はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

孟宗竹

2017-05-31 23:38:43 | 岩国エッセイサロンより
2017年5月31日 (水)
岩国市  会 員   山下 治子

 豪州2年間の旅から帰り、居候中の末息子が山から竹を切り出し垣根を作り始めた。1カ月弱かかったが、和風の仕上がりは庭を引き締め、大満足。「お疲れさん」と手間賃を渡すと「飯代にして」と返されたので「了解」と握手をし、ハグした。
 ある日、また何か作っている。竹の節を利用した三段生けの植木鉢だ。「俺、カネないから……。花は自前で植えてや。母の日、サンキュー」と。「ありがとう。こういうの欲しかったの」と私は、それを玄関先に置いた。他の息子たちからも感謝の品をもらった。年に1度、鬼の母がうるっとする日だ。
  (2017.05.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

つぶやき

2017-05-31 23:37:30 | 岩国エッセイサロンより
2017年5月30日 (火)
岩国市  会 員   稲本 康代
 
 私は猫嫌いではないが、ノラ猫は苦手である。
 今朝、新聞を取りに玄関を開けると、庭の中に1匹の猫がいた。それも、特に嫌いな黒と茶のまだら模様である。
 じっと見つめると、相手もにらんでいる。猫と私。互いに固まって数秒。そして、それぞれの方向に動いた。
 決して石などを投げつけたりはしないけれども、ノラと出会うと冷たい目で見てしまう。そこが通じるのか、相手も身構えて私をにらむ。 
 写真家、岩合光昭さんの写真に出てくる猫たちは、みんな可愛いのになあ。
    (2017.05.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

歴史学ぶ意欲に感銘

2017-05-31 23:36:26 | 岩国エッセイサロンより
2017年5月29日 (月)
   岩国市   会 員   山本 一

 26日付のヤングスポット欄で「将来に向け歴史勉強」という13歳中学生、生田ちえりさんの投稿を読んだ。
  「歴史は、昔の人たちがどのように活やくし、どんな過ちをしてしまったかを、知ることができるからです。また、私たちはこれからどうしていくべきかが、わかるからです」とあった。
 私は幼い頃から歴史の勉強が嫌いだった。「なぜ過ぎ去ったことを覚えなければいけないのか」と思い込んでいた。歴史を知る必要性が分かったのは、就職してからだった。
 がむしゃらに仕事をこなす時期を過ぎ、自分が中心になってより大きな仕事をしなければならない25歳ごろになって、やっと気付いたのだ。
 それまでの歴史嫌いを後悔した。いまだに尾を引き、歴史に疎い自分に引け目を感じている。生田さんのように「自分で分かる子ども」ばかりではない。歴史の必要性が自分では分からない人には、学校での教え方も大切だ。  

    (2017.05.29 中国新聞「広場」掲載) 

ユアウェルカム

2017-05-26 16:53:00 | 岩国エッセイサロンより
2017年5月26日 (金)
岩国市  会 員   貝 良枝

 地下鉄の券売機前で、外国の若者に声をかけられる。
 英語なんて無理と思いつつ身動きもせず、彼らの言葉に耳を傾けていると「エアポート」と聞こえてきた。券売機画面から福岡空港を指で示し、運賃をしどろもどろで伝えていたら「OK、OK」と小銭を出し始めた。念押しに「福岡空港」の文字を示し、ホッとしたら「サンキュー」と言われた。
 エッ、何て返すんだっけ。とっさに出てこない。硬い笑顔で短い国際交流は終わったが「どういたしまして。良い旅を」と英語で格好よく締めたかった。彼らの背中を見送る頃、やっと思い出した。
  (2017.05.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

瞳の澄んだ人

2017-05-25 16:56:54 | はがき随筆
 まるで仙人のような人が、霧島の奥地に住んでいた。
 初めて出会えたとき、その人の目を見てびっくり。澄み切った瞳だった。湖のように深く澄んでいる。今時、こんな目の綺麗な人に巡り合えたことはなかった。失礼とは思ったが、「おたくの目はきれいですね」と思わず口にした。「そうですか」と笑顔で返された。
 まるで、かすみか雲でも食べているのではないか、と思わせるその方から、センリョウの葉に斑の入った、小さな苗木を分けてもらった。植えた鉢のセンリョウは、彼の瞳を思い出させる。
  出水市 小村忍 2017/5/25 毎日新聞鹿児島版掲載

