はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

東京から来た猫

2011-02-27 07:41:51 | はがき随筆

 東京から飛行機便で猫が届いた。それぞれ浅草寺に捨てられていた子猫で、娘の6階の一室で育った4歳猫と2歳猫だ。
 2匹を旧子供部屋に入れた。餌を食べて、トイレも使っている。が、全く姿を見せない。潜んでいる姿を思うと胸が痛む。 
 2週間後の連休に、移転先から娘が帰省した。その夜、2匹は娘の布団の中で寝た。
 翌日から2匹の様子が一変した。妻と私にも姿を見せ、呼べば近寄って来るのだ。
 娘が去って5日目の夜、2匹は私の布団の中に居た。「やっと安心したんだなあ。そのうち庭の探検に連れていくぞ」
  出水市 中島征士 2011/2/26 毎日新聞鹿児島版掲載  写真はフォトライブラリより

もったいない

2011-02-27 07:35:41 | はがき随筆
 若い時、大阪で上司がこんなことを教えてくれた。「若い時は金のかかる趣味は敬遠した方が良い」。その言葉で将棋、読書、新聞を意識し今日に至る。
 しかし、その割にはお金に全く無縁の生活で不思議に思っている。その後、新聞が大好きになり、毎日の高齢者生活を豊穣に楽しんでいる。
 それに伴い、新聞の切り抜きについては自分のどん欲さに惑い困っている。机に「余録ノート」「発信箱ノート」「男の気持ち」「毎日広場」その他が積んである。それが1日の始まりで、きょうもで数十冊のノートが財産だと横目で苦笑している。
  鹿屋市 小幡晋一郎 2011/2/25 毎日新聞鹿児島版掲載

その晴れの日に

2011-02-24 14:55:29 | 女の気持ち/男の気持ち
 母が夜に、あろうことか裸足で外に出た。83歳。それが認知症の始まりであった。
 年齢を尋ねると、答えはいつも決まって「19歳」だった。同居の兄も首をかしげるだけで理由は分からない。叔母が見舞いに来てくれて、ようやくその謎が解けた。
 母は19歳のとき、川向かい村から人力車でこし入れしたのだという。大正の当時、それはとりわけ羨望の的だったらしい。80年余りの人生で、そのことが一番心に残る思い出だったのだろうか。
 半年後、母は脳梗塞で息をひきとった。
 それから20年が過ぎ、今日は三女の結婚式。私は5人きょうだいの末っ子。三女はそのまた末っ子で、母が9人の孫の中で特に可愛がっていたのだ。
 披露宴、私は娘の手をとって、客席の間をあいさつして回った。和装の花嫁の頭には、黒い朱塗りの半円形の櫛に螺鈿の花が舞い、金を施した彫りのある本べっ甲のかんざしが光っている。
 それは母の死後、兄嫁が石蔵の中に見つけた遺品。明治時代の工芸品は、祖母から孫へ受け継がれたのである。
 「見て、母さん、きれいよ」
 私の声にならない呼びかけに、母が答えたような気がした。
 「はい、私は19歳、その髪飾りをして、父さんのところへきたのよ」
   宮崎市 三重野文子 2011/2/23 毎日新聞 の気持ち欄掲載

梅見焼酎

2011-02-24 14:41:01 | はがき随筆


 咲き始めた梅の花に雪が舞い散り、肌を刺す寒風が吹きつける。見ている私が縮こまり、梅の花は、いかほどもないような泰然自若の体である。眺めるほどに梅の強さが際立ち、わが身もかくありなんと思う。夜をまちわびて、同年を集めて雪の梅見焼酎に酔う。
 そして今朝は、梅の花に雨が降る。雪とは違った難儀もあろうに、訪問客のメジロを相手に愉快にやっている。雨の陣中見舞いだろうか。ウグイスもやって来た。鳥も昆虫も人までも引き寄せる。梅の花に魅了されてやまない。またも同年は集められ、雨の雪見焼酎に酔う。
  出水市 道田道範 2011/2/24 毎日新聞鹿児島版掲載

春を歩く

2011-02-24 14:24:48 | はがき随筆
 少し暖かな日、歩きたくてウズウズする。郵便局まで歩くことにした。ウオーキングシューズにショルダーバッグ、手袋とばっちり。
 落葉樹の枝も、味のある模様を見せてくれる。もうすぐ芽を出そうとワクワクしているに違いない。真っ白の梅の花。少し歩くとピンクの梅。やぶの中には、ヒカンザクラの可愛らしい花が、鈴のように風に揺れていた。田には青々とした牧草が茂り、小川には鳥のヒナが泳いでは、餌の魚を取るのか時々潜っていた。菜の花の黄色も春を彩り、楽しみを膨らませてくれていた。
  肝付町 永瀬悦子 2011/2/23 毎日新聞鹿児島版掲載

