はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

山と音と風と

2020-08-18 17:11:38 | はがき随筆
 一時の晴れ間に、栗の木の下草を切る。全身に浴びた日差しは暑く、汗が流れ落ちる。
 1時間ほどで機械を止め、切った草の上に腰を下ろす。取り換えたタオルで顔を覆い汗を鎮めた。遠くの国道を走る大型車の音が近づいては消え、耳を澄ませると、かすかに五ヶ瀬川の瀬音が入ってくる。
 静けさの中のその音は目を閉じていると眠りにさえ誘われる。「山はいいなぁ」。空気がいい。風がいい。
 下界ではグレーに似た風が吹き続き、やむ兆しが見えない。
 いつになったら平穏な風が戻ってくるのだろう。
 宮崎県延岡市 川並ハツ子(75) 2020/8/18 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆7月度

2020-08-18 16:27:48 | はがき随筆
 月間賞に平田智希さん(宮崎)
 佳作は増永さん(熊本)、
 福島さん(宮崎)、
 馬場園さん(鹿児島)

 はがき随筆7月度受賞者は次の皆さんでした(敬称略)

【月間賞】 18日「若木の香り」平田智希=宮崎県都城市
【佳作】14日「7年後の気掛かり」増永陽=熊本市中央区
▽5日「間借りできます」福島洋一=宮崎市
▽28日「ツバメの再来」馬場園征子=鹿児島県薩摩川内市

 長かった梅雨も明け、九州各県真夏日が続いています。
 令和2年の梅雨入り最初の日曜日。いつ降り出すかも知れないお天気を予感して、洗濯物を干す場所を考え、軒下の風の当たる場所を選び、干しに出た平田さん。
 昨日の雨が水蒸気になって若く伸び行く緑の風を感じとり思わず深呼吸してみた。それがこれから伸び行くであろう若木の香りだと感じとれたのは今朝の息子のラジオインタビューを聴いたから……。
 平田さんの息子壮一朗さんは、はがき随筆4月度の月間賞受賞者でした。掲載作はМRT宮崎放送ラジオ番組「潤子の素敵に朝!」で朗読され、そしてインタビューがあるのです。そのラジオから流れてきた息子の声はみずみずしかった、と。根を張りぐんと伸び行く若木のかおりだ。洗濯物を干すひととき、そう感じ、深呼吸を何度も繰り返し味わい、その思いを書きとめた。見守る深い愛を感じ取った作品でした。
 新聞各社のみならず、書籍もデジタル化が進んでいる。早朝の新聞宅配が続いているが、これからも紙の新聞を読むことができるのだろうか……。
 増永さんの気掛かりは二つあります。お気に入りの日曜掲載のクロスワードの第1000回を全問正解で達成したいという夢の実現。達成にはと計算を試みてみると、あと残り約370回、ざっと計算すると7年後になる。これが「7年後の気掛かり」。
 もっと大きな気掛かりはパズルの設問120余りの答えがデジタル画面になれば書いたり消したりできない。そんな時代が来たら諦めるしかないのか。深く考えて読むには紙の新聞も絶対に必要だと痛切に思うと、増永さんは書きます。きっと多くの人がそう思っているはずです。7年後の全問正解のために寿命と脳力を期待しています。
 鹿児島と宮崎、ツバメ関連の投稿がはがき随筆7月号に掲載されました。
 「ツバメの再来」と「間借りできます」。鹿児島の馬場園家の古い巣にツバメが8年ぶりに飛来。奇跡と喜びながらツバメの夫婦にヒナが誕生。大きく口を広げて待っているヒナに親ツバメが餌を運んで育てるのを見守り、巣立ちまでの2カ月を幸運が舞い込んだ日々と記されている。
 宮崎の福島家は、ツバメの夫婦の巣選びの状況を耳を澄ませて観察。天敵のカラスからヒナを守るために最高の場所を選ぼうとしているツバメのさえずりを理解できる長いつきあいを、ほのぼのとご披露。ツバメは、軒先を借りる住人の優しさも考慮にいれてるなんてすてきな洞察です。人との往来を自粛しなければならないコロナ感染のただ中にある今、自由に行き来できる空飛ぶツバメに収束への希望を託しましょう。
  日本ペンクラブ会員 興梠 マリア