旦過市場

2017-05-25 16:51:07 | はがき随筆
 旦過市場は、JR小倉駅から歩いて十数分の場所にある。細い通路の両側に間口の狭い店が200以上猥雑に並んでいる。
 威勢のいい呼び声が飛び交うその場所に、子どもの頃母と何度か来た。先日訪ねると小さな目で見た情景のままだ。しかし時代の波はここにも。昨年6月の全面建て替え案によると、おしゃれな川沿いマーケットに。
 店の人にどうするか尋ねた。
「何十年前からある話やけど、今回はね……」。ここは店じまいを考えているふうだ。次に行くときは胃袋を刺激する魚、野菜、肉、惣菜の混ざり合った匂いがまだ残っているだろうか。
  鹿児島市 高橋誠 2017/5/24 毎日新聞鹿児島版掲載


80歳はヤバイ?

2017-05-25 16:42:56 | はがき随筆
 昨年80歳を迎えた。船橋に子供が2人住んでおり、弟が昨年の4月に来た。私の運転で中種子に向かう途中「お父さん80㌔だよ」と注意された。今年4月に入ったら姉が来た。カミさんに「お父さんは右側の注意が足りない」と告げたそうだ。
 姉が帰ったかと思ったら11歳年下の私の末の弟が10年ぶりに来て、昔話に花を咲かせた。運転に関しては「うまい」といいながらも「荒い」と付け加えた。帰る際「あれだけ食欲があれば大丈夫」と言い残して機上の人になった。関東から身内が3人続けて来島。80歳はヤバイと思われているのを感じた。
  西之表市 武田静瞭 2017/5/23 毎日新聞鹿児島版掲載

心のふれあい 

2017-05-25 16:34:48 | はがき随筆
初夏の風を受け、こいのぼりが勢いよく空を泳いでいる。縁側からふと外を眺めると、ピカビカの一年生が大きなランドセルを背に、暑かったのか上着を脱ぎゾロビキながら何とモゼ下校姿。「こんにちわ! ゾロビちょいよ」と声をかけた。するとこどもの声も弾んで「マコテ!」と言いながら「学校は楽しいよ」と元気よく笑顔で答えてくれた。このふれあいがなくなってきたように思うのは、ぼくだけではないだろう。むかしは集落のおじさんに怒られたり、励まされたりと「ぬくもり」があった。今何が大切かを教えてくれたひとときのふれあい。
  さつま町 小向井一成 2017/5/22 毎日新聞鹿児島版掲載

今年の桜

2017-05-25 16:27:35 | はがき随筆
 開花が遅れたうえ雨が多く、どこで桜をと思っているうちに気温が上昇、たちまち満開の情報が流れる始末。花の下に立って春を感じたい思いに駆られて手近な平和公園へ行く。春の風に舞う花弁が妻の髪を飾る。
 しかしここには慰霊塔があり、かつては飛行場、先の大戦末期、特攻隊員として若い生命を奪った。神風、大和魂などと教え込まれた若者が……。
 つい先日、パン屋を和菓子やに変更した教科書検定。目立たない変更を繰り返して、いつの間にか大和魂なんて言葉が教科書に……。気が重い今年の桜になりました。
  志布志市 若宮庸成 2017/5/21 毎日新聞鹿児島版掲載


兄・妹

2017-05-25 16:21:25 | はがき随筆
 兄上様、とうとう永の別れの日が来ました。4人姉妹のH家に婿入りされたのは私が小学校6年生の頃でした。末妹の甘えで新婚夫婦について海水浴に行き、ポートをこいでくださった若き日の姿。お兄さんができてどんなにうれしかったことでしょう。長年教育現場で働き、退職後は人権擁護委員やさまざまな活動をされた92年のご生涯でした。入学式、卒業式で着られたモーニングは柩に納められました。良き家庭人で立派な教育者であった兄上は人生の師でもありました。来世もお兄さんであってください。ありがとうございました。
  鹿児島市 内山陽子 2015/5/20 毎日新聞鹿児島版掲載

福知山線脱線事故

2017-05-25 16:15:34 | はがき随筆
 事故の慰霊祭をニュースで見た。あの日の朝、卒業後ひと月たってようやく届いた採用通知を手に、息子は意気揚々と赴任先にあいさつに出かけた。
 昼のニュースで事故を知った。何がどうなっているのか目を疑う現場の映像。事故を起こした運転士が息子と同じ年だと分かったときの衝撃。百余名の方々の無念さを思うと同時に、大事故を引き起こした運転士も哀れでならなかった。また、子どもの死を手放しで悲しめないだろうご両親にも心が痛んだ。
 あれから12年、息子は35歳になった。夫となり父となった。祈念した平凡な日々の中で。
  出水市 清水昌子 2017/5/19 毎日新聞鹿児島版掲載

