はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

秋の訪れ

2012-09-25 12:04:23 | はがき随筆


 日の出が6時ごろとなり、いつとなくセミ時雨が消えて静かな朝だ。早朝の空気が肌に冷たい。空気がうまい。草むらから虫の音が聞こえる。澄んだ声で「リーン」と鈴虫の音だ。右手を見ると、葉かげに紫紅色の花が咲いている。カズラの花だ。厳しい夏を乗り切ってけなげに咲いている。ふと目を移すと、彼岸花の芽が出ている。柔らかな芽なのに土を破る力がどこにあるのだろうか。
 人間の知恵ではつくれない自然の美しさだとしみじみ思う。過ぎ去った1年は早い。喜寿を過ぎ、残り少ない人生。青空を眺めながら生きていきたい。
  出水市 橋口礼子 2012/9/25 毎日新聞鹿児島版掲載

わっはっはっ

2012-09-25 11:50:39 | はがき随筆


 熱帯夜が明ける。開け放たれたカーテンの向こうで、十数輪の淡い紫色の朝顔の花が「おはよう」の声をかけてくれる。そのかれんな花も数時間のうちにしぼみ、先ほどの清らかな姿はもうない。朝顔はたくさんの種を宿し満足なのだ。やがて無数の種は地面に落ち、来年の夏には確実に清らかな顔を見せる。
 古希は迎えたが、この世に残した物など何もない。無為に70年を過ごしただけか…。
 「いや、違う。2人の子供を育て、孫までいるじゃないか。次への命をつないだではないか、凡人三男万歳! これで上出来だよ」と一人高笑いする。
  肝付町 吉井三男 2012/9/24 毎日新聞鹿児島版掲載

何とか…

2012-09-25 11:43:55 | はがき随筆
 千葉市内に住む娘。体調がすぐれないという。「どうだ」と尋ねると「何とかやっているよ」。昔の職場の先輩に出会った。今は一人暮らしだと聞いている。「お元気ですか」「何とか」。この何とかという言葉、どう受け止めればよいのだ。まるで蜃気楼のようだ。 
 紆余曲折があったわが人生。何とか年々重ねてきた。今のわが座右は「健康で」だ。何も背伸びすることはない。
 今夜も睡魔に襲われる時間になった。目を閉じ「今日も何とか……」と振り返り、ありがとう。この言葉を大事にして生きよう。
  姶良市 山下恰 2012/9/23 毎日新聞鹿児島版掲載

あなたへ

2012-09-25 11:33:43 | はがき随筆
 評判の映画「あなたへ」を家内とみました。高倉健さんと田中裕子さんは淡々と夫婦を演じています。主人公は訳ありの人たちと出会い、律儀に相談にのりながら旅を続けます。知人は門司港で映画資料館を開いています。健さんが撮影の合間に訪ねてくれて、とても礼儀正しかったと話していました。
 先日、天文館の酒場で田中裕子さんを見かけました。スタッフと一緒で、町で出会ってもきづかないほど地味な方でした。
 映画では妻から夫への最後の手紙は「さようなら」の一言。短い言葉ほど人の心を打つのかもしれません。
  鹿児島市 田中健一郎 2012/9/22 毎日新聞鹿児島版掲載

鳥と魚そして私

2012-09-25 11:15:44 | はがき随筆


 雨期も過ぎて脇田川の水もきれいになった。コイもゆっくりと群れをなして泳いでいる。「バサッ」と川の草むらで大きな音がしたのでのぞき込むと、突然白サギが羽を広げて飛び立った。くちばしには、うろこをキラキラさせているコイが。すると今度は空から1羽のカラスがそのコイを狙って襲ってきた。白サギはかわすことができない。脇田川は狭く両岸は高く、石垣でできている。コイも必死に暴れる。白サギは前に進むしかない。三者三様の戦いは続き川上の方へ消えていった。家に帰る道すがら私は、つくづく人間でよかったと思った。
  鹿児島市 野幸祐 2012/9/20 毎日新聞鹿児島版掲載






アオイトトンボ

2012-09-25 11:08:07 | はがき随筆


 菜園の縁をニラで囲っている。今、ニラの葉の間から30㌢あまりの花茎を出し、頭頂に白い小さな花が球場に集まって咲いている。この花が咲くころ、アオイトトンボが花の上を群れて飛ぶ。薄い羽に腹の先は青。それがまるで小さなトルコ石をつけたようだ。群れ飛ぶ様はその腹だけが目立って美しい。
 今年はどうしたことか、ようやく1匹見つけた。毎年、花のあたりをいくつもの群れが飛んでいた。場所を変えてどこかで飛んでいるのか、それとも異常気象のせいか、人間の営みによる減少か。巡る季節に1匹のアオイトトンボをいとしく思う。
  出水市 年神貞子 2012/9/21 毎日新聞鹿児島版掲載

ただ今奮闘中!

