はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

掛け時計に寄せて

2021-07-30 14:56:29 | はがき随筆
 コロナ禍でお別れもできなかった亡夫のすぐ上の大阪の義姉。その義姉の忌明けの品に掛け時計を選ばせてもらった。1時間ごとにメロディーが流れる度に義姉のことを思う。結婚して始まった大阪での生活。義姉とは前後して母親となった。長女が生まれて3カ月の頃に私は盲腸炎になり、半月もの入院となった。その間、娘は義姉に預かってもらいありがたかった。その後、娘は義姉を見ると私の胸元を離れて、母乳が豊かであった義姉の方へにじり寄って行ったものだ。おおらかで面倒見が良くて、義兄も優しくて、私たち家族は甘えてばかりだった。
 鹿児島県霧島市 秋峯いくよ(81) 2021/7/29 毎日新聞鹿児島版掲載

深紅のアマリリス

2021-07-28 17:24:53 | はがき随筆
 とある日曜日、そぼ降る雨の中、友人が八重咲のアマリリスを届けてくれた。
 遠方なのに、ガラスの花瓶にたっぷりの水を入れて。すっくと伸びたくきに大輪の花が四つ開いている。まるで赤ちゃんの頭のようだった。球根から手塩にかけて育てたものを、惜しげもなく切り届けてくれた。その優しさに胸が熱くなった。
 この日からアマリリスへの関心が深まる。1週間もすると花びらの一つが、しぼみ始める。4日目にはすべてしぼんだ。1本のくきから開き、貴婦人の姿を連連想した私は、静かに生涯を閉じた花に、誇りさえ感じた。
 宮崎市 田原雅子(83) 2021/7/28 毎日新聞鹿児島版掲載

坊ガツルへ

2021-07-28 17:17:22 | はがき随筆
 時々登頂にこだわらない山歩きを楽しんでいる。梅雨明けの頃、二十数年ぶりに、くじゅう連山の坊ガツルを目指して歩いた。
 堂々とした山容の三俣山が真っ正面で迎えてくれる。雨ケ池越コースの森に入ると、鳥、セミ、カエルなどの鳴き声、それに風、せせらぎの音などが混じった森の音がワッと飛び込んでくる。肌に触れる風と木漏れ日が清々しかった。しばらく歩くと、遠くでカッコウの声がこだまし、近くでキツツキが木をたたいていた。
 帰りの車に乗ったら、ワクチン予約のことが頭に浮かんだ。
 熊本市北区 岡田政雄(73) 2021/7/27 毎日新聞鹿児島版掲載

国民の権利

2021-07-28 17:11:21 | はがき随筆
 二十歳で選挙権を得た時は、大人になったとうれしかった。当時は中央公民館などで立会演説会があり、各候補の主張を聞けた。早速行こうとした時、親から止められた。嫁入り前の娘が行ってはだめだと言うのだ。
 「何それ……」
 顔を見て声を聞かなきゃ誰に投票すべきか決められない。学生運動の嵐の余波で、若者が政治に関心を持つことが悪いかのような世間の雰囲気があった。それが今も若者の低投票率につながっているのだろうか。演説会には行けなかったが、投票を棄権したことは一度もない。意思を示せる大事な権利だから。
 鹿児島市 種子田真理(69) 2021/7/26 毎日新聞鹿児島版掲載

港にて

2021-07-28 16:32:16 | はがき随筆
 老い2人、頭がうまく働かない。気分転換にと出かけた港には、期せずして「にっぽん丸」が寄港していた。濃紺と純白の船体に赤いラインが走り貴公子のごとく美しいクルーズ船だ。これまでどんな海原を越えてきたのだろう。折しも正午。船内二階のダイニングはお昼時だ。
 夫と私もご機嫌うるわしくなって松林でランチを開いた。
 出港は午後4時と知り、時を待ち、見送ることにした。
 やがて夕映え。客船はどこか華やかに別れの汽笛を3回残してタグボートに従った。西日を背に船上の人と手を振り合う。
 優しい波でありますように。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(76) 2021/7/25 毎日新聞鹿児島版掲載

小学1年絵日記

2021-07-28 16:24:21 | はがき随筆
 「ケフカラナツヤスミデハヤオキクワイニイキマシタ」。75年前の絵日記に私が旧仮名遣いで書いています。 
 終戦の翌年、昭和21年の夏休み、空襲警報もなく、B29の飛来もなく、焼夷弾が降ってくる事もなく、物資不足の中にも絵日記から穏やかな日々がうかがいえます。日記帳はわら半紙を二つ折りにして、こよりで綴じています。親兄姉のぬくもりが胸にしみます。
 今年も夏休みが始まりました。新型コロナウイルス感染予防の中、知恵を絞って、穏やかな夏休みになる事を信じて、乗り切れますよう祈っています。
 熊本市東区 川嶋孝子(82) 2021/7/24 毎日新聞鹿児島版掲載

