを披露した。
 村や町や市に変わり、統廃合によって147年の歴史ある母校が消えてしまうのは寂しい。参列者の顔にも無念さが表れており、雨の中を何度も振り返りながら母校を後にした。
  鹿児島市 田中健一郎  2018/4/21 毎日新聞鹿児島版掲載