父の理髪店

2011-02-24 14:17:23 | はがき随筆
 2月13日の「はがき随筆」でHさんの「ママの理髪店」を読んで、私の懐かしい思い出がよみがえった。セピア色の写真。オカッパ頭の小4の私と刈り上げ頭の小1の弟。父の手になる頭。私は小学校卒業まで理髪店に行ったことはなかった。落下傘の端切れのカバーを肩からかけて身じろぎ一つしなかったが、いつも前髪がそろわないのが女の子としては不満。散髪が終わって、おそるおそる鏡をのぞく。「またか」と。器用な父とはいえ、やはり素人。
 中学生になった私が、やっと父から解放され美容院へ初めて行った時。うれしかったこと!
  鹿屋市 田中京子 2011/2/22 毎日新聞鹿児島版掲載

冷たい空気の中で

2011-02-24 14:10:02 | はがき随筆
 神社の石段を登ると、静まり返った境内にサクサクと霜柱の音が響き渡る。冷たい空気が頬を刺す。標高550㍍の集落。一日中解けぬ霜柱。正月の雪のかたまりは、まだ解けない。
 ここは別世界。病院にお見舞いに行った。春の様に暖かい病院。ここもまた別世界。「山は寒いから病院が良いでしょう」「寒くても良い。早く家に帰って近所の人とお茶を飲みながらおしゃべりしたい」
 一人暮らしの彼女が答えた。私は神社の冷たい空気の中で、ここの冬の厳しさと彼女たちのほのぼのとした人と人との温かいつながりを対比していた。
  宮下康 2011/2/21 毎日新聞鹿児島版掲載

北帰行

2011-02-24 14:06:54 | はがき随筆
 「きぬ子ちゃん、お帰りなさい。お母さんは丘の畑にいます」。学校から帰ると、ザルいっぱいの芋と母のメモが私を待っていました。芋を握り畑まで行くと、父と母は畑に腰をおろし鶴を眺めていました。還暦過ぎた私の脳裏に残る映像です。
 「どんの鶴が先なって茶わかせ」。学校帰り、鶴に向かい大声で叫ぶのです。すると不思議、最後尾の鶴が、すうっと前に出るのです。寒さと空腹で重い足も軽くなったものでした。
 いつの世からか鶴渡る出水の大地。北帰行の時季となり、万羽の鶴が無事に帰れることを、ただ祈るばかりです。
  出水市 塩田きぬ子 2011/2/20 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆1月度入選

2011-02-24 13:28:35 | 受賞作品
 はがき随筆1月度入選作品が決まりました。

▽鹿児島市真砂本町、萩原裕子さん(58)の「感謝と融通無碍」16日
▽同市宇宿、浜地恵美子さん(55)の「傷の巧妙かも」(26日)
▽同市皇徳寺台、吉松幸夫さん(52)の「タイガーマスク」(26)

──の3点です。

 今年は念頭の計画や願いの文章がたくさんありました。やはり新年は、今年こそはという気分になります。それに大雪に対する驚きの文章です。私も、40代半ばまで九州の北部に住んでいて、寒さには馴れているつもりでしたが、今年の寒さには参りました。
 萩原裕子さんの「感謝と融通無碍」は、ご主人の介護などで必ずしも楽な毎日ではないが、それでもいろいろの人に感謝して、心を豊かにして暮らしているという、気持ちが暖まる文章です。本当に人生は気持ちの持ち様ですね。
 浜地恵美子さんの「傷の巧妙かも」は、事故で入院したが、病室から桜島がよく見え、とくにその雪景色は圧巻であったという内容です。病室を「特等席」とする表現に、感謝しながら暮らす生活態度がよく表れています。
 吉松幸夫さんの「タイガーマスク」は、昨今話題の、善意の寄付行為に対する感想が述べられています。レスラーの「哀愁を帯びた表情」と寄付行為者の「渋い後姿」を重ねた表現は、みごとだと思いました。
 以上が入選作です。今月はすばらしい作品が多かったので、外に5編を紹介します。
 薩摩川内市宮里町、田中由利子さん(69)の「そろばん」(14日)は、日ごろ使い慣れているそろばんに、ご自分の越し方を語らせる、手の込んだ巧みな文章です。姶良市の加治木町錦江町、堀美代子さん(66)の「天国の兎」(10日)は、亡くなった2羽の兎への追悼文です。兎の描写が的確で、そのかわいさが彷彿とします。鹿児島市魚見町、高橋誠さん(59)の「大雪の朝」(6日)は、積雪に驚くとともに、新聞の遅れには我慢していたが、「このドカ雪の中を」配達された喜びが書かれています。いちき串木野市御倉町、森みゆきさん(25)の「働く」(12日)は、なかなか仕事が見つからない、見つかってもストレスで長続きがしないという、悪く言えば愚痴が内容ですが、表現は心理的葛藤の特効薬にもなります。大いに吐き出してください。肝付町新富、鳥取部京子さん(71)の「立派な人間さま」(16日)は、弟さんの孫の可愛らしさが描かれています。「魂の宿る立派な人間さま」という表現が飄逸ですね。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