糸ノコとインスタ

2021-07-22 18:25:36 | はがき随筆
 夫は2年ほど前から、糸ノコで木工品を作っている。定年後の趣味として始めたものだが、いろいろな本を参考にたくさん作る。もともと手作りすることは好きな人だが、時間もたっぷりあり、次から次へと作品が増えていく。こんなに作ってどうするの? というほどだ。
 動物、花、おひな様、パズルなどで、中でも切り絵風の作品は見事だと思う。孫のおもちゃもたくさん作った。じいじ手作りのジグソーパズルは孫のお気に入りだ。最近は息子からインスタの指導を受け、あちこちの人とつながっている。思いのほか積極的なじいじである。
 宮崎市 高木真弓(67) 2021/7/22 毎日新聞鹿児島版掲載

微震

2021-07-22 18:17:49 | はがき随筆
  上空をヘリコプターが飛び、我が家の箪笥が微かに揺れた。これが毎日、時をおかずにある。もっと激しく酷く。沖縄の基地周辺に住む人々は大変だなと、今まで考えなかったことを考えた。世情かな。平和を満喫した時代は遠のき、平和をつなぎ留めたい時代が来たようだ。戦争と平和を繰り返す波グラフのどこかに艫綱の杭はあるのか。人は英知を誇るが、何も学んでいないような気がする。本当は自然に棲み分ける動物たちの方が賢くないか? 自分は争い事などに関わらず、静かに鍬を打つ人生で終わりたいが……。これも愚かて身勝手であろうか。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(66) 2021.7.21 毎日新聞鹿児島版掲載

素敵な墓地

2021-07-22 18:11:22 | はがき随筆
 コロナ禍で鹿児島市からは足が遠のいていたが、次男の妻のお父様の一周忌を前に墓参を思い立った。息子夫婦に連絡を取り、道案内を頼んだ。
 山の斜面のひとところ十数基ほどのお墓が肩を寄せ合っていた。線香を手向け孫たちのつつがない成長を報告し感謝した。
 お参りを終え振り向くと、眼下に素晴らしい景色が広がっていた。四方を山に囲まれた平地に小学校があり、植田が広がっていた。小学生の声が聞けて、稲の実りの様子が見える場所だ。良い所だなあと見とれていたら「良い所でしょう」とにこやかなお父様のお顔が浮かんだ。
 鹿児島県出水市 清水昌子(68) 2021/7/20 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆6月度

2021-07-22 16:49:33 | はがき随筆
月間賞に西嶋さん(熊本)
佳作は原田さん(熊本)、藤田さん(宮崎)、門倉さん(鹿児島)

はがき随筆6月度の受章者は次の皆さんでした。(敬称略)

【月間賞】 19日「心が小さくなる」西嶋千恵=熊本市南区
【佳 作】 13日「新茶の季節」原田初枝=熊本市中央区
      15日「ポテトティッシュ」藤田悦子=宮崎市
      26日「ホトトギス」門倉キヨ子=鹿児島県鹿屋市
  
 「心が小さくなる」は、子どもの頃に誰もが経験した遊びの終わりと、その時に覚える寂寥感について語っています。同意を求める語りかけは、小学4年の我が子に対するもののようにも、子ども時代の自分に向けてのもののようにも聞こえます。わが子を見守る母親の目を背後に持ちながら、自他の境界を溶解させ、現在と過去を往還する表現方法が、読む者それぞれの記憶を呼び起こし、共感を醸成します。
 「新茶の季節」は、かつて行われていたお茶の製造過程を回想し、いきいきと再現してみせました。摘み取った茶葉を釜で煎り、しんなりとなった葉を手でもみ、それを乾燥させる仕上げが続きます。手際よく進められる作業さながら、スピードとリズムをそなえた文体。そう感じさせるのは、私も高校生の頃まで手伝ったことがあるためかもしれません。しかし、そうした経験の有無にかかわりなく、当時に返って作者の弾む心は、多くの読者に伝わったことでしょう。
 なお、19日掲載の「天下一品のお茶」(渡邊布威)にも、製茶を手伝った経験が語られていて、同じく新茶の香りが立つような印象を残しました。
 「ポテトティッシュ?」。「ポケットティッシュは置いてありますか」と店員さんに尋ねて、菓子売り場に案内されたのは、マスク越しの言葉をポテトチップスと聞き間違えられたため。2人で笑いこけたとのことで、間違えを笑いに変える心のゆとりが、作品の軽妙さを作り出しています。
 「ホトトギス」は、心待ちにしていたホトトギスの鳴き声をようやく耳にし、空を翔るのを目にした時の嬉しさを綴った佳品。「私はもう聞きましたよ、あなたは?」と、初夏になると、平安時代の貴族社会でも初音の話題でもちきりでした。たしかに他とは紛れようもない、あの鳴き声を聞くと、なぜか心が浮き立ちます。そして人に告げずにはいられません。「チョンチョンチョンゲサ!」と聞きなす人があるとは、この度初めて知りました。
 熊本大学名誉教授
   森正人