ドラゴンと餃子

2020-08-18 16:20:09 | はがき随筆
 この盆休みに、闘病生活が続く父親を見舞う段取りをあれこれ計画して心待ちにしていた長女だったが、断念した。日に日に感染者数が増え続けている、このコロナ禍のさなか、東京に居を構えているものとしては残念ではあるが、当然の決断でもあった。テレビ電話で父親の様子を見知ってはいても、それだけに直接会いたいという思いもなお一層募っていた。落胆している娘に手作りの餃子を送ることにした。私の数少ない「おふくろの味」にカボスも添えた。それに大切に冷凍保存しておいた夫の釣った大ぶりの太刀魚、ドラゴンも丁寧に梱包した。
 熊本県菊池郡菊陽町 有村貴代子(73) 2020/8/16 毎日新聞鹿児島版掲載

コロナ給付金

2020-08-18 16:05:11 | はがき随筆
 コロナ対策の定額給付金が届いた。財源はもともと私たちの税金なんだから、首相に上から目線で恩を着せられたくないものだが。
 私たち夫婦は実家の母と同居しており、家賃がかからない分、わずかな年金でも生活は成り立っている。コロナの影響はほぼない。
 日ごろから国の予算は不要不急の戦闘機に巨額を充てるより福祉に配分すべきだと考えているので、今回国に代わって給付金の一部をこども食堂とホームレスを支える会に寄付した。少しだけコロナに反撃した気分になった。
 鹿児島市 種子田真理(68) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載

父の祈り

2020-08-18 15:57:20 | はがき随筆
 8月15日に全国戦没者追悼式がテレビで放映される。その時父母と姉、私は正座し式典に参加している気持ちとなった。
 従軍記者の経験がある父は戦地のことを語るのだった。ある日、行軍中に相手から突然発砲を受けた。命令が出ないので自分が「伏せ! 伏せ!」と大声を発したと。危機一髪での命拾いであった。「最前線へ行ってきた」と言うのが父の口癖であった。
 最前線の状況を、妻や子供に話すのは悲惨で辛かったはず。テレビの前で深く頭を垂れた父の胸中を思う。15日の父の祈りは他界するまで続くのだった。
 宮崎県延岡市 源島啓子(72) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載








平和とコロナ

2020-08-18 15:50:11 | はがき随筆
 私が卒業した小学校の校歌は5番まである。普段は2番まで歌うが、卒業式と入学式の時だけ5番まで歌う。
 この校歌は私が生まれた昭和24年に当時の校長先生が作詞して新しく作られた。その4番に、「自主と自由のしるしもて」、5番に「民主日本の若き楯」とある。教え子を戦地に送った悲しみ、戦後教科書を黒塗りにした苦しみ、未来を担う子どもたちへの強い願いがそこにある。
 今年はコロナで卒業式も入学式も簡素化され、校歌はどうだっただろうか。平和への課題、ウイルスへの課題、私たちが向き合うべき大きな課題である。
 熊本県八代市 今福和歌子(70) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載

今こそ大地を

2020-08-18 06:25:08 | はがき随筆
 校区の小学校の庭に二宮金次郎の立像がある。大樹の下にあり、適当な湿気があるのだろうか、苔が体のところどころに生えている。ほっぺたに生えた苔は丸みを帯び、左手に持った本のページへのまなざしは優しく、背負ったまきは重たく見えるのが不思議。外出自粛が解けたので遠出の散歩。塀の外から見た感じ、金次郎の像が少し低い。よく見ると膝の下がないのである。本を見ながら歩いたりスマホ操作禁止のこのご時世、悪いのは分かる。私的には金次郎さんの足は残してほしかった。今こそ大地を踏ん張るとき。力入らないよね、金次郎さん。

きょうだい

2020-08-18 06:15:58 | はがき随筆
 父が二十歳で陸軍2等兵になった歳、三つ下の弟は陸軍士官学校へ進んだ。生家は働き手を失った。
 軍隊内で2度会ったという。異郷の地で兄弟は何を語ったろう。遠い故郷の母や稲穂の風景だったか。兄ははるか上官の弟に敬礼をしたのだろうか。
 敗戦の翌年復員した兄は弟の生死を怖くて何日も聞けず、家族も聞かれるまで言わなかった。全戦死者の大正生まれの男の占める割合は83%だという。弟は何も残さず空に散った。
 父は弟の短いえにしをくやしみ「戦争だけは絶対あかん」。酒を飲むたび言った。
 宮崎市 柏木正樹(71) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載

