はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

今昔

2018-08-30 15:26:30 | はがき随筆


 朝まだき、川のせせらぎに誘わるるまま白髪の老人が一人川辺りを歩く。その昔は、ピチピチとはじけるような若さがあった。仕立て屋さんで洋服を作り、ハイヒールも軽やかだった。
 縁あって山口から鹿児島に嫁ぎ半世紀が過ぎた。夫は肺結核が再発し、一粒ダネの娘をのこし身まかった。娘に婿を迎え2人の子を授かり、今春孫娘は京都の大学へ、息子は高校へ。義母を見送り、婿に代替わりして私の役目も終わった。今、高血圧が悩ましい。〝案じるでない。案じれば案じの理がまわる。喜べ、喜んで喜びの種をまくのだ〟と内なる声が聞こえる。
 鹿児島市 内山陽子(81) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

忘れられたメガネ 

2018-08-30 15:15:24 | はがき随筆


 机の引き出しの奥から黒縁のメガネが出てきた。まさか。
 夫の老眼鏡だ。あの日、どうして棺に納めなかったのか悔やまれる。愛読していた藤沢修平の文庫本は入れたのに。
 夫はよく、メガネを置き忘れる人だった。「誰か俺のメガネを知らんかよ」。頭に掛けていることも気がつかず、皆で大笑いしたことがある。
 手に取ってそっと口づけしてみる。2年も前から誰の目にも触れずに、放って置かれたメガネだ。匂いなど残っているはずもない。手を伸ばせば届くところに置き、時折掛けてみる。今の私にちょうど合う。
 宮崎県延岡市 川ナハツ子(73) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

秋の七草

2018-08-30 14:59:20 | はがき随筆


 萩尾花、桔梗撫子、女郎花、葛藤袴、秋の七草。
 雄花はススキだそうな。その他の名前は知っているが、どんな花が咲くのか知らない。
 奈良時代には桔梗ではなくて朝顔も入れてあったそうだ。
 秋の花を耳にすると、私がまず思い出すのは野草は畑のあぜ道や川岸の土堤などで見かける彼岸花。これを七草の中に入れてほしいと思うがどうだろうか。
 地球が温暖化している現在、夏の猛暑は耐え難くて各地で発生した豪雨の被害も甚大であった。秋の彼岸が近くなったから、我が家の庭に赤、白、黄色の彼岸花が咲くことだろう。
 熊本市東区 竹本伸二(90) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

体操教室

2018-08-30 14:44:11 | はがき随筆


 先日テレビで「寝たきり予防」の番組を見ました。いつも運動する夫と、運動は苦手で習い事に通う妻の健康チェックをした結果、夫より妻の方が「寝たきり度」が低かったのです。寝たきり予防には人とのつながりが大切だとわかりました。
 定年後、健康生きがいづくりの研修に参加し、仲間づくりをしてきました。2009年から体操教室のスタッフになり、毎月2回女性講師がエアロビクス、ストレッチ体操、私はラジオ体操とマジックの担当です。お茶の時間は会員のおしゃべりも弾みます。最後はスクラムを組んで笑顔で解散しています。
  鹿児島市 田中健一郎(80) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

ガタガタ4

2018-08-30 14:35:08 | はがき随筆
 爺4人でGG4。励まし合いの会だ。75でまだ元気だと自慢していたら「80になったら、どこかにガタがくるよ」と、先輩から注意されていた。
 念のため検診。つまった血管が見つかり薬を飲み始めた。その後はじめてのインフルエンザが治ったら、突然身動きできない腰痛で、どうしようもないほど難儀した。先輩は「ガタの仲間が出来た」と喜んだ。
 しかし頭に6本刺した針治療が聞いて魔法の如く治った。先輩は「ガタの仲間が減った」の一言だ。「ガックーン」
 今、帯状疱疹で悩む。まさしくガタが大分続いて来た!
 宮崎市 貞原信義(80) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