2012-09-25 10:44:51 | はがき随筆


 パチッと目が合った。“しまった”とオクラが身構える。容赦なく摘み取っていく。バケツの中から、どよめきに似た歓声が聞こえるようだ。早朝のオクラ畑は、光と影が織りなす不思議なウエーブの迷路となる。遊ぶには格好の場である。
 オクラは特臭を放ち、葉脈はほんのり桜色。浅黄色の花は上品で、心が和む。ヌルッとしてトゲがある。摘み取られずにウドのように大きくなったオクラがあざ笑いながら、通せんぼをする。
 今日も探検隊気取りのいでたちで摘み取りに挑む。チクッとやられないように!
  指宿市 池元民子 2012/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

傘寿を前に

2012-09-25 10:25:46 | はがき随筆


 9月末に傘寿を迎える。八十路の山を越える喜びを強く感じる。日を計算して2万9200日、時間にして78万時間を生きたことになる。5.15事件が起きた昭和7年の生まれ。自分史を早送りすると、旧満州で5年過ごし、小中高で9回転校している。
 サラリーマン20年、自営29年。決して平凡でない「喜怒哀楽」を経験して今にいたる。小さい時より病弱で親に限りなく心配をかけた。今あるのは父母や周りのお陰だ。今日を深く感謝し、傘寿という幸運を機械に、残りの人生を平凡で心豊かに過ごしたいと願う。
  鹿屋市 小幡晋一郎 2012/9/18 毎日新聞

「五十回忌過ぎても友達」

2012-09-25 00:53:14 | 岩国エッセイサロンより
岩国市  会 員   横山 恵子

 この夏、地元の山あいにある祖父母の墓参りをした時のこと。仲良しだった幼なじみの女の子、Sちゃんを思い出した。
 
 Sちゃんは小学3年の夏休み、川で溺れて帰らぬ人になった。彼女のお母さんが、横たわる亡きがらに話しかけたり体をなでさすったりする様子を見て、つらかった。その後、道端でお母さんと会う度に「大きくなったね」と言われ、返答に困ったものだった。
 あれから何十年たったろう。私は思い切ってSちゃん宅を訪ねた。90歳で一人暮らしだというお母さんは一瞬驚いたが、すぐに懐かしそうに私を見つめ、「Sが生きていたら時々帰ってきて家の片づけをしてくれただろうに……」と話した。

一昨年に五十回忌を迎えたとのこと。私は仏壇に手を合わせ、笑顔の遺影をなでた。Sちゃんはお母さんの心の中で、生き続けているんだね。ずっと友達だよ。
 (2012.08.28 読売新聞「私の日記から」掲載)岩国エッセイサロンより転載

月下美人で近所と縁

2012-09-25 00:49:58 | 岩国エッセイサロンより


 岩国市 会 員   山本 一

庭の月下美人が9個の蕾をつけ、白い花弁が見えてきた。「今夜咲きます」の合図だ。

急きょ「月下美人が今夜咲きます。都合が良ければ、午後7時時すぎからお越し下さい。開花を待ちながら談笑しましょう」と近所に連絡。5家族8名が集まった。

予想通り午後8時ころには三分咲き、10時ころには八分、午前0時には満開となった。

9個が一斉に開花し、一夜限りの神秘的な花。開花状況を確認しながらも話はつきない。もちろん酒の準備も万端。飲み会の様相も呈する。

昨年も9月中旬に13個咲き、ご近所の方々と同様の交流をした。

ここは最近造成された小さな団地で、わが家も含め大半は老人ばかりの世帯。時代が変わり、昔のように濃密な付き合いは望まないが、縁があっての近所だ。

困ったことがあれば助け合い、楽しいことは共有したい。月下美人が取り持つ縁で、ささやかに思いが形にできた。

(2012.09.21中国新聞「広場」掲載)岩国エッセイサロンより転載

モッチョム岳

2012-09-17 14:45:14 | はがき随筆


 ガソリンを入れようと、ガソリンスタンドに車を止めると、車窓の向こうに何と、モッチョム岳がきれいに見えた。山のてっぺんはとんがっていて、山肌が見える。ごつごつとした岩。険しい山だが、その姿はりんとして何とも美しく、聖なる山という感じがする。 千尋の滝に行った時、モッチョム岳登山口の看板を見つけ、ここから登るんだなと思ったが、眺めているだけにしておこう。千尋の滝は、流れ落ちる滝も一枚岩も、それはそれは見事だ。間近に見たモッチョム岳は、みんなの幸せを願い、見守っているように見えた。
  屋久島町 山岡淳子 2012/9/17 毎日新聞鹿児島版掲載