好きだった人

2021-07-22 16:42:48 | はがき随筆
 中学生の頃、クラス委員をしていた男子を好きになった。見た目は普通、それでも好きだった。まじめで女子に優しかった。将来結婚するならこの人以外にはないと勝手に決めていたのだが……。卒業後、彼は県外に行き、そのまま忘れてしまった。
 再会したのは成人式のバスツアーでホテル見学の時。「いま大広間で結婚式やっていますよ」と聞き、見ると新郎新婦が会場の入り口に立っている。なんと新郎は彼ではないか。しかも新婦は同級生。そういえば2人ともクラス委員だった。初恋はむなしく消えた瞬間だった。
 宮崎市 藤田綾子(76) 2021/7/19 毎日新聞鹿児島版掲載

タマゴ

2021-07-22 16:32:29 | はがき随筆
 電気を消して寝室へ行こうとした時、「ほらほらタマゴ!」「ん? あらっほんと! タマゴだ!」外の光が床に落ちている鏡に反射して、かわいいタマゴみたいに天井で光っている。
 「ねえ、取って取って!」「届かないよ」。えいっ! とジャンプする娘を見て鏡を動かしてみた私。「ワッ-まって-こっちこっち!」「ママも取って-」「あっこっちだよ、ジャンプして」
 結局、いつもの遅い時間になってしまった。でも、まぁいいか。寝る前に何かしら楽しませてくれる。一日の終わりをハッピーにしてくれてありがとう。
 熊本市北区 弥久保江里子(42) 2021/7/18 毎日新聞鹿児島版掲載

手紙

2021-07-21 23:08:35 | はがき随筆
 6通になった彼女からの手紙はまことに美しい。手製の封筒に引かれる。ありがとう。まず一見して芸術的な色彩で、楽しい。文章はスルスルと滑るように明快で、詩的なリズム。
 上品で憧れる。人生の音色は楽し。古い髪のページを上手に生かし、読むと高揚感、
そして憧憬。
 コロナが終息したらお会いしたいと双方の願い湧く。私、まず生きていなければ。自然な年格好で良いから、生きていなければ……。かなえたいと思える幸せ。
 土曜か日曜になると、母を思うようにポストを確かめる私。
 鹿児島市 東郷久子(86) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載

雨上がり

2021-07-21 23:01:30 | はがき随筆
 宮崎市の妹が帰ってくるなり、「長雨が続いたから都井岬に行こう」と言う。久しぶりの晴れ間、気分もワクワクする。牧場に着いてビックリ、これほどの数の馬が出ているのを見たことがない。「すごい」。2人同時に声が出た。牧はすがすがしい空気に包まれ、ビロードのような柔らかな草に覆われている。洗い流された稜線はくっきり見え、馬も久しぶりの雨上がりを満喫しているようだ。
 観光客を見ていればハラハラすることがある。「ぬいぐるみではありません。いつ跳ねるか、駆け出すか分かりませんよ」。馬のなき声が聞こえる。
 宮崎県串間市 安山らく(69) 2021.7.17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

朝焼けは雨

2021-07-21 22:51:06 | はがき随筆
 朝5時、玄関へ新聞を取りに出る。東の空が完熟マンゴーみたいに真っ赤。終戦直後に住んだ熊本県山間部の俚諺「夏の朝焼け川を渡るな、秋の夕焼け鎌研いで待て」が、ふっと浮かぶ。朝焼けは天気が崩れる前兆との教えだった。ひどい夕立が来るかもと思ったが、その日は少しずれて深夜から本格的な降り。我が家は無事だったものの、テレビは緑川や球磨川の濁流映像を流していた。「鎌を研いで稲刈りに備えよ」とは、いかにも農耕民族らしい伝承。現代風にアレンジすると「車や農機具のチェックを怠りなく。遠出はダメ」あたりか。
 熊本市東区 中村弘之(85) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字