快晴カレー

2020-08-18 06:08:40 | はがき随筆
 中学生の息子が自転車に乗って飛び出して行った。行き先は少し遠くのカレー専門店。コロナ自粛でテークアウトのサービスが始まったのだ。汗だくで帰ってきた息子の手には私と息子の分のカレー弁当。開けるとお絞りに手書きでお礼が書いてあって思わず笑みがこぼれる。ずっと私に食べさせたかったと息子のうれしそうな顔が、私の心もうれしくさせる。たくさんの思いやりのこもったこのカレーを食べた。この日の天気は快晴だった。息子はいつも私に快晴をくれる。いや、それは言い過ぎか。でも世界も早く快晴になることを心から願っている。
 熊本市中央区 村上郁美(44) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載

ドクダミ

2020-08-18 06:01:28 | はがき随筆
 雲の低い6月の空の下、庭奥の一隅にドクダミが群生している。緑濃いハート型の葉群の上部に白く咲く花は、なんとも涼し気で好もしい。そのネーミングもすてき。薬草として毒を矯める、から派生したという記述を読んだ記憶がある。生の葉をもみ、その汁を塗ると水虫にも効くとか。
 私はこの花の時期に茎を根元から摘み、乾燥したものを煎じて冷茶として飲んでいる。
 また、花を摘んで広口瓶に入れ日本酒や焼酎に漬けたものを、化粧水として使っている。ドクダミが十薬の名称を持つのもむべなるかなである。
 鹿児島県鹿屋市 門倉キヨ子(84) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載

手紙

2020-08-18 05:53:47 | はがき随筆
 新型コロナウイルスの影響で、福岡の施設に入所する母の所へは1月以来行っていない。私を忘れてないかしら?
 外はたたきつける雨。色合いを深めるアジサイに目が留まり、気が付けば、母への手紙に添える絵を考えている。
 月に1度送る手紙に、格別楽しい話題も思いつかない。申し訳なさを感じながら、描いた絵の隙間を文字で埋める。
 母からの返事はない。「お母さんのこと忘れてないよ」の気持ちが届けばそれでいい。時々電話で様子を知らせてくれる兄が言った。「夏物持ってきてって、達筆で手紙が来たよ」 
 宮崎県日南市 矢野博子(70) 2020/8/14 毎日新聞鹿児島版掲載

Go To 直売所

2020-08-18 05:43:24 | はがき随筆
 政府の鳴り物入りで繰り上げスタートまでしたGo To トラベル初日の7月22日。週に1.2度は訪れる野菜直売所まで車を走らせる。朝とれたばかりのキュウリやナス、トマトの色がまるで虹のように鮮やかだ。場違いみたいなマスク姿。透明フィルムを通して清算を済ませ、帰途に。一向に収束の兆しを見せぬコロナ禍の下、一泊5000円などの助成で景気回復の一助にしようとの思惑が新聞やテレビでも盛んに報じられる。「老人世帯の旅は助成なんて無関係だな」とかみさんと軽口を飛ばし合ったわが家の1時間半Go Toトラベル。
 熊本市東区 中村弘之(84) 2020/8/13 毎日新聞鹿児島版掲載

土と遊ぶ

2020-08-18 05:35:32 | はがき随筆
 晴耕雨読を掲げて田舎暮らしを始めたのは6月。その年は空梅雨で晴耕の日々。とにかく苗の手当てだが、すでに時期を逸していて、処分寸前の苗をやっと手に入れる。頼るのは指導書だけ。道具を買い、肥料は腐葉土。畝を作ってナス、キュウリ、ピーマン、トマトを植え付ける。気がつくと日が暮れている。僕の感覚では遅い夕方なのだが、7時半を過ぎている。いわゆる時差ボケで、東京とは1時間近い差がある。こうして俄農人が誕生。戦場はさらに拡大し、甘藷、スイカに手を伸ばした。20年余り前の話で、晴耕は雑草との闘いであった。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(80) 2020/8/12 毎日新聞鹿児島版掲載

毛が足らん

2020-08-18 05:29:35 | はがき随筆
 洗面所で、年輪が刻まれた自分の顔を見てため息つくのは毎度のこと。特に、明るい太陽光の下で写った顔を見ると悲しくなるが、皆さまに見られているのはこっちの顔である。
 ふと、ひげを生やしたら口周りのしわが隠れて良いかもしれないと思った。そこで、散髪に行ったとき、理髪師のおじさんにそう言ったら、「岡田さんは毛が足らん」と一喝されてしまった。ポツポツでもどうかと粘ったが、「似合わん」とこれも一蹴され、あきらめた。
 それにしてもはっきりものを言うおやじではある。
 熊本市北区 岡田政雄(72) 2020/8/4 毎日新聞鹿児島版掲載