はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

挿絵の風景

2008-10-25 19:36:53 | はがき随筆
 絵本作家・八島太郎の原画展を生誕地ゆかりの根占図書館に見に行った。墨絵に淡い水彩を施したような挿絵と同じモノトーンの小雨の日だったせいか、昭和初期の風景と人々の暮らしが走馬燈のようによみがえってきた。絵本の主人公「からすたろう」が山奥の炭焼き集落から素足で木造の小学校に通ったころは、水清き大川にアーチ式四連石橋が架かり荷馬車が通り、貯木場もあったという。街には荒物屋や薬屋や宿屋などもありにぎわっていた。八島は13歳で故郷を離れ、激動の昭和史に翻弄されながら31歳で渡米。85歳で波乱の生涯を閉じている。
  鹿屋市 上村 泉(67) 2008/10/25 毎日新聞鹿児島版掲載

泣けるだろうか

2008-10-25 19:28:05 | 女の気持ち/男の気持ち
 母は晩年、入退院を繰り返した。父が亡くなった時は、母と思われた方もいらっしゃったほど。半年後に母が続いた。「ご主人を見送って逝かれて、夫婦仲が良かった証拠よね」と、周りの方が慰めてくださったのを覚えている。
 父の時も泣けたが、母の時のそれは慟哭。仕事に向かう車の中でも気がつけば声を出して泣いていた。街なかや旅先で年老いたお母さんに寄り添う娘さんを見ると、うらやましくてしょうがなかった。母がいてくれたら私だって一緒にどこにでも出かけたのに、と。日にちが薬と言われるように、悲しみは少しずつ薄くなり、母のありがたさがしみじみ思い出される。
 あれは娘が1歳になったばかりの真冬の夜、夫といさかいをした私は、12時というにの娘を連れて車で40分の実家に戻った。ぷりぷり思って事情を言い放つ私の前で、母は涙を流しながら黙って聞いてくれた。話し終わると、「今夜はとまっていいけど、明日は帰らんとね」と念押しした。翌朝、私は娘と帰った。
 母が、私と一緒になって夫を責めたり、逆に家に入れてくれなかったら、私は最悪、離婚していたかもしれない。些細なことが引き金となり、結婚生活は破綻することもあるから。
 この秋、娘が嫁ぐ。もしもの時、私は母のように泣けるだろうか。
   鹿児島県薩摩川内市 奥吉志代子(60)
   2008/10/24 毎日新聞の気持ち掲載
   

指定席

2008-10-25 19:16:08 | はがき随筆
 行きつけの喫茶店が今秋、7年の歴史を閉じる。オーナーは「時代の流れでしょう」と寂しそう。いろんな出会いをさせてもらってありがたかった、と。
 我が町で一番のお気に入り。週1で通い、込み合うとそそくさと退散し、閑散とした日は時を忘れて過ごした。入ってすぐ右側のカウンター。古いトランクには本。周りを見渡せ、それでいて1人が楽しめる場所。厚い木のテープル。スタッフの気配りも心地よかった。
 予約を入れると、いつもその席が取ってあった。あとわずかな日々に思い出を重ね、最後に「ありがとう」を伝えよう。
   薩摩川内市 馬場園征子(67) 2008/10/24 毎日新聞鹿児島版掲載

アユ

2008-10-25 18:37:14 | はがき随筆
 「どんぐり」(アユのコロガシ漁法)の好漁場を求めて、川辺川に釣行。第1投から5分後にガツンと手応え。道糸が早瀬を上流に上る。河原を私はついて走る。今度は急流に待って一気に下流へ走った。私も必死で走る。上流や下流に走らされること94回。私の肩が波打つ。アユの集団にからかわれているのか、アユを釣っているのか、もう訳が分からない。疲労困ばいの体に、釣りのだいご味の魅惑がさおを出させる。
 夜空に初秋の名月。テーブルにはアユづくしの手料理。客の満面の笑み。役者はそろった。
 「さあ、今夜は飲もう」
   出水市 道田道範(59) 2008/10/23 毎日新聞鹿児島版掲載
   写真はサブリナさん