町内会

2017-05-25 16:09:22 | はがき随筆
 私の住む波之平地区の大半は昔は田んぼだった。電車は谷山まで一面青田の中を走り、シラサギをよく見かけたそうだ。町内では班ごとに公園の清掃があるので、知り合いも多い。春は花見、秋は月見を桜川公園で開いている。弁当のほかに焼酎や手作りの料理を持ち寄り、自己紹介をする。春は福岡からの単身赴任者も加わりにぎわった。
 最近、町内でも高齢化が進み、世代交代もみられる。一人になると施設に入り、亡くなると更地になってマンションが建つ。隣地で畑を耕すYさんは業者の訪問を一切断り、元気な間は手放さないと頑張っている。
  鹿児島市 田中健一郎 2017/5/18 毎日新聞鹿児島版掲載

宝物

2017-05-25 16:03:18 | はがき随筆
 私の宝物、他の人にとっては笑い話になる宝物だけど私にとっては……。定価180円、店の販売価格135円の〝すいだしの膏薬〟。水産加工業の家に嫁いだ私にとって魚のさばきは爪の中や指先にトゲが刺さり、針と毛抜きは手放せない品だった。そんなとき、実母がアメ色のベットリした宝物をもってきてくれた。不思議と一晩つけていると、朝には吸い出してアメ色の表面にトゲがついて抜けていた。あれから50年、大切に大切に使い、今では缶の隅についた薬を温めてつまようじで集めている。思うと嫁入り道具の一品。母の愛情、ありがとう。
  阿久根市 的場豊子 2017/5/17 毎日新聞鹿児島版掲載

そらいろの音

2017-05-25 13:11:00 | はがき随筆
 ピアノを習い始めた息子が「『そらいろの音』ってなに?」と聞いてきた。空に音なんてあったっけ? と私は考え込んだ。海なら波の音、山なら嵐と連想できる。答えはテレビから流れてきた。ドレミの階段をのぼれば「ソ」はいつも空色だ。
 「ドレミの歌」で言えば、原詞より邦詞の方がはるかにイメージを喚起させる。原詞では「doe」は「めすの鹿」、「me」は「自分を呼ぶ時の名前」。「sew」は、「ソーイングのソ」で、「青い空」に軍配が上がる。
 スキップしたくなるような明るい「ソ」の音は、やっぱり「そらいろ」だなと思う。
  鹿児島市 堀之内泉 2017/5/16 毎日新聞鹿児島版掲載

結婚50年

2017-05-25 13:03:18 | 岩国エッセイサロンより
2017年5月25日 (木)
   岩国市   会 員   片山清勝

 私ら夫婦は先月、金婚式を迎えた。両親は達成できなかったと思うと、何かしら感慨がある。
 父は50代半ばで急逝した。病身の母とまだ高校生の妹を含むきょうだい4人が残された。
 弟は遠地で働いていた。
 私は長男。20代半ばで何の準備もないまま、家族という重荷を背負うことになった。三交替勤務の身だったので、思うように家事をこなせなかったが、妹2人と協力して母を助けた。
 父の死から3ヵ月が過ぎた頃、結婚の話が持ち込まれた。仲に立つ人は、わが家の状況について「先方に伝えてある」と言った。話はまとまり、母、妹たちと同居する形で結婚生活がスタートした。
 父の亡くなったショックもあり、母の病状ははたで見るより厳しく、手のかかる状態が続いた。妻は専業主婦として母の介護をしながら家事一切をこなした。
 食事療法で母の症状は次第によくなる。長男が園児の頃には怪獣ごっこを楽しみ、趣味で菜園も始めた。妻と多少のすれ違いは生じたが、いつの間にか「嫁にみとってもらう」というのが母の願いとなった。
 結婚・同居から20年がたったある日、母は救急搬送された。面会謝絶の中、妻に手を握られて逝った。
 今年、妻は母の享年に並んだ。年齢とともに変わる体調、特に足腰の変化が母に似てきている。
 一昨年は父の五十回忌、来年は母の三十三回忌。法事を続けられることが小さな幸せかと思う。

      (2017.05.25 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)