はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

台風の中で

2022-09-30 13:23:52 | はがき随筆
 避難用に取っていただいたホテルの6階の窓から、台風14号の横なぐりの雨と風をぼうぜんと見ている。突風で自宅の屋根瓦が吹き飛ばされたのだ。妻は……。
 妻は3日前の朝、脳梗塞で倒れ、ドクターヘリで運ばれICŪに。倒れ込んだ妻の顔と身体の半分は硬直して「ああっ、ううっ」と言葉にならない。抱き起そうとした私の右腕が抜けない。不安神経症を抱え取り残された私は……。病院への往復の車内で、風呂でキッチンで「お母さん」と声を上げて泣いた。そうだ、今日のことだけを考えるんだ!
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(73) 2022.9.30 毎日新聞鹿児島版掲載

サクランボ

2022-09-30 13:16:19 | はがき随筆
 「和田さん、宅急便です」と京都に住む娘から母の日のプレゼントだ。
 早速、箱を開けてみると可愛いサクランボが顔を出している。一個ずつ動かないように仕切られている。自分では買えない超高級品だ。
 まず、小皿に乗せて仏さまへ。ちょうどきていた3歳の孫に「サクランボだよ」と一粒ずつ手にとって渡すと「甘いね」と笑顔でおいしそうに食べた。
 本当にまたたく間になくなった。
 サクランボの旬は、あっという間だから一年に一度の幸せなひとときだった。
 宮崎県延岡市 和田康子(72) 2022.9.29 毎日新聞鹿児島版掲載

文学に親しむ

2022-09-28 11:51:45 | はがき随筆
 行水も日まぜになりぬ虫の声
 50年前の新婚の頃、夫の本を捲っていてこの句を見つけた。何とよく言い得ている事かと、この句との出会いがうれしかった。その頃、姉が毎週のように新聞の歌壇に載っていたので、私もと投稿してみたが全滅であった。自分には文才が無いのだと作るのを諦めて鑑賞する事に徹して来た。姉のように名首は残せなかったが、いい文学作品に出会う喜びは味わえたと思う。今朝、窓を開け、冷気と共に心地よい風を感じながら、ふと来山の句を思い出したのだが、さて、この句が載っていた本は誰の名の何と言う本だったかな?
 熊本市北区 井出リエ(76) 2022.9.28 毎日新聞鹿児島版掲載

灯下美人

2022-09-28 11:24:27 | はがき随筆
 「月下美人が今夜開きそうよ。昨夜も3輪咲いたけど、見てあげられなかったのよ。今朝さびしそうにしぼんでいたわ」
 夕食のテーブルについたら、カミさんが話しかけてきた。
 「それじゃあ今夜は家の中で咲かせたらどうよ」「そうね」
 カミさんはつぼみのまま月下美人を3輪切り取ってきて、口が横に広がっている花瓶に生けた。11時ごろ全開に近くなったので、カミさんは顔を近づけて深呼吸。「ああ、いい香り。月下美人も喜んでいるわよね」「月ではなく蛍光灯だから、灯下美人だけどね」。老夫婦は軽口を交わして眠りについた。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(85) 2022.9.27 毎日新聞鹿児島版掲載

樹上のお別れ

2022-09-26 17:34:43 | はがき随筆
 夕食後、お嫁さんが耳を澄ませた。「今、ザーザーと聞こえているのは虫の声ですか?」。私も耳を。「あ、セミ?」。でも鳴き声がどこか悲壮的だ。
 台風接近で庭を見回っていた息子に声をかける。「そう、セミだよ。飛ぼうとして枝にからまった」と言う。あー、残り少ない命なのに。助けようと2階のベランダからヒメシャラの木に竿を伸ばしていた息子が声をあげた。「カマキリに捕まってる」。えっ、なんという不運。カマキリはセミを離さない。
 そして夕暮れ空に響いていた鳴き声は消えた。私たちは樹上を見明けてさよならをした。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(77) 2022.9.26 毎日新聞鹿児島版掲載

夜の会議

2022-09-26 17:26:32 | はがき随筆
庭の周りにいろんな気が植えてある。前に住んでいた方が植木の好きな方だったのだろう。四季折々に色と香りで楽しめる。ムクゲ、アジサイ、クチナシ、ツツジ。主なくても花は咲く。松の苗木を見つけてきて庭に植えた。小さな手のひらにのっていた松の木が今では私の背丈以上になった。だんだん枝ぶりができた。愛しくて愛しくてならない。松竹梅のリーダーの松が木の精を庭に集めて夜の会議を開いていると思う。雨にもめげず風にもめげず四季の恵みに感謝して頑張ろう。松の木君の声が聞こえるようだ。毎晩夜の会議は続く。神秘な会議が。
 熊本県八代市 相場和子(95) 2022.9.25 毎日新聞鹿児島版掲載

御楼門

2022-09-26 17:18:05 | はがき随筆
 手元に昨年の鹿児島銀行のカレンダーがある。それには、再建された御楼門とお堀の蓮の花が描写されている。
 見に行きたいと思い続けていた。思いが通じたのか、弟から5月6日に黎明館で「先史・古代のかごしま」展見学の誘いの電話があった。飛びつく気持ちで快諾。当日はあいにくの小雨の中、弟夫婦はこの上ない昼食のもてなしで迎えてくれた。
 甲突川沿いの維新ロードを歩き、黎明館内を見学。そして、御楼門へたどり着いた。門柱に耳を当てた。行き通う車の喧騒に交じり、維新の兵が橋を渡る音が響く島津雨の御楼門。
 鹿児島県出水市 宮路量温(76) 2022.9.24 毎日新聞鹿児島版掲載

亀太と18年

2022-09-26 17:10:57 | はがき随筆
 このところ「疲れが」という娘から、私に総菜を届けて帰宅しすぐ「亀太が死んでいる」と電話。
 孫の片手ほどの亀を買って18年。台風11号でぶり返した暑さを思うと「さもありなむ」と思った。後悔した。
 娘のところの2人の男孫。動物好きの下の子はまだよちよち歩きの時、動物園の触れ合い行事で動物をしっかりつかみ、世話のおじさんに怒られたし、お兄ちゃんは亀好きで弟のようなつもりで一緒にいた。
 いずれにしても別れの時が来た。家族に、私に、心の支えをありがとう、
 鹿児島市 東郷久子(88) 2022.9.21 毎日新聞鹿児島版掲載

ありがとう

2022-09-26 17:03:39 | はがき随筆
 我が家の川岸の崖が崩れたのは昨年の5月であった。昨年は台風が1度きた。土木課にお話をしたが個人の仕事だと言う。
 今年自分で工事をすませた。土木の仕事もトビ職の元気なお兄ちゃんたちがはしごを何本もかけ川の中へ入り、ロープを握って6畳ほどの板の間を作った。
 屈強な若者たちが、目のさめるような機敏さでする仕事を毎日飽かず見た。ただ事故がなく無事に仕事が終わることだけを祈った。飲み物やアイス、菓子、コーヒーなどを上げた。
 ありがとう。終わりました。ほんとうにありがとう。頬を伝う涙がこんなに暑いとは……。
 宮崎県延岡市 逢坂鶴子(95) 2022.9.20 毎日新聞鹿児島版掲載

日常

2022-09-26 16:55:57 | はがき随筆
 特別何をするでもない昼下がり、居間に座り部屋を見回す。いつの間にか物であふれている。この中にどうしても捨てられない物はいくつあるのか。孫や愛犬の写真はずっと取っておきたい。いつかきれいに整理すると思っているが、いつの事やら。不用品だらけの部屋でもなぜか落ち着くから不思議だ。
 朝、庭に出たらいつもの場所に彼岸花を見つけて感動する。猛暑に耐え、懸命に伸びる姿に生きる力をもらったようで元気が出た。暑い夏も終わりに近づき、カナカナカナとヒグラシが鳴き、オレンジ色の夕焼けが一日の終わりを告げる。秋だ。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2022.9.19 毎日新聞鹿児島版掲載

朝採り野菜

2022-09-18 13:08:07 | はがき随筆
 小さな畑にナス、ピーマン、ゴーヤ、オクラなど作っている。朝採り野菜のみずみずしさ。色の美しさ。「そうだ娘たちに見せましょう」と写メで送る。
 「すごい! 近くなら貰いに行くのに」とか「お母さんが元気なのは新鮮な野菜を食べているからなのだ!」とか電話口でほめてくれる。
 大阪の友人にも送ると、「右の大きいのはヘチマやなあ。近所に鹿児島の人がいてはってヘチマ食べたい言うてはるねん。今年はどこにも売ってないんやて。みそ炒めうまいしな」と彼も食べたそうである。来年はたくさん作って送ってあげたい。
 鹿児島県霧島市 秋峯いくよ(82) 2022.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載

夜空に大きなお月様

2022-09-18 12:59:25 | はがき随筆
 ある方のおじいちゃんが亡くなったそうです。その時3歳の孫が月を見上げていて泣いていたおばあちゃんの所へ駆け寄って「ばぁば、じーじがお月さんになったから泣いとっと?」。
 それに対し、周りの大人たちは「お月さんじゃなくてお星様でしょ」と口をそろえて言ったそうです。すると、「じーじは大きいから絶対にお月さんだ。お星様はいっぱいあるから、どの星か分からんがねぇ」。
 確かにその子どもの言う通りです。それからというもの、おばあちゃんは大きなお月様を眺めながら、おじいちゃんのことを偲んでいるそうです。
 宮崎市 谷口二郎(72) 2022.9.17 毎日新聞鹿児島版掲載


バラの花を7本

2022-09-18 12:51:50 | はがき随筆
 その人に合ったのは昨年の春。祭りで買った「しょいこ」(背負子)を、数日にして私の家まで持って来てくれた。
 お茶をしながら彼の初恋談義。クラスのマドンナだった人に還暦を機に花を贈ったという。
 「バラの花を7本」
 「かすみ草をつけましょうか」
 「かすむからいらない」
 そして家に届けた。
 不在だった人から「ありがとう」の電話。一つのことを成し終えたそんなすがすがしさを彼に見た。
 今年は中止。来年はあの活気あふれる祭りに出会いたい。
 鹿児島県薩摩川内市 馬場園征子(81) 2022.9.17 毎日新聞鹿児島版掲載

タヌキでもネコでもない

2022-09-18 12:38:50 | はがき随筆
 近所のご婦人が、タヌキでもネコでもないものが畑を荒らして困るとこぼしていたそうだ。そう言えば最近、我が家の庭にもタヌキでもネコでもないものがうろついている。いつも後ろ姿しか見えず正体不明だった。
 ある日妻が庭を眺めているとそいつが現れた。そしてなんとくるりと振り向いて目が合ったそうだ。細長くとがった顔は図鑑のアナグマそっくれ。トウモロコシや落花生が好物という図鑑の記述とも一致した。タヌキでもネコでもないものの正体は、なんとアナグマだった。
 それにしても、この住宅街のどこにすんでいるのだろうか。
 宮崎市 福島洋一(67) 2022.9.17 毎日新聞鹿児島版掲載

幸期高齢者です

2022-09-18 12:31:01 | はがき随筆
 かかりつけの先生は私を「満身創痍」とおっしゃる。でも「内臓には問題ないので百歳まで大丈夫」と太鼓判を押される。それならおおよその余命はあと8年かな。「8年しか」と言うと「8年もでしょ」と。
 要介護2の身を持て余しながら、九十路を辿るのは正直厳しい。百歳まで生きられる自信はない。だかちらこそ貴重な時を幸せに生きたいと思う。ケアハウスに入居して15年目。お蔭で孤独感に悩むことはないし、介護の心配もない。数独やクロスワードなど脳トレで鍛えて、最後の青春を楽しんて幸齢者として過ごすつもりでいる。
 熊本市中央区 増永陽(92) 2022.9.17 毎日新聞鹿児島版掲載