はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

子供に会いたい

2022-04-29 13:09:15 | はがき随筆
 「子供に会いたいです」。途切れ途切れの会話の中で、おばあちゃんは何度も繰り返された。私も入院中の身、ただ聞くしかない。
 お腹が痛くてと言われるが、認知機能低下も疑われる。黙って冷たい手を握るしかできない。もしかしたら将来こんなことが自分にないとも言えないと思うと、むげに退出もはばかられてしばらくは動けなかった。
 今はコロナ対策で面会禁止。家族は? 諸事情を思うが、かわいそうでならなかった。高齢になると多くの制限が生じる。思うようにならないことが悲しい。どう生きていくべきか。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2022.4.29 毎日新聞鹿児島版掲載

転居

2022-04-29 12:54:15 | はがき随筆
 異動の時期になり、周辺が騒がしくなった。沖永良部で中学校の教師をしていた嫁が、5年ぶりに市内に戻ってきたのである。息子は当初、別居生活をしていた。2年前に島に移ったが、一緒にリターンしてきたのである。
 さて、金融機関に勤めていた自分たちは8回の転居経験がある。それに伴い、娘も10回ほど転校した。
 転居生活は気分転換になり、新鮮感もあった。特に種子島生活はトコブシを食べたことなど思い出が多い。「住めば都」というが、人によっては苦労話の意味になることも最近知った。
 鹿児島市 下内幸一(72) 2022.4.28 毎日新聞鹿児島版掲載

 

老いの悔恨

2022-04-27 18:59:34 | はがき随筆
 「明日、車を出してくれんか」と、父の頼みはいつも突然で困った。不満そうな顔をしていると「その日がダメなら別の日でもいいからな」とぶっきらぼうに言い切った。明治生まれのガンコおやじも、80過ぎると穏やかにはなったが。気兼ねして「昼飯代は俺に任せろ」と財布を出した。どうしても母系の先祖の墓参りを済ませたかったらしい。それも自分たちの足で歩けるうちに。車中で昔話にふける父の笑顔は、今も忘れがたい。あれから四十数年。父の年齢になり、足腰も痛む。妻も「年を取らないと、老いの気持ちは分からないものねえ」とポツリ。
 宮崎市 原田靖(82) 2022.4.27 毎日新聞鹿児島版掲載

88歳まで安全運転

2022-04-27 18:50:44 | はがき随筆
 ドライブ大好きな老人。88歳までOKの免許に更新した。コロナ禍で遠乗りもできない日々。自粛ならぬ自祝のつもりで御船から通潤橋、根子岳山麓、新阿蘇大橋など約150㌔のドライブ。熊本市内では散り始めていた桜が、高地へ進むにつれ満開で祝福してくれた。
 春の交通安全運動期間で、いつもより取り締まりが厳しいかも、と考え慎重にハンドルを握る。規制標識も念入りに確認、無事帰宅した。同じ姿勢を続けたせいか右足に少し痛みが来たものの、ボケ防止のためにも、さらに安全運転に磨きをかけねばと考えさせられた一日。
 熊本市東区 中村弘之(86) 2022.4.26 毎日新聞鹿児島版掲載

ブリにノコギリ

2022-04-27 18:44:05 | はがき随筆
 県外にいる息子から電話。知人から一本釣りのブリが送られてきて驚いたという。知人が言うには「スーパーに持って行けばさばいてくれる」。早速スーパーに問い合わせたが「持ち込みの魚は取り扱わない」。息子は3店舗で断られ、困った様子だった。
 「私も以前、ブリ1匹をさばいたことがあったけど、出刃包丁でも大変だった」と話すと、「ノコギリと金づちはあるけど」と、どうしたらいいか分からない様子。
 素人がいきなりブリに挑戦するのは至難の業。何か良い方法はないものだろうか。
 鹿児島市 竹之内美知子(90) 2022.4.25 毎日新聞鹿児島版掲載

再挑戦

2022-04-27 18:36:19 | はがき随筆
 50代の気忙しい生活の中で、日常の出来事を、拙い文章で投稿を続けて、時折掲載される事に、一喜一憂しておりました。
 あれから二十数年を経て、再び「毎日新聞」を手にする事になり、なんと「はがき随筆」が継続されている事に驚き、懐かしさで胸が熱くなりました。今では後期高齢者の仲間入りで日々、あら?あら? と夫婦ともに老境のどまん中で暮らしております。
 あの頃とは、また違ったものが見えてくるかもしれませんので、今から、もう一度挑戦してみようと思っています。どうぞよろしくお願い致します。
 宮崎県西都市 市原基(76) 2022.4.24 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆3月度

2022-04-27 18:05:34 | はがき随筆
月間賞に黒田さん(熊本)
佳作は福島さん(宮崎)、川嶋さん(熊本)、宇都さん(鹿児島)

 はがき随筆3月度の受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)
【月間賞】19日「草と木と土と」黒田あや子=熊本市東区
【佳作】5日「命の重さ」福島洋一=宮崎市
▽10日「3月3日」川嶋孝子=熊本市東区
▽31日「ダモイ」宇都晃一=鹿児島県姶良市

 「草と木と土と」は、自宅の庭と関わって来た長い歳月をふりかえる作品です。庭の老朽に自分の老いを重ねて。それがたとえ「草取りと落ち葉掃きに追われ」ただけであったとしても、庭にかかわる事物の一つ一つはかけがえのないものでした。ですから、それらに別れを告げる言葉は寂寥を突き抜けて深い安息に導きます。心うたれました。
 「命の重さ」は、昨年末に生まれた孫を初めて抱くという経験。あらかじめ5㌔入りのコメ袋を抱えて練習したというところには、思わず微笑を誘われます。実際は「米袋に比べれば軽めだったが、代わりに命の重さをずしりと感じた」という展開には、一転して厳粛さが表されます。この作品がいつ書かれたかはわかりませんが、私たちが読んだのは、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、破壊と殺傷の報道に誰もが心を痛めていた頃(今もなお)でありましたから、その「重さ」は深い共感を与えました。
 「3月3日」は、雛祭りにちなみ、ウクライナの悲惨な状況から昭和20年の熊本大空襲の体験を回想するもの。作者は、焼夷弾の降る中を逃げ、川に首までつかって一夜を明かし、翌朝は我が家の跡形もない焼け野原を目にしたとのこと。戦争体験を持つ方々の言葉は、惨劇の映像を遠い世界のできごとにしてしまわない重みがあります。
 「ダモイ」は、ロシアの戦車に向かってウクライナ人が拳をあげて「ダモイ」と叫ぶ姿をテレビニュースで見て、戦後の復員兵から聞いた話を思い出したとのこと。シベリア抑留者たちは、「ダモイ」を合言葉に寒さと飢えと強制労働に耐えたのだと。それはロシア語で「故郷へ。故国へ」の意。復員兵が持ち帰り、戦後の一時期流行した言葉でした。ウクライナの現在と日本人の戦後、言葉の向きは違っても、「ダモイの二つの意」はたしかに「深い」。
 戦争と歳月とが、心を深くし言葉を重くした三月でした。
 熊本大学名誉教授 森正人


生涯現役

2022-04-27 17:58:29 | はがき随筆
 60歳、気が付いたら還暦だった。まだまた若いと「老い」の二文字は浮かばなかった。しかし70歳を迎えたとき、一枚のはがきによって高齢と言う現実を突き付けられた。
 それは運転免許証更新の高齢者講習の案内だった。つい「オンジョ(年寄り)でない」と独り言。以前から「高齢」という言葉には違和感を覚えていた。寿命が延び70歳定年の時代に、社会が高齢者という枠をつくってしまっているからである。
 そして4年が過ぎ、74歳になった。老いに逆らうことはできないが気持ちは変わった。老いは年齢ではない。生涯現役だ。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(74) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載


凍てガエル

2022-04-27 17:52:31 | はがき随筆
 カエルはゆっくり冷やすと凍てつくまで水の中にいるという。ゆでガエルの逆だ。
 高校最後の考査の日。一夜漬けの勉強のあと、風呂に入った。別棟の五右衛門風呂。手を入れると少しぬるい。ま、いいか、と飛び込んだら下は水だった。たちまち出るに出られぬ凍てガエルになった。たまたまトイレに起きた母が、風呂の灯を見て声をかけてくれた。
 「あほやなぁ……」。母は風呂をたたきながら言った。「冷えた手で湯加減をみたらあかん」
 あの情景が浮かぶと鼻の奥がツンとして、パシャッと湯をかけて顔を洗う冬の風呂。
 宮崎市 柏木正樹(73) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載

グーチョキパー

2022-04-27 17:45:05 | はがき随筆
 春風と共に桜の花びらが家の中まで舞い散る。庭の小さなくぼみに綺麗なピンクの絨毯を作ってくれる。足をつくのがもったいないようで春の神様の手のひらのように見えた。その時、頭にひらめいたグーチョキパー。手のひらを広げてやってみる。グーはつぼみ、チョキは2枚の若葉。パーは満開の花。リズムを取り、足踏みしてみる。水仙、チューリップ、コデマリ、花の上でやってみる。いいね、いいね。心がささやく。春風と共に、グーチョキパーダンス。花が喜んでいるようだ。春風が楽しい時間をくれた。春のマジシャンになったようだ。
 熊本県八代市 相場和子(95) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載


横断歩道で

2022-04-27 17:36:50 | はがき随筆
 交通安全運動期間に、実にほほえましい光景に遭遇した。R57の横断歩道の手前の信号で止まっていた時のことである。
 若いお父さんが、一人の子は抱いて、もう一人は手をつないで横断していた。抱かれた幼い子供さんも、お父さんと手をつないだ2.3歳くらいの子供さんも2人とも空いた方のもみじのような可愛い手を挙げての横断であった。
 最近は横断歩道で待つときや渡る時に手を挙げている人をほとんど見ない。この親子三人組の横断を見てほほえましくもあり、すがすがしい気分になり、素敵なお父様に敬服した。
 熊本市東区 角田俊昭(89) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載

頂いた花の苗

2022-04-27 17:23:11 | はがき随筆
 「やっぱり花だ!」。しかも私が欲しかった花の苗だった。
 1月末、ウオーキング中に畑におられた女性に挨拶したら、「ポピーの芽がいっぱいでてね。家に植えんね」。スコップで土ごと袋に入れてくださった。うれしく頂いて花壇に植えたが、内心庭の草と似ていると思ってずっと心に引っ掛かっていた。
 昨年あの道を歩いて、畑の隅にオレンジ色の花をみつけた。宮崎県延岡市にいた頃、中央分離帯の木の下に咲いていた花と同じで感動したことを思い出した。
 ポピーの仲間だったのか、すっかり忘れていたが、何ともうれしくて花の咲くので楽しみ。
 宮崎県高鍋町 井手口あけみ(73) 2022.4.21 毎日新聞鹿児島版掲載

どうにも止まらない

2022-04-27 17:02:21 | はがき随筆
 遠出をしようと山都町のそよ風バークまで足を延ばした。山あいの広大な敷地にグラウンドやロッジ、物産館などがある。
 見晴らしの良い駐車場に車を停めた。夫は散歩してくると言い車外から施錠した。私は仮眠していたが夫が戻ってきたのでエンジンをかけた。
 その途端、山里の静謐を打ち砕くように、けたたましく車のブザーが鳴り出した。ああ、やっちまった。スマホで止め方を調べても気が動転していて頭に入らない。盗難防止システムも時には厄介だ。もうお手上げと思った時、ようやく止まった。
 2個のキーには用心、用心。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(65) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載


麻雀

2022-04-27 16:54:46 | はがき随筆
 一昔前「私は○○で会社を辞めました」というキャッチコピーがはやったが、私の場合は「麻雀で大学を辞めた」となる。
 当時は新学年の履修届も忘れて徹マン三昧。「麻雀放浪記」や「阿佐田哲也」は「4番サード長嶋」と並んで私の青春そのものだった。結果はご多分に漏れず早稲田中退。そもそも私に麻雀の手ほどきをした張本人は中学の担任だった。その麻雀もタバコとセットで40歳代に卒業した。
 そしてすっかり模範老人となった今、あの時代の破天荒で楽しかった日々が懐かしく思い出されるのである。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(72) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載

春告げ鳥

2022-04-27 16:47:22 | はがき随筆
 「お母さん、早く早く」の呼び声。急いで窓際へ。「ウグイスの声よ。聞こえるでしょう」。首をかしげれば、「補聴器着けてるの」。最近、耳が遠く、とんちんかんな返事ばかりに。補聴器を勧められ、正月に購入したばかり。急いで装着して耳を澄ます。はっきりきれいな声で「ホーホケキョ」。毎年来てくれる鶯だ。今年も来ましたよと、上手に鳴き続ける。姿を求め外へ。声のする方を探すが、とうとう見当たらず、残念。コロナの終息はまだまだ先が見えず、ウクライナの痛ましい戦況。心は沈むばかり。ありがとう、元気をもらったよ。
 熊本市中央区 原田初枝(91) 2022.4.23 毎日新聞鹿児島版掲載