熊本

2018-08-30 14:18:18 | はがき随筆


 熊本に単身赴任して40年近く。東京とは異なり、緑は多く、車で1時間かくらい遠出をすれば海(有明海)にも阿蘇の山々にも行き着く。
 おまけに現在は11階建てマンションの6階に住んでいるが、前には小さな公園もあり、ベランダには草木を植えて緑がいっぱい。朝は小鳥、ハト、カラスの声で起こされ、新聞受けのコトリという音に「起きねば」と思う。
 猛暑の熊本だがこずえを通る風はさわやか。ビルに当たってはけるムッとした風とは違う。田舎生活を一生続けるつもりだ。
  熊本市中央区 小松一三(83) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

アナログ生活へ

2018-08-30 14:02:44 | はがき随筆


ファクス付きの電話が壊れた。買い買える間にと押し入れから40年前の電話機を取り出して接続した。クリーム色のダイヤル式である。
 やって来た小学生の孫たちが「ワッ、昔の電話だ」と喜んで早速電話ごっこの始まり。携帯ならパッと一押しなのに、指で一つずつ回さねばならない。「ちょっとお待ち下さい」と言ってオルゴールの音を聞かせる。十分楽しんだようだ。
 「○○さんから電話です」と言ってはくれないが、何だか静かな生活に戻ったような気がする。当分このままにしようかな。
 熊本県宇土市 岩本俊子(69) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

幸福感

2018-08-29 22:28:25 | はがき随筆
 介護施設のヘルパーさんに押されて車椅子の老女が外来に現れた。かかりつけ医の待合室でその様子を見るともなく見ててた私の視線は、その後の彼女のしぐさにくぎ付けになる。
 車椅子から10㌢ほど離れて立っていたヘルパーさんのエプロンを老女がつまんでしずかに引き寄せた。老女の顔に表情はない。そして静かに頭を傾け、そのまま預けた。幼女が母親に甘えるように……。こども返りした老女と清楚な女性。かくも穏やかな光景をかつて見たことがない。
 心に満ちてくる幸福感に包まれて私は帰途についた。
  鹿児島県霧島市 久野茂樹(68) 2018/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

気に入りました

2018-08-29 21:58:32 | はがき随筆


「今日の昼はあそこにしよう」。でかける前から夫と話していた。行くたびに定休日で、今回はまだ2回目である。
 初めてと同様、私は揚げナスおろし冷やしうどんを注文した。
 格子状の切り込みが入った佐土原ナスはふっくらと仕上がって美しい黄緑色だ。色どりよく添えられた薬味と細いうどん。しっかり冷えた皿に盛られ、私は「うまいわあ」と何度も夫に行った。
 昼は毎日でも麺でいいという夫はこの日天ざるを注文し、幸せ顔でたいらげた。
 「ね、次はあなたも揚げナス冷やしそばにしてみない?」
  宮崎県高鍋町 井手口あけみ(69) 2018/8/28 毎日新聞鹿児島版掲載

川に遊ぶ

2018-08-29 07:52:00 | はがき随筆


 小・中学校の夏休みは、近くの川で泳ぐことが日課だった。
 川の水は冷たく、長く泳いでいると体が冷えて唇が真っ青になるので河原で甲羅干しをして体を温めた。家で育ったキュウリを川の中で投げて遊び、ほどよく冷えたところでかじった。川は天然の冷蔵庫でもあった。流れの砂地に立つと足の裏に魚が潜ってくることもあった。
 夏には自然豊かな川に水しぶきがたち歓声が上がったが故郷は過疎と少子化が進み、そこから子供たちの姿が消えて久しいという。再び川岸に子供たちの歓声が戻り地方創生の日が来ることはないのだろうか。
 熊本市北区 西洋史(68) 2018/8/27 毎日新聞鹿児島版掲載

あの頃の私

2018-08-29 07:44:41 | はがき随筆
 時々思い出すのは55歳から7年間勤務した課のこと。特定健康診査が本格的に始まり、予約の電話に追われる毎日。夕方5時から個人登録をして予約入力し、案内文と問診票を送付する。その合間に? 本来の業務。一日が何時間あっても足りない。
 パート職員も協力してくれたが、私の帰宅は遅くなるばかり。家に着いたら日付が変わるのは毎度のことで、立ったまま台所で出前弁当の残りを食べ、シャワーを浴びて泥のように眠った。3年で15㌔の体重減もむべなるかな、である。50代後半でよく耐えたなあ、と自身にねぎらいの言葉をかけたい。
 鹿児島市 本山るみ子(65) 2018/8/26 毎日新聞鹿児島版掲載

笑顔のコンサート

2018-08-29 07:36:06 | はがき随筆
 「楽しく笑顔で歌うのが一番です」。コンサートを控え優しくアドバイスするT先生。髪のウエーブが肩に揺れ、レースのワンピースが良く似合う。
 先生がコーラスグループのテーマソングを作詞作曲された。「生きているのだからいろんな事があるでしょう。寄り添うはずの人も傷つけ傷つけられ、そんな時泣いて、笑って、歌って……」。歌う度、出会った人の面影が一つ、また一つと浮かび、私の胸をジーンと熱くする。
 仲間とハーモニーを奏でる楽しさ、熱中するうれしさ。今ここにいる幸せ。感謝の歌声にしてコンサートは笑顔で歌った。
 宮崎県日南市 矢野博子(68)2018/8/25 毎日新聞鹿児島版掲載

夏の宵寝

2018-08-29 07:20:18 | はがき随筆


 連日の猛暑にも、風に雲に秋を感じる阿蘇盆地。木々にゆらぐ月明かりを頭に、開けた窓から流れ込む冷風を足裏に感じて眠る。熱帯夜も秋虫は涼しげに鳴く。こんな時は阿蘇人でよかったと思う。厳しさも甘さも自然は自在だ。めいは今年家を建てるが「庭はいらない」と言う。その感性に、今人だなぁと私は思う。手をかける収穫や汗まみれの爽快さを彼らは知ることはないか? 晴耕雨読が喜びの世代は消えていく。自然が絶対優先の時が迫れば、現代人は自然と文明の均衡をどう持続させるだろう。誰もが機械だよりの世界とは不安なものだ。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(63) 2018/8/24 毎日新聞鹿児島版掲載

ぼくの夏

2018-08-23 16:13:42 | はがき随筆


 ぼくは8月生まれで夏が好きだ。暑さを嫌う人には理解できないと思うが、その暑さがいいのである。苦にならなかった暑さに異変を感じたのは去年の夏、体にこたえるようになった。
 温暖化も顕著だし、春が早く終わり秋がなかなか来ない。年のことは言いたくないがそれもあるのだろう。今年もゆでるような暑さが来た。でも暑い夏を嫌悪する気にはならない。思い出多い季節だから。空襲の恐怖から解放された暑い日から、今に至る夏の思い出は数え出したら切りがない。もちろん燃えるような恋も。さて、今年の夏は何を残してくれるかしら……。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(78) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

昔のおはなし

2018-08-23 15:46:25 | はがき随筆


 豆腐売りのラッパが聞こえると鍋を持って表へ急ぐ。昔は自転車の荷台か、リヤカーを引きラッパを吹いてまわってきていた。今スーパーに並んでいる食料品のすべてば昔は量り売りだった。醤油、油、酢なども空き瓶を持って買いに行っていた。菓子類も袋入りなどなくて全部裸で硝子瓶の中に入っていた。煎餅や飴玉は量り売り。べっ甲飴が1銭で2個、買いに行くと店のおばさんが手も洗わずに硝子瓶の中からつかんで新聞紙に包んでくれた。今は衛生面も煩わしくなっているが昔の子供はそんな生活の中で元気に育っていた。
 宮崎市 田上蒼生子(99) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載花束