姉からの手紙

2011-02-24 13:21:52 | はがき随筆
 熊本に住む姉から手紙が届いた。今年の歌会始の召人として熊本から安永蕗子さんが選ばれたことが書いてあった。
 姉が女学校に入ったころ、女子師範と教室を共有している時に、国語の先生として女子師範の生徒に教えていらした。「安永先生が授業しているから見に行こう」と誘われて、廊下からガラス窓越しに見て、見るだけで価値のあるほど上品できれいな女性でしたと書いてある。
 毎日、農作業をしている身には別世界の人ではあるけれども、昔、姉がステキな人だと感じた人のことを聞くのは、うれしい。
  中種子町 美園春子 2011/2/19 毎日新聞鹿児島版掲載

春招くプリムラ

2011-02-24 13:10:24 | はがき随筆

 寒さの続く中、白い鉢のプリムラ(サクラソウ科)が咲き誇っている。頬に寒い風を受けながら見るせいか、ひときわピンクが鮮やかだ。白い石を敷き詰めて見栄えの良くなった庭の小道に鉢を置いてみた。
 「あら、白にピンクが映えてきれいね。春が来たみたいじゃない」。カミさんは花が咲いていればゴキゲンである。
 そして2月の声を聞いた途端に、日が昇ると吹く風も春めいた感じになった。
 「あのプリムラが春を呼び込んだのよね、きっと」。カミさんはニッコリ笑って、お墓の花を差し替えに向かった。
  西之表市 武田静瞭 2011/2/18 毎日新聞鹿児島版掲載 写真は武田さん提供

沈下橋

2011-02-24 12:54:41 | はがき随筆

 日本一の清流四万十川を下る屋形船に乗った。川の水は透き通って、深い水底の砂利も鮮明に見える。自然のままの川岸は昔、祖父がアナギを捕る籠を仕掛けていた故郷の川を思い出させる。思えば、無数の川がコンクリートの堤防となり、清流を失っていった。
 「向こうに見えるのが沈下橋で、欄干のない橋です」と船頭さん。暴れ川とも呼ばれる四万十川の豪雨時に備えた橋で、47本架けられているという。
 濁流に流されて来る家や木が欄干に引っかからないようにという智恵橋だと、婿が車で通ってくれたが、怖かった。
  霧島市 秋峯いくよ 2011/2/17 毎日新聞鹿児島版掲載 写真はフォトライブラリより

年明けに

2011-02-24 12:50:20 | はがき随筆
 雪景色で、明けた新年。
 世の中は寒波と不景気。
 人々は足早に街角を通り過ぎる。
 どこからやって来たのか、鳥インフルエンザ。
 地上は一段と冷え込み、地下はマグマがたまり、新燃岳は爆発的噴火。
 火山灰が空高く吹き上げ、降り注ぐ。
 灰まみれの人々には、過酷な日々。
 こんな騒々しい今年の正月3日。
 女の子が生まれた。
 名前は心咲(みさき)。
 スヤスヤと眠っている。
  伊佐市 今村照子 2011/2/16 毎日新聞鹿児島版掲載

感心!感心!

2011-02-24 12:42:05 | はがき随筆
 寒い夜は早々と風呂に飛び込み、鍋をつつきながら、日本酒を熱めの燗でぐいっと喉にに放り込み、さっさと床に就くのが一番だ。しかし、余りにも早すぎると、どうしても夜中にトイレに立つ。寒く冷たい廊下も何のその。用を済ませ、ぬくもり冷めやらぬ布団に、ずいと滑り込む。このぬくもりを味わうためにトイレに行くんだぞと自分に言い聞かす。
 電気毛布の力も借りず、湯たんぽの御世話にもならず、我が体温で冷えた布団を温めるだけのエネルギーが、まだあったんだねと自分自身に感心しつつ、いつしか深い眠りに落ちる。
  肝付町 吉井三男 2011/2/15 毎日新聞鹿児島版掲載

「3番目のイチ」

2011-02-20 16:53:40 | 岩国エッセイサロンより
岩国市  会 員   山本 一

私のニックネームは「イチ」である。以前、飼っていたシェパードも娘が「イチ」と名付けた。愛犬が呼ばれるたびにこちらも「ビクッ」。私が愛犬を呼ぶ時も、何とも具合が悪い。

先日、娘に男児が生まれた。名前がなんと「いっと(一途)」だという。またまた「イチ」の登場である。家族はどんな呼び方をするのだろう。やはり通称は「イチ」になりそうな予感がする。名付け親は娘らしい。今度は私ではなく犬の「イチ」にあやかったのだろう。「イチ」が「イチ」を抱いて田布施にある「イチ」の墓に参る日も遠からず、実現しそうだ。

 (2011.02.20 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載