いたずらか

2012-09-16 19:38:14 | はがき随筆
 ここ2年くらい、週に2~3回は川内に行く。西方を過ぎてしばらくすると、西郷隆盛も入ったという川内高城温泉がある。道路標識のヨコには、露天風呂に入った西郷さんの像も。像が置かれた後のものか、頭にマメタオルを、首にはいかにも「いい湯だな~」を思わせるタオルをまいている。
 ところが、いつの日か、目に眼帯をしていた。それが風雨にさらされ、耳にかけていたゴムひもがずんだれてきた。なんと目玉が取れて空洞になっていた。いたずらで開いた穴か、眼帯をしたのがいたずらか。いたずらもいろいろ。
  阿久根市 的場豊子 2012/9/16 毎日新聞鹿児島版掲載

私も主役?

2012-09-15 18:39:16 | はがき随筆


 長身の花嫁は裾の長い純白のウェディングドレスに身を包みダイヤのように輝いていた。
 大阪での孫娘の結婚式に出席した。披露宴もたけななわ。突然、私の名前が呼ばれ「大好きなおばあちゃん正面においでください」とのアナウンス。
 正面に待つ花嫁と腕を組む。嵐のような拍手を浴びながら、場内を歩くことになった。
 もしかして私も主役? みたいな錯覚に舞い上がっていた。しかし、ドレスの裾が足元にまとわり付き、つんのめりそうになり思わず苦笑する。
 温かい拍手、感動的なサプライズは最高の思い出となった。
  鹿児島市 竹之内美知子 2012/9/15 毎日新聞鹿児島版掲載

壊れたカメラ

2012-09-15 18:22:26 | はがき随筆


 夏、愛用のカメラが壊れた。フイルムを入れるとジーという巻く音がすぐに止まり、数字が3と出た。「なんで!」。シャッターを押すと3回でジ・エンド。念のため新しいフイルムで試みるが結果は同じ。原因はカメラを落としたせい? 金属疲労? カメラ店で調べてもらうと、フイルムが正常に巻かれず、ネガの被写体もピント外れとのこと。メーカーに修理を頼むと費用がかさむという。やむなく使い続ける事をあきらめた。20年近く喜怒哀楽を記念に残してくれた一眼レフ。6月に孤高の麗花・月下美人を撮ったのが相棒の遺作になった。
  出水市 清田文雄 2012/9/13 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆8月度

2012-09-15 17:45:35 | 受賞作品
 はがき随筆8月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】15日「白いスニーカー」竹之内美知子(78)=鹿児島市
【佳 作】26日「半歩でも前へ」種子田真理(60)=鹿児島市
▽30日「ソウメンカボチャ」年神貞子(76)=出水市


 白いスニーカー 梅雨の晴れ間に、亡夫の残したスニーカーをベランダでほしあげ、陽光を浴びたスニーカーをそっと履いてみた。その瞬間に亡夫の姿がよみがえったという、一瞬の感覚を捉えた優れた文章です。スニーカーの白、太陽を吸った靴の温かさとその感触、それらの感覚が合わさって、夫婦愛を懐かしく漂わせています。
半歩でも前へ 地デジ化以来、テレビ離れし、読書にいそしんでいる。すると、自分の未熟さに気づかされ、その克服に悪戦苦闘している、という内容です。テレビ無しの生活が幸いしました。人は努めている間は迷うものだ、とはゲーテの言葉です。前進していってください。
 ソウメンカボチャ 年神さんの描写力にはいつも感心します。ソウメンカボチャの生育、収穫、食材などの模様が色彩豊かに描写されています。このような文章が書けるのは、観察の細やかさに基づくものに違いありません。
 他に4編を紹介します。
 武田静瞭さんの「撮った!」は、夜しか咲かない月下美人の花の撮影に成功した喜びが書かれています。他人には些細なことかもしれませんが、本人にとってはやはり幸福な瞬間です。
 畠中大喜さんの「裸電球の夏」は、節電騒動につけても、敗戦直後の窮乏生活が思い出され、むしろ懐かしいという内容です。あの頃を体験した人も少なくなってきました。
 内山陽子さんの「ゴーヤー」は、ゴーヤーの苦みに馴れたのが、義母の葬式の弁当を食べた時だったという、意外性で読ませる文章です。「人は悲しい時にもおなかがすくものだ」という感慨はリアルな発見ですね。
 高野幸祐さんの「身勝手な男」は、その飄逸さが素晴らしいと感じました。アパートの1人暮らしの無聊を慰めようと買って来たグアバの鉢植えが伸び過ぎてしまい、グアバからどうするつもりだと問われて、困惑している心境が書かれています。

(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)