はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

相棒

2020-11-14 21:36:42 | はがき随筆
 47✖78㌢の机君。君が我が家に来て20年近くになるね。義妹から譲り受けた時は白木の正目がきれいだった。短歌の推敲や清書は食卓だったから自分の机に憧れていたんだ。4畳半の和裁部屋の隅っこに置かれたね。
 数年前、仕立てをやめてからは部屋の中央が君の居場所になった。ふすまを閉めると、居間のテレビの音が小さくなって、空気の流れが止まる。鉛筆のこすれる音、置き時計の針音。遠く草刈機のうなる音。私は3Bの鉛筆を握り、マス目を埋めていく。アッ、机君の声が⏤⏤。
 「早く、早く描かないと言葉が逃げちゃうよ」
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(72) 2020/11/13 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆10月度

2020-11-14 21:02:01 | はがき随筆
 月間賞に田原さん(宮崎)
佳作は道田さん(鹿児島)、相場さん(宮崎)、橋本さん(宮崎)
 
 はがき随筆10月度の受賞者は次の皆さんでした。
【月間賞】3日「千曲川」田原雅子=宮崎市
【佳作】17日「トンボ」道田道則=鹿児島県出水市
▽18日「独り言」相場和子=熊本県八代市
▽25日「再会」橋本京子=宮崎県延岡市

 「心に感じたことを書く『随筆』。情景は心を揺さぶる」と田原さんは書きます。かつてのはがき随筆への投稿「千曲川」を振り返り、しみじみ思ったことを今回も同じタイトルで投稿しました。
 「千曲川」といえば私たちは何を思い出すでしょう。一般的には長野県に流れる一級河川。雅子さんのはがき随筆「千曲川」を連想して同じ名前の楽曲をハーモニカで吹くのを楽しみにしていたというはがき随筆の愛読者の方が、昨年の千曲川の堤防決壊で死者まで出たという大被害を報道で目にしてから、その曲を吹けなくなったと伝えられ、「音楽は心を育てる」と。心に感じたことは怖いことも、楽しいことも思いにつながり、雅子さんに随筆を書く機会をまた与えてくれました。ハーモニカの「千曲川」。穏やかな心で吹けるようになられます。あなたの随筆を大事に読んでくださる方ですもの。きっとです。
 今年「最大限の警戒」レベル4と予想された台風10号。安全を求めて、被害を最小にするため気象庁のかつてないほどの警告に万全を期した私たち。学校や公民館、ホテルへの避難、非常品に備蓄と余念がありませんでした。
 道田さんは避難した家にトンボが飛び込んできた顛末を読みました。台風一過。段ボール箱に捕獲して避難させていたトンボを解き放した時の情景が目に浮かびました。自然に優しい道範さんに乾杯。
 竹藪の竹の一節に語りかける相場さんの独り言にひとりうなずいています。10年ひと節、私もたくさんの友人を亡くしました。星のように消えて逝きました。納得いかないものが交差します。芽が出て花が咲き、次の世代を作る大自然の摂理の偉大さ。和子さんのこの独り言をどれだけ多くの方が読み、共感していることか……。
 はがき随筆に投稿する。そこから訪れる思いもかけない「再会」。橋本さんの投稿を目にして電話連絡があったのは中学校の同級生で三十数年ぶり。令和、平成、昭和へとワープ。当時の名前で呼び合った、京子さんのおさげ髪を想像しています。
 日本ペンクラブ会員 興梠マリア

免許証返納

2020-11-14 20:56:07 | はがき随筆
 先輩のMさんが89歳で亡くなったので、近くに住む長男にお悔やみの電話をした。Мさんは奥様に先立たれ、一人暮らしであった。長男は、電話のお礼のあと、「実は父が2回目の交通事故を起こしたので、免許証を返納してもらいました」と自白するように言った。
 Мさんは、祭りや子供たち、そして野鳥などの動画を撮影し、作品をテレビに投稿するのが生き甲斐であった。長男は、父の生き甲斐を奪うことになることを重々分かった上で説得したらしい。その悲しみが、尋ねもしない私への吐露になったのであろう。
 熊本市北区 岡田政雄(73) 2020/11/12 毎日新聞鹿児島版掲載

隣県

2020-11-14 20:48:40 | はがき随筆
  なぜか大相撲の正代関への応援を力いっぱい致しました。それまで全然気にしていなかった熊本の人。ある日突然の多発災害。隣県への思いが深まりました。同じ九州の人。立て続く災害。隣県へ「復興早かれ」と願う叫びと祈り。
 あと二つ勝ってなど、あの温厚な人柄からどんどん真実が飛び出し、実力となって勝利を手にされ、ついに優勝の賜杯を胸に。どなたの心をも熱くしてくださいました。
 ありがとう、ご苦労さん。正代の思いでいっぱいの9月27日でした。
 鹿児島市 東郷久子(86) 2020/11/11 毎日新聞鹿児島版掲載

幸せの条件

2020-11-14 20:42:54 | はがき随筆
 結婚して32年。再婚同士の二人である。知人の紹介で彼に出会った。離婚して10年以上が過ぎ、結婚はもういいかなと思っていたのに、人の縁というのは分からない。自分でも驚くくらいあっという間に結婚した。
 私の条件はただ一つ。私の両親を大切にしてくださいということ。彼は「苦労させるかもしれないけれど幸せにします」と言った。今なら「苦労するならやめます」と言いそうだが、当時は愛があふれていたのだろう。
 でも、彼は約束を守ってくれた。両親を引き取り、最後までみとってくれた。私も苦労はしたけど、幸せに暮らしている。
 宮崎市 高木真弓(66) 2020/11/10 毎日新聞鹿児島版掲載

ひとときの風景

2020-11-14 20:33:20 | はがき随筆
 プールから上がると、友人が「見て、見て」と私に言う。窓の外には、自然が描く幻想的な景気が待っていた。  10月末の少し寒い日の午後2時ごろ。空には鰯雲が広がっていた。遠くに普賢岳。手前は有明海。右手には造船所があり、ブラジル船籍と思われる大型に貨物船らしき船が停泊している。海には一艘の小型漁船が浮いている。あたり一帯には靄がかかっていて、いつもは見える対岸の島原の町は見えない。人は確かにいるはずなのに、その気配はなく、静寂に包まれている。まるで印象派の絵画を見ているようだった。  熊本県玉名市 立石史子(67) 2020/11/8 毎日新聞鹿児島版掲載

神の手

2020-11-09 21:47:30 | はがき随筆
 珍しいカタツムリ、ケマイマイを見つけたと先日の随筆に書いた。小学1年生の孫が、ケマイマイと普通のカタツムリの観察を、夏休みの自由研究のテーマにした。
 この観察が、県内の自由研究コンクールでの小学生低学年の部の特別賞に。種類の違う2匹の行動の特徴を絵日記風に描き、与えた餌や糞をチェックし、餌の好みや気温や湿気による動きの方の違いなど、気づいた点を60日間毎日記録している。
 受賞を一番喜んでいるのは、2匹を偶然捕まえたばあば。受賞の起因となったばあばの「神の手」に孫も感謝している。
 鹿児島市 高橋誠(69) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

大嫌い

2020-11-09 21:40:22 | はがき随筆
 今年の夏はチョウが多かった。アゲハがひらひら何匹も飛んでいた。黒一色、黒に黄色、水色と鮮やかな色合いだが前身を思うだけでゾッとする。もこもこした形、いやな臭いを想像し身震いする。苦手で大嫌いな芋虫。暑さにかまけ、庭にでるのもおっくうで草も伸び放題、消毒も1回だけ。虫たちには天下だったのかもしれない。
 子供たちが小学生だった頃、「チョウになるよ」とプラ容器に入れて持ち帰ったのを一目見て「捨てて! 気持ち悪い」と怒鳴った。あまりにも激しい私の口調に驚いたのか、彼らも芋虫系が苦手となってしまった。
 宮崎県延岡市 島田千恵子(77) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

私の夢

2020-11-09 21:26:30 | はがき随筆
 「今日からおばさん学生頑張ってね」と夫。「ママ、おめでとう、私が勉強教えてあげるね」と娘。10年間抱き続けた夢が今年3月やっとかなった。
 現在は、看護学校と家庭との両立に目まぐるしい毎日を送っている。机に向かって勉強をするのは久しぶりで戸惑いを隠せない。しかし、疑問に思っていたことが解決できた時は、入学できて良かったとつくづく思う。
 できる事なら、将来は実家の近くで活躍し両親に恩返しをしたいと思う。新たな夢に向かって日々精進しているところである。
 熊本県嘉島町 川尻絵津美(45) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

私は霊を見た

2020-11-09 21:18:31 | はがき随筆
 東京の最高地点雲取山。山頂直下の小屋にいまだ明けきらぬ頃たどり着いた。小屋の中は意外と明るく、奥にカップルが休んでいただけで、静かな時間。会釈をして先客が出て行くと、我々も重い腰を上げ出発した。
 夜が明けて歩き始めると、ある疑問が離れない。あの2人は? 登りも下りも視界を外れるには優に1時間はかかる距離なのに姿がない。1人がその疑問を発すると私も、俺も……皆叫んだ。服は何色? 顔の形は? 
 声は高い低い? すべて皆答えられない。後日談がある。その後、その小屋を見たことが私はない。
 鹿児島県湧水町 近藤安則(66) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載 

なっさけねえなあ

2020-11-09 21:09:12 | はがき随筆
 空を見上げた。天高く、遠く一面に澄んだ青色が広がっている。ミツバチの羽音をくぐって、畑の隣からおばあちゃんたちの会話が聞こえてきた。
 この間、米寿を過ぎたと言っていた。しばらくすると、野菜のお裾分けが話題になった。
 ふと「歯がいてえ」「病院行かにゃ」「行ったらよ、休みじゃった」「なっさけねえなあ」。
 深くため込んだ「情けない」の一言が、つんと心に染みた。「悔しかったね」と寄り添う一言に「ありがとう」と続いた。
 視線を落とすと、目の前の青ジソの下にこぼれた小さな花弁がライスシャワーに見えた。
 宮崎県都城市 平田智希(44) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

靴を買う

2020-11-09 21:02:21 | はがき随筆
 今一番気になっているのが靴である。季節が移ろい夏のサンダルに変わるシックなシューズが欲しくて店内をまわる。
 靴選びほど難しいものはない。色、形、値段、履き心地とねばって選んでも、家に帰り履いてみると不都合が出てくる。なんとなく窮屈だと手が伸びない。お金持ちだとオーダーでさぞかし履き心地の良い靴をお持ちだろうが、庶民はそうはいかず諦めの境地になる。
 白っぽい服にあわせグレーのシューズに決めた。チャックがないので紐は靴の奥に押し込み履く。面倒くさがりなのでこれでいい。いつ外出しようかな。
 熊本県八代市 鍬本恵子(74) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

ご安全に

2020-11-09 20:54:49 | はがき随筆
 鹿児島のペンクラブT会長は、歴代最年少で就任した。事務局を預かる私とは2学年差。なので勝手に、部活の部長か従兄弟のような感覚でいる。
 今年はコロナの影響で、春先の役員会も総会も中止になった。会の連絡は、専らメールのやり取り。要件の後に、私事や疑問を書き添えると、丁寧な返信が届く。芝居好きの私が、劇場再会で上京すると報告したら「ご安全に」との言葉が。
 思わず朝ドラの「ひよっこ」を思い出したが、北九州工業地帯で育った会長には、生活に根付いた言葉なのだという。私の知らない世界がまだあった。
 鹿児島市 本山るみ子(67) 2020/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

早朝トリップ

2020-11-06 20:54:06 | はがき随筆
  自粛生活が続く毎日。ある朝、思い立って、起きるとすぐに車で家を出た。
 窓を開けると草の匂いを含んだ冷気が眠気を覚ます。峠を越えると、目の前に太平洋。凪いだ海に朝日が照り返す中を漁船が港に入ってきた。トンネルを抜けると大きな湾に囲まれた砂浜が見えた。サーファーに人気の恋ヶ浦だ。高台の展望台で車を降りた。周囲はサーファーや家族連れのテントが並び、朝食の支度でにぎわっていた。
 わずか往復2時間の小さな旅で、こうして大自然のただ中に立っている。「自粛の壁」を超えるのは簡単なことだった。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(68) 2020/11/6 毎日新聞鹿児島版掲載

出張した頃

2020-11-06 20:30:19 | はがき随筆
 新型コロナウイルスの感染拡大を警戒する中、新しい働き方としてインターネットを利用したリモートワーク(遠隔勤務)なるものが広がっている。いずれ主流になるのかもしれない。
 そうすると、打ち合わせや会議のための出張が激減するようにも思える。先方と顔を合わせて、とことん話し合う働き方はなくなるのだろうか。
 私が現役の頃の出張は、要件が済めばとんぼ返りしたものだ。移動は在来線、寝台車、特急、新幹線、飛行機、船、長距離バスなど行先に合わせて選んだ。
 そうした移動の中で忘れられない光景がある。
 朝一番、飛行場を飛び立ってすぐ大空から見た鳥取県の大山。雄々しかった。
 赤名峠(島根県)での雪景色も印象深い。新卒採用で山陰の高校を訪問しての帰りだった。突然大雪となり、私の乗った長距離バスは足止めされた。
 山あいを走るディーゼル車の鮮やかな色。快適な九州在来特急の車内。操縦席が見えるローカル空路の客席。美しい田園地帯、海面の輝き…数え切れない。
 在来線では、修学旅行の小学生と電車内で乗り合わせた。土産に買ったもみじまんじゅうの箱を友だちに見せて「お母さんに食べさせたい」。私の耳にも優しく響く言葉だった。
 あの時その時、スマートフォンがあれば写真が撮れたのになあ、と思う。時代の変化、詮ないことだ。スマホなどなかったから心に残っていると、自分にいい聞かせる。
岩国市 片山清勝(80) 岩国エッセイサロン会員