海の向こうには開聞岳がそびえている。まさに絶景。思わず携帯電話のカメラで写真を撮り、その場から友人たちに送った。天の邪鬼の私も、頴娃町の番所鼻講演の景色には素直に感動した。
松島(宮城県)、天の橋立(京都府)、厳島(広島県)は有名な日本三景。しかし、番所鼻公園は、それ以上の美しさなのであろう。江戸時代に全国を歩いて初めて実測地図を作った伊能忠敬が「けだし天下の絶景なり」と賞賛した場所という。
同じ「絶景かな」の言葉でも、歌舞伎の舞台で石川五右衛門が京都・南禅寺の山門上で言う台詞「絶景かな、絶景かな、春の眺めが値千金とは小さなたとえ……」がある。これは芝居上の言葉である。それに比べて、忠敬の「けだし天下の絶景かな」は重みがある。測量の途中では当然、有名な三景も見たであろう。それよりも「けだし天下の絶景なり」と、最大級の賛辞を付けて番所鼻公園の景観を褒めたのは、本当であろうと思わせる。
さらに早春の潮騒と海の色は、学生時代の伊豆半島の旅行を思い出させた。25年以上前になるが、伊豆で見た海の色に似ていたからだ。ちょうど今ごろ、節分の前だった。
旅館の主人から節分の時の節分の時の掛け声「おにはそと、ふくはうち」の意味を聞いた。漢字で書くと「遠人疎途(おにはそと)不苦者有智(ふくはうち)」になるそうだ。
遠仁者疎途=おもいやり、いつくしむ事が「仁」。これを遠ざけている者は、人の途(みち)からはずれている。
不苦者有智=「智」は物事の分別がある事。これを持っている人は、何があっても動じない。
こんな意味だった。私に教えてくれた主人は、旅の禅僧から教えてもらったそうだ。
節分は悪鬼を払う豆まきが定番である。太巻きを食べる人も多くなっているようだ。数年前に関西出身の同僚の音頭で職場で試してみた。何でも食べている時はしゃべってはいけないらしい。男が数人、その年の恵方を向いて黙って食べた。異様な雰囲気で一斉に吹き出してしまった覚えがある。
伝統行事の本来の意味が忘れられている習慣も多い。最近は何かに付け「遠人疎途不苦者有智」を思い出すようになった。
番所鼻公園の写真を送った友人たちからの返事は一様に「今度、連れて行け」だった。
毎日新聞鹿児島支局長 竹本啓自 2007/1/